31.辛いかい?-あの世がもしもあるなら二人で同じ所へ行こう-
全43話予定です
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そんなカズだが、歳を取って成長し、立場のある職種に就いたとき、今までの反動は不思議と出なかったのだ。端的に言えば[自分はこんなに辛い目にあって生きてきたんだからお前らも辛い目に逢え]とはならなかったのである。
確かに、研究所の主任を経て、所長であった千歳の事故のあとに所長の座に就いたとき、ほんの一瞬[これからは何でもできる]と思った自分がいたのも事実である。
だがカズはそう思いはしたものの、それを直接の実行には移さなかった。ただでさえ彼の仕事内容は非人道的なものだ。生きたまま被検体を切り裂くなんてのは日常茶飯事である。それをサディスティックな気持ちで行っていた、というのもまた違う。
ただ、カズの中にあるのは[今の研究の、さらに先にあるものを見たい]その一心なのである。その一心と非人道的な実験、それをこなす精神。それは奇しくも過去の自分が置かれていた環境が功を奏した。いわゆるランク付けである。被検体は当然知らない人間だからニュートラルか、若干ランクが低い。そんな相手には[何の感傷も持たない]のである。何故なら友達ではないから。千歳や恵美が神経をすり減らしていく中でカズは平静を保っていられたのだ。繰り返すが、そこには感傷や感情といったものは存在しない。
だからであろうか、所長になって着手した[人員整理]という名の改革。
そう、お互いにより情報共有するという制度を設けたのだ。お互いにより情報共有する、と一言でいうが、実際には毎日の日課として日々の業務に取り入れられた。
毎日の朝にはそれぞれのセクションの人間が、極力専門用語を使わずに他のセクションの人間がいる場で説明する、というものである。そして質問を受けるのだ。勿論その質問にも極力専門用語を使わずに説明して返す。
そうする事で研究所全体のポテンシャルが先代の所長である千歳の時と比べても上がったのだ。そしてそれは皆が皆の研究を知っている、つまりは不正の防止にもつながる。功を焦って研究データを捏造されては困るのだ。
もちろん知っていい情報と知ってはならない情報というものがある。その問題はグループ分けで解決した。
実際に功を焦ったという事例が無かったわけではない。もちろん不正にかかわった人間の末路は言うまでもなかろう。
そして情報共有できない人間は、成果の上がらない人間は容赦なくふるいへとかけられたのである。
ある時期までは一人、また一人と研究者は減っていった。当然政府からは[大丈夫なのか]と問われた事もあった。
だが、カズはこのやり方を曲げなかった。
毎日、職員全員が集められて時間をかけて昨日行った研究を発表しあう。そして研究成果が出ない、出せない人間は被検体として実験に供される。
それは研究者たちにとって相当プレッシャーだったであろう事は容易に想像がつく。実際に気がふれた研究者もいた。リボルバーで笑いながら自分の頭を打ち抜いた人間もいた。
それでもカズはこのやり方を曲げなかったのだ。
その中には日本人研究者も当然いた。いや、具体的には日本人研究者のほうが実験に供される率は高かったかもしない。陰では色々と憶測の類や噂が飛び交った時期もあった。[所長は日本人が嫌いなんだ、たから日本人から優先的に実験動物にしている]と。カズはそれに対して反論をしなかった。憶測など飛ばしている輩は、次の実験の被検体になっていたのだ。それは決して陰口を叩いたからではない。純粋に研究についてこられるだけの能力がなかったからである。能力のあるものは噂話など気にもしなければ自分から噂話などしないのだ。
事実、そうしてどんどんとふるいにかけられていった中で、かえって身に降りかかる嫌な噂話から解放され、能力が向上したものもいた。それほどに人のネガティブな感情というのは人格の根っこにあるものから創出されるというところなのだろう。
そして現在、精鋭と呼べる人間たちしかいなくなったのである。日本人はカズの関係者以外で二人だけいるが、二人ともカズに隷属している。そういう関係を作ったのだ。
――――――――
「辛いかい?」
カズはふと説明していた[襟坂]にそう尋ねる。その問いはどこから来るのか。[襟坂]の中身である千歳はカズの大切な妻である。その妻を思っての言動なのか、それとも同じ研究者としてそう尋ねさせたのか。
そんな問いに、
「あたしなら大丈夫。それに先を見るんでしょ? 確かに人の命は大切なもの。決してむやみに奪ってはいけない、と思う。でもね」
そこまで言って改めて[襟坂]はカズに正対して、
「被検体は実験動物なの。人権なんて元々ないんだ。もし被検体に人格や人権をいちいち認めていたら、それこそ研究は一歩だって前に進まない。今の先にある、その先。きみはそれを目指すんでしょ?」
そう語った[襟坂]はふと少しだけ笑っていた。その笑みはどことなく常軌を逸しているような、それでいて落ち着いているような。
そんな[襟坂]に、
「あの世がもしもあるなら二人で同じ所へ行こう」
それだけ告げると[襟坂]を抱きしめた。
――そこが天国でない事だけは確かだろうな。
とカズに思わせるほどにこの研究は常軌を逸しているのである。
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