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鍔の上  作者: ak10
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第一章 箱の中のもの

高校受験を控えた平凡な少年・遥のもとに、ある日、国から一本の刀が届く。

送り主は「文部科学省」。そして添えられた一文は——《帯刀令に基づき、本状をもって一振を交付する》。


突然の法令「帯刀令」により、全国の中学三年生の男子に刀が支給された。

誰もがその意味を理解できないまま、生徒たちは刀を持って登校することを義務づけられ、教師もまた黙して従う。

教室には刃があり、沈黙があり、誰もが「おかしい」と言えない空気が広がっていく。



国家と個人、暴力と誇り、そして“刀を持つ”ということの意味を問う、静かな青春ディストピア。

——それでもなお、少年は問い続ける。

「この刀は、何のためにあるのか」と。

目覚ましが鳴っても、しばらく布団の中でスマホを握っていた。

動画の続きを見て、SNSを一通り流して、また眠気が戻ってきたところで、廊下の向こうから足音がした。


「ねえ、なんか届いてるよ」


母の声がして、ドアが開いた。

差し出されたのは、長くて細い箱だった。

通販も頼んでいないし、懸賞に応募した覚えもない。

段ボールの外側には、印刷されたラベルと共に、黒い判子のようなマークが押されている。宛名は俺の名前、差出人は――文部科学省。

悪質なジョークかと思った。

だが母は「学校関係じゃないの?」と首をかしげて部屋を出ていった。箱を持ち上げると、意外と重い。中で金属が動くような鈍い感触がした。

机の上に置いて、カッターで封を切る。

中には、黒い布に包まれた一本の刀が収まっていた。模造刀だろうと思ったが、手に取るとひやりとした金属の冷たさと、ずしりとした重みが掌に伝わった。

布の隅に、一枚の紙が挟まっていた。


《帯刀令に基づき、本状をもって一振を交付する》。


たったそれだけ。けれどその下には、文部科学省の公印がくっきりと押されていた。

しばらく紙と刀を交互に見比べた。

いたずらにしては凝りすぎている。だが本物だと言われても信じがたい。

スマホを手に取り、「文部科学省 荷物」で検索してみると、すぐにトレンドに出てきた。


――「マジで届いた」「うちのも本物っぽい」「国から刀きた」


写真付きの投稿が次々に流れてくる。

どうやら全国の男子中学生に同じようなものが届いているらしい。

頭の中が一瞬、真っ白になった。自分だけじゃないという事実が、むしろ不気味だった。


すっかり眠気も覚めてしまったので、トイレに向かうとリビングから父の声が聞こえた。

食卓の上で新聞を広げ、テレビをつけっぱなしにしている。

リビングの隅には、仕事帰りに脱ぎ捨てたジャケット。

俺がドアのところまで行くと、父はちらりとこちらを見た。


「お前んとこにも届いたか」


「……知ってたの?」


「ニュースでやってた。新しい総理のあれだろ、なんとか令。くだらん話だ」


父は面倒くさそうに新聞をめくった。

その指先が少し震えているのに気づいたが、何も言えなかった。

代わりに、ソファーに座りスマホを見るふりをしてテレビのニュース番組に目をやった。


《帯刀令、全国の十五歳以上に交付開始》《教育的意義に賛否》


キャスターの言葉が頭に入ってこない。専門家が何かを説明しているが、どれも現実味がなかった。


「学校でもそのうち指導あるらしい。扱い方とか、保管の仕方とか」


父は笑ってそう言ったが、笑みは短く途切れた。

俺も笑えなかった。

冗談のような政策が、いつの間にか始まってしまった――その感覚だけが残った。

部屋に戻って、刀をもう一度取り出す。

蛍光灯の光を受けて、刃が一瞬だけ白く光る。

先端は丸く、刃は甘い。明らかに切れない金属の塊だった。

けれどその存在感は、妙に現実的だった。

まるで、この部屋の空気そのものが変わったような気がした。

ベッドに腰を下ろし、鞘を握ったまま考える。

どうして、俺たちなんだ。

なぜ中学生に、刀を。

教育? 伝統? それとも、別の理由があるのか。

そのとき、父の足音が廊下を通り過ぎた。

部屋の前で一瞬だけ止まりかけた気がしたが、ノックはなかった。

ドアの向こうにいる父の気配を、息を殺してやり過ごす。

話しかけられたら、何を言えばいいかわからない。

最近は、目を合わせることすら少なくなった。

静まり返った部屋に、風の音だけが入ってくる。

遠くで犬の鳴き声がして、街の明かりがカーテンの隙間から漏れていた。

手の中の刀を見つめながら、俺は思った。

これをどう扱えばいいのか。友達のグループチャットに投げかけてみたが、すぐに返事はなかった。

何もわからなかった。

ただ、もう昨日までの「普通の毎日」は、どこかへ行ってしまった気がした。

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