26.ちょっと待ちな-おぉ、もしかして元締めの方?-
全43話予定です
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その売春宿は、一見するとただどこにでもあるスラム街の建物のように見えた。だが、マタルには分かる。その建物からはかすかながら独特の匂いがしていた。
それは香の類なのだが、催淫効果があるとされている薬草を乾燥させて、煙草の葉に混ぜたものだ。だから[この辺りが売春宿だ]という情報さえあれば、大体の見当さえつけばたどり着くのは容易なのである。それでもあれだけの[芝居]をしたのは、彼なりの作法というところだろう。
要は[私はちゃんと作法をわきまえてますよ、見てますか皆さん]というやつである。あの浮浪者の周りには何人か同じような人間がいた。マタルがああしてちゃんとしたところを見せれば[コイツはちゃんと作法のなっている人間だ]という噂が出回る。それこそが彼の狙いなのだ。
もしもマタルが今、この瞬間に現在の職を追われてポツンと一人きりになったとしても、少なくともここでなら生きていける。そういう[生の情報]を行く先々で残してくるのだ。名前は一切名乗っていない。だが、声や背格好は覚えられる。そして同じ格好でまた訪れれば、ひと手間減るというものだ。
ドアは開いている。そのまま中に進むと、
「ちょっと待ちな」
とすぐさま声がかかる。
――そりゃあそうだ、そうこなくっちゃ。
マタルは、
「兄弟に、ここなら、匿ってもらえるって、聞いたんでね」
と少しだけ困り顔をしながら顔のところで手の平を返してそう尋ねる。言葉を使いこなせない状況下で顔の表情というのはとても重要である。少なくとも表情に少しの単語を乗せれば相手には伝わるのだ。
だから、
「タダって訳にはいかないな」
と返ってくるその言葉に、
「じゃあ女、と、一緒ならいいか?」
と返す。向こうが[女と一緒だと?]と言っている、その相手に官僚たちがよく吸っている煙草を見せる。
と、相手の動きが一瞬止まる。それはそうだ、前述の話ではないがスラムの売春宿ならこの一箱でいい女を買ってもお釣りがくる。それくらい一般人の吸うものとは違う煙草なのだ。
「本物か?」
と聞いてくる。当然だろう、偽物のほうが流通量としては圧倒的に多いのだから。
マタルは目の前で封を切ると一本取りだして、
「確かめてみる、といい」
と男に渡した。男はその煙草をじっくり眺め、匂いを嗅ぐと、
「どうやら本物のようだ。ああ、いいぜ、奥の部屋に女がいる。そこで一晩匿ってやるよ」
と言われた。
――どうやら上手くいきそうだ。
マタルはふとそう思ったが、ここで楽観視はよくないのもまた事実である。何と言ってもまだ追われている身、その辺りが分からないほど頭が回っていない訳がない。
「助かるよ、兄弟」
そう言うと奥の部屋まで進む。ドアを二回ノックすると[どうぞ]という女の声がする。同盟連合の第一言語だ。
「お邪魔しま……」
その場に現れたのは六十代くらいの女性だ。身なりはきちんとしているあたりを見ると、
「おぉ、もしかして元締めの方?」
マタルが尋ねれば、
「あんたら、追われてるんだってね。情報は回って来てる。何が望みだい?」
と飾り気なく聞き返してくる。そんなマタルは[んじゃあ]と言葉を変えて、
「帝国の情報が知りたいんだ。この人物が最後の望みだ、と」
相手に倣って同盟連合の第一言語でそう言うと、神父から渡された紙を見せる。女はそれを手に取るとひと眺めして、
「この情報網ならもう失われている」
と言って返してきた。
――おいおい、そりゃあ……。
とまで出かかった言葉を、
「国外に逃がしたのさ。あのままいたら間違いなく[無かった]ことにされかねなかったんでね」
と言いながら女はポケットから煙草出して吸う。その吸っている煙草が[上もの]だというのは煙を嗅げば直ぐに分かる。
「こりゃあ困ったぞ」
思わず本音が口から洩れる。
確かにある程度の情報は手に入った。帝国は二国間協定は頭にないという点だ。これは共和国の主任の話とも一致する。主任は帝国の[て]の字も口にはしなかったからだ。主任にはそれなりに信用を得ているマタルをしても帝国の二文字が聞けなかったのは、そもそもそんな話自体がハナからなかったからであろう。
次に、レイドライバーの供与というのはプランの中には入っているようだ、と。その見返りは共和国領である旧イランの領土の一部の借款、もしくは割譲である。旧トルコはダメだったが、その隣に道を開けばよい、そんなところだろう。これならば大陸の生産力をそのままアフリカ大陸まで持ってこられる。
多分、実際に三国会談を開いたなら、同盟連合が[何か]しなければ間違いなくその場で帝国製のレイドライバーの供与、という話が出るのだろう。そして共和国はほぼ間違いなくその提案に乗って領土を借款、もしくは割譲する、くらいまでは容易に予想が付く話だ。
そしてもう一つの情報。それは帝国が共和国に対するレイドライバーの貸与を諦める条件である。しかし、この情報は掴めなかった。
――ならば。
「あんたに聞きたいことがある。同盟連合の人型の話なんだが」
マタルはダメもとで聞いてみた。ここはスラム、本来であれば上級官僚が出入りする場所ではない。おそらくそういった人間からすれば気にも留めない場所だろう。しかし、スラムにはスラムなりの繋がり、つまりは人脈があって、スラムなりの営みというものがある。上等な娼婦や男娼を呼べない人間というのだって中にはいる、という話である。
では娼婦、男娼、それらを手広くやっているこの辺りの住人ならば。
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