10.久しぶりだなアイツに会うのは-よう、兄弟-
全43話予定です
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研究所から早々に[ではよろしく頼んだ]と追われるように出てきて、マタルは真っ先に彼の雇い主の顔が頭をよぎった。
しかし、ここで本当に[共和国は何も知らないようですよ]と直ぐに連絡してもいいものだろうか。今、マタルがいるところは、研究所から出たとはいえ、まだ共和国領内だ。そこから直ぐにエルミダスなりミラールなりに直行してよいものか。
マタルは用心深く移動や行動してはいるつもりでいても、相手は国家権力である。そんじょそこらのギャング風情とは情報網も、その監視の目も段違いだろう。主任は確かに以前[この国は腐っている]と言ってはいたものの、そんな言葉をそのまま丸呑みにするほどマタルはお人よしでも思考停止しているバカでもない。昨日の今日で再び同盟連合領に入れば、まず怪しまれるのがオチだ。
――と、いう事は、まずはやっぱり帝国からだな。さてと。
マタルは共和国の下町の外れ、いわゆるスラム街にいた。仕事柄、こういった場所にいたほうが彼にとってはかえって[安全]なのである。
スラム街や都市の路地裏と呼ばれる場所は、まずまっとうな人間は近づこうとしない。それは情報局とて同じだろう。木を隠すなら森の中、という訳である。それに当の本人はそれこそ[作法]を心得ている。必然、動きやすいし考えやすいのである。
「なぁあんた、アキムって人、知らないか?」
マタルは差し当たってまずはアタリを付けようとハエのたかっている浮浪者と思われる人間に声をかけた。手を自分の頭の上に持ってきてグッと上げると、
「あ、ああ、あの人ならいつもの近くの酒場にいるよ」
しわしわの声でそう答えられると、
「ありがとよ」
と煙草を一箱渡して笑顔で肩をポンポンと叩く。
――久しぶりだなアイツに会うのは。
………………
前述したが、マタルは元々中東の出身である。それも孤児院の出だ。両親はいないし、顔も覚えていないというのが事実なところである。気が付けば彼の住んでいた村の施設で暮らしていたのだ。
そんな暮らしがずっと続けば、もしかしたらマタルはこんな裏家業を生業にはしなかったかもしれない。それ程に村での集団生活は居心地のいいものだった。皆が皆を支えあう。困った人間がいれば周りが助ける、そんな当たり前の社会が出来ていたのだ。
しかし、そんなマタルに悲劇が襲う。それは内戦の火種、だった。村は壊滅、幸か不幸かマタルだけが逃げ延びたのだ。この頃になればもう物の分別も付く年頃だ、その後は一人で各地を転々としながらある孤児院へと行きついた。
そこでマタルは[ニンゲン]という生き物を心底嫌いになる。[ニンゲン]というのは実に身勝手だ。都合がよければ寄ってくるし、ひとたび都合が悪くなればまるで生贄かのように徹底的に嬲る。その繰り返しを幼い心に、その目に焼き付けて育ったのだ。今の主な稼業である人さらいもそんな幼い日の記憶がそうさせているのかも知れない。
――こんな[ニンゲン]たちなんて、少しくらいこちらに良いものを寄越してくれたっていいじゃあないか。
………………
そんなすさんだ少年時代を過ごしたその孤児院でも、まったく仲間が出来なかったわけでもなかった。マタルが心を開けた人間も中にはいたのだ。その一人と今、彼は会おうとしているのである。
路地を用心しながら歩き、目的の場所までくる。そこは酒場、というよりはどこかの集会所のような体裁をしていた。かろうじて薄汚い看板が、ここを酒場と定義しているに過ぎない。そんな場所にマタルは来ていたのだ。
中に入ると真っ先に煙草の匂いが充満しているのに気が付く。その筋の人間であればもしかしたらその煙の中に別の香りを嗅ぎ分けられるかも知れない。地べたにへたり込んでいる人間たちは腐った目か、イッた目をしている。そんな危険極まりない部屋の中に入り、カウンターまで進む。
当然よそ者が来れば、それもピンピンしたよそ者が来れば警戒だってする。現に腰に手を回す数人を確認してから手を上げて、
「大丈夫、敵意はない。人を探している。アキム・ロマーノヴィチ・アドロフってやつだ。このあたりで知らない人間はいないと思うが」
と声をかけると、更に緊張が走る。
「誰だ、テメー」
一人がそう粋がるがマタルは気にせず、
「その人物と話をしに来たのさ。オレはマタルという。久しく会っていなかったからもしかしたら忘れられたかもな」
と言いながらフフッと笑う。そんな笑い顔に、
「よう、兄弟」
奥からそんな声がした。
全43話予定です




