23.えっ、私の躰?-あぁ、たぶん私は私を保っていられなくなる-
全43話予定です
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――えっ、私の躰?
クリスは直ぐに答えが出せなかった。確かに、カズが必要としているのはクリス個人であってその躰ではない。もちろん今までも[そういった]繋がる行為は自発、強要含めて一切されなかったし、自分から求めても来なかった。それは[そういった]行為がなくても十分に被虐心を満足させてもらえたし、そんな関係がずっと続くと信じていたからである。
では今、カズに[脳みそだけになれ]と言われたとして、それを[ハイ]と素直に言えるだろうか?
人間が[躰]という身体的特徴を失えば、そこにあるのはただの脳みそ一号、二号である。薄肌色のひだが何重にも連なった、直径数十センチの脳みそ。それを一度ケースに仕舞えば、外見から誰であるかを判断するのは不可能だ。そんな状態で、もしも他の誰の脳みそが[私がクリスです]と言ったら? いくら自分が[違う、私がクリスです]と言い放ってみても、見た目では区別がつかない。唯一の身体的特徴である声も、実は人工音声なのだ。生前の本人の声のサンプルを解析して、自然になるように当てはめているだけに過ぎない。
だから、実際のところ脳を覆っている生命維持装置である外殻にはナンバリングが施されているが、そのナンバリングを消してしまえば、脳波測定でもしない限り当の研究所職員でも誰が誰なのか分からなくなるのである。
そんな存在にカズが[なれ]と命じたら?
――あぁ、たぶん私は私を保っていられなくなる。
そんな思考を、今は互いにチェックしあっているのだ。
サブプロセッサーが搭載されている場合はサブプロセッサーが思考チェックをするのだが、ゼロツー、ゼロスリー共に今は単独で任務に就いている。カズの指示によるものだ。端的に言えば[きみたちは脳みそにコンピューターが付いているからパイロットだけでやれるでしょ]という流れで第三世代のモデルケースとして単独行動が許されている。しかしながらそれでは思考のチェック機構が働かない。
ではどうするか。
カズは二人に互いの思考を見せ合うという、ある意味これ以上ない[置き土産]をしていったのだ。トリシャが何を考えているか、言葉にしなくてもクリスには全部分かってしまう。もちろんクリスが何を考えているかも然りだ。
そんな処置をされたから、
「言わなくてもこちらに伝わって来てるわ。これが[貴方]なのね。これなら副官を任せられるって私も思うわ」
それほどにクリスはカズに捨てられるのが怖いのである。つまりはカズが見ているのは何処なのか、という話に繋がる。躰込みのクリスなのか、それとも脳みそだけでいいのか。
――じ、しゃあトリシャさんは……。
「そうよね、そんな質問をしておいて私だけ答えないのは不公平よね。貴方と同じよ」
そう告げたあとからクリスの脳内に[躰は要らないの? どんな恥ずかしい事だってするから脳みそだけになんてしないでください]というログが流れてくる。
「でも、それってある意味卑怯よね。ゼロツーやゼロスリーはサブプロセッサーになる為に、意図的に躰を取り上げられたのだから」
とまで言ったときにトリシャが[これ以上の思考は危険を伴います]と自分の声で警告される。反乱の予兆はこうやって小さな芽ですらも完全に摘み取られるのだ。それはまさに思考への[首輪]である。黙っていても、ただほんの少しでも余分な考えを持つ事すら許さないのだから。
「ご主人様は以前に[必要なのはサブプロセッサーじゃあない]と仰っていました。ですから可能性としては低いですが、もしもこの躰を取り上げられたら……いっそ」
「殺してほしい? そうよね、私もそう考えるわ。自分からは一ミリだって動くことのできない存在。自発行動は一切取れずに生殺与奪権まで握られている。相手が戯れに電流でも流したら、恐怖におびえつつ過ごさなければならない。そんな生活が何十年と続くの」
――私にはとても耐えられない。それならいっそ。
「壊してほしいと思えるわよね、同感だわ。良かった、私はまだ貴女側の人間でいられているのね」
とトリシャが締める。そう、彼女は[私はクリスと同じ考えを持っている]と伝えたかったのだろう。そして戯れでもこの躰を取り上げてほしくはない、と。もしそうするのであればいっそ壊してほしいのだと。
そして、トリシャは以前に受けたお灸の意味をクリスに重ねていたのである。
――トリシャさんの考えていることが手に取るようにわかる。そうなのですね、私と同じ考え方をすればあのお方に捨てられずに済むと。でも、その通りなのだと思います。現に、そのやり方で私はいいと仰ってくださっているのだから。
クリスはそう考える。そして、
「ありがとう」
とトリシャに感謝されるのである。
そんな中、一本の伝令が研究所のカズから入る。それは旧イエメンの内戦の鎮圧にレイドライバーを派兵する、というものだ。この時期までずれ込んだのは言うまでもない、帝国との戦闘がひっきりなしに行われていたからだ。戦力差も均衡していた状況ではとてもではないが派兵、とまで行かなかった。それが現在、ようやくひと段落し、共和国からの特段の茶々も入らず、新兵の補充も効いた今ならという話に繋がったらしい。
そこでトリシャの名が上がったのだ。彼女なら対人戦闘にも十分耐えられる。今回も臨時少佐という扱いで向かわせる方向で進んでいるらしい。
――私がもっとしっかりしていれば。
そうクリスが思ってみても決定は覆らないのである。それはひとえに元々クリスは対人戦闘に不慣れだという事実があるからである。レイドライバーのマシンガンを生身の人間が食らったらどうなるかなどは想像しなくても分かる話だ。
生体コンピューターを埋設した現在、パラメーターを調整すれば、一切の罪悪感なしに引き金を引いてこられる。だが、それには何度も言うがパラメーターの調整が必要なのだ。そしてそれが出来る人間は、現在研究所で缶詰になっているのだから。
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