第二章 刀を持つ理由
春の風がやわらかい朝だった。
けれど胸の奥に残っているのは、昨日届いた“あの箱”と鈍い鉄の感触だ。
部屋を出るとき、視界の端に箱の影が映った。
けれど俺はリュックだけを背負って、玄関を出た。
学校へ向かう道では、奇妙な光景が目に入ってきた。
鞘の一部を通学カバンから無理やり突き出させている者、どうにか紐をつけて肩から提げている者、ベルトに差し込んで風を切って歩く者。
鞘が大きく揺れるたびに、まるで別の世界に踏み込んだような気がした。
下駄箱の近くでは、刀を見せ合っている男子たちが笑っていた。
俺は少し離れて靴を履き替える。
教室に入ると、机の上に刀を立てかける者、柄をわざと見せる者。
何を持たないものは、そんな教室内をちらちらと見ながら、なぜか肩身が狭い。
担任が入ってきた。
眼鏡の奥の目が少し赤い。
「君たちも知っていると思うが、文部科学省の通達が正式に出た」
教室が静まる。
「中学三年の男子は、登校時には必ず刀を携帯するように。これは“帯刀令”に基づく全国一斉の方針だ。家庭の方で反対があっても、学校としては国の指導に従う」
その瞬間、空気が張りつめた。
隣のやつが「マジで義務化か」とつぶやく。
担任は何も付け加えなかったが、集会で高校受験のこの時期にカリキュラム変更の説明があると伝えられた。
休み時間になると、廊下がざわめいた。
鞘を少し抜いて光らせてみる者、構えを決めて写真を撮る者。
だが、その一つひとつの動作に、どこかぎこちなさがあった。
笑い声の裏に、少しだけ恐る恐る触れているような、そんな気配が混じっていた。
放課後になり、窓の外を見た。
一、二年の生徒たちはまだ持っていない。
それだけで、どこか安心している顔だった。
不意に、トイレの前で怒鳴り声がした。
「やめろ!」と教師が駆けつけて止める。
その瞬間、鞘が床に落ち、カランと響いた。
何のことはない軽い音だったのに、俺の心臓はなぜか強く跳ねた。
あの音が、何かの始まりの合図みたいに思えた。
塾から帰宅すると、父がテレビを見ていた。
画面の下には〈中学三年男子へ刀支給 全国で混乱〉のテロップ。
「うちの学校もそうだよ」と言うと、父は頷くだけだった。
「総理が決めたんだ。もう止まらないらしい」
淡々とした声。
俺は何か言いたかったが、喉の奥で言葉が止まった。
父と話すと、いつもこうなる。
部屋に戻り、ノートを開いても字は頭に入らない。
リビングからはテレビの声。
〈国会で内閣不信任案が出されず〉
〈総理の背後に旧皇族との関係〉
現実の話のはずなのに、遠い国の出来事のようだった。
ベッドに横になり、天井を見つめた。
明日、みんなが刀を持って登校している中で、
自分だけ何も持たないままでいいのか――。
そう思うと、胸の奥がざわめいた。
けれど、あの箱を開けるのが怖かった。




