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          嵐の夜の来訪者

「いちじくジャムなんてどう?」


「今日は乾燥させてドライフルーツにするものだけとってよ」


「じゃあ、いちじくのドライフルーツにしようよ」


「なんでいちじくにこだわるんだよ」


まだ夕陽と言えるほど日は落ちていないが、昼と言うには少し遅すぎる夕方時。

小屋を少し行ったところにある果物畑で、ユウは動物達とドライフルーツにするための果物を収穫していた。

半年前まで片言しか動物の言葉を理解できなかったユウは、今ではすっかり会話できるようになった。

今だから言えるが、ようは心の問題だ。

どれほど深くまで心を通わせる事ができるか。

それは自分の問題であった。

この1年で、随分と成長したということだろうか。


そう。ここに来て、もうすぐ1年になる。

まるで、生まれ変わったかのようにユウは成長した。

と、思いたいところなのだが、相変わらず魔法は教えてもらえないし、基礎体力をつけるための鍛錬ばかり。

それでも、文句を言う事なくユウは毎日言われた事以上の事をこなしてきた。

師匠は相変わらずで、毎日起こすのには苦労するし、食事も野菜ばかりだと文句をつけるし、人使いが荒い。

いつも昼寝か日向ぼっこしかしないだらだらとした生活を送る師匠も、とりあえず何も変わってはいない。

ちっとも戦ったところを見た事は無いが、ユウの知る限りでは最強の人物だという事は紛れもない事実である。


もちろん、今の生活はこれ以上ないくらいに大満足だった。

たくさんの動物たちに囲まれ、まるでお伽話の中のようなメルヘンチックな生活を送っている。


「今日の夜辺りから雨が降りそうだなあ」


鹿のハドソンがそう言って、西の空をじっと見つめている。

確かに、西の空は灰色だ。

だとすると、明日は外で洗濯物を干せないかもしれない。

なんて、とても10歳にも満たない少年が考える事だとは思えないな、と自分で思う。


「はい、じゃとったフルーツ全部カゴの中に・・・・ってチャールズ、お前はそのいちじくどうにかしろ!」


「えーいいじゃんよ。ドライフルーツにすれば」


鹿の背中に乗っているリスが言う。

ウサギや狐やアライグマ達がユウの元へ集まり、手の中いっぱいに収穫したフルーツをカゴの中へとそれぞれ入れた。

そうこうしているうちに、遠くで雷の音が聞こえ出す。


「こりゃ、今夜は嵐だな」


動物達は、いつもなら小屋までついてくるのに今日はそそくさと森の中へと帰ってゆく。

ユウも大きなカゴを両脇に抱えて、早足で小屋へと急いだ。






「師匠―?」


ノックしても返事が無いので部屋の扉を開ける。

夕食の前に風呂が沸いたので、入るよう促すつもりだったのだが、予想外に師匠は部屋にいなかった。

さっきから姿を見かけないので、部屋で寝ているか珍しく本を読んでいるかしているのかと思っていたが、どうやら小屋にいないようだった。

この嵐の中、外にいるのだろうか?

でも、それも珍しい事ではない。

師匠は雨だろうが関係なく自分のやりたい事をする。

大雨のはずなのに、帰ってくると少しも濡れていない事もある。

ずぶぬれに帰ってくる事も意外と多く、何があったのかと問うが、どうやら濡れないのが面倒くさいらしかった。

今回も夕飯ができるころにはひょっこり帰ってくるだろう。


そのとき、小屋の扉がノックされた。


「師匠?」


ユウは鍋の火をとめ、扉へ向かう。

師匠が扉をノックするなんて、珍しい。

ノックをするどころか足で蹴って開ける事も少なくないあの師匠がノックなんて、少しおかしかった。


「おかえりな・・・・」


扉を開けると、扉の前に立っていたのは師匠ではなかった。

そこにいたのは見知らぬ怪しい誰か。

身長はユウよりも師匠よりも高い。

黒いブーツに、膝下まである長い黒いコートに、フードをすっぽりとかぶっている。

コートは水を弾くのか、フードから大量に水が滴り落ちている。


「・・・・誰ですか」


男か女かもわからないあきらかに怪しい格好をした奴に、一応尋ねる。

しかし、答えを聞くつもりはなかった。

ユウは密かに戦闘態勢に入った。


「・・・・・君こそ誰」


予想外の返事に、ユウは眉をひそめた。

声からしてどうやら男のようだった。

そしてその声は、意外に若かった。

声からすると青年なのだが、その顔はフードのせいで少しも見えない。


「・・・どちら様ですか」


「・・・・・・・君こそどちら様」


師匠がふざけているのだろうか。

しかし、今日はハロウィンでもエイプリルフールでも無い。

まるで死神を連想させるような真っ黒な男はかなり不気味で、嵐の夜だからなおさらだった。

その時、ユウはハッと気付いた。

その男からは、魔力が全く感じられない。


「・・・・・お前、誰だ」


選択肢は二つ。

何らかの出来事で、魔力を完全に失ったのか。

魔力を完全に使い果たしてしまったり、完全に吸い取られてしまったりすると、一度完全に無くなった魔力は二度と戻らない。

そしてもう一つは、師匠と同じく自分の多大な魔力を完全に制御できているのか。

だが、この理由はかなりありえない。

こんな人物、1年前まで存在するはずがないと思っていたほどなのだから。

もしこの男がそうならば、師匠と同じくらい強い事になる。


ありえない。


ユウはすぐに思った。

あの師匠と同レベルの人物がいるなんてありえない。

あの師匠はいろいろと、人間じゃない。

そんな人間が、同時にこの世に2人存在する事などありえなかった。


「・・・・・誰だ、ね」


男は呟く。

次の瞬間、ユウは男の足をすくった。

だが、予想外にもユウの蹴りはやすやすとかわされ、男の姿がユウの視界から消える。


まずい!


慌てて男の姿を探すが、すでにどこにもない。

しまった、と一瞬で全身に冷や汗をかく。


「美味しそうだね」


素早く振り向くと、男はいつのまにかキッチンにいた。

ずぶぬれの黒い格好のまま、鍋をのぞいている。


「そんな格好で部屋に入るんじゃねえ!」


ユウは思わず掴みかかっていったが、またもやひょいとかわされる。

完全にユウの動きを見切られている。

師匠との手合わせで相当鍛え上げられた武術が、少しも通用しない。

再び視界から男が消えた次の瞬間、ユウの足がふわっと浮いた。


「離せ!」


後ろから襟をつかみ上げられ、ユウは宙に浮いていた。

じたばたともがき、どうにかして抜け出そうと思案するが、男には隙が少しも見えなかった。


「だって、離したら襲いかかってくるだろ」


「当たり前だ!」


その時、小屋の扉が開いたのか外の雨粒の音が間近で聞こえる。

男と同時にユウは扉の方を向いた。


「たらいまー」


「あっ」


そこには師匠が立っていた。

この嵐の中髪の毛がふわふわとして見える事から、雨をよけて濡れずに帰ってきたのだろう。

ユウ以外の思わぬ誰かに、驚いて目を見開いている。

強風が、乱暴に小屋の扉を閉める。

部屋に沈黙が訪れた。


「星羅?」


師匠が何かを言った。

怪しい者が弟子を掴み、宙づりにしているのを目の前にしながら、予想外に師匠はきょとんとしている。


「アリア」


途端に手が離され、ユウは床に尻もちをつく。

ユウが痛そうに腰をさすっているのに気付きもせずに、男は師匠の方をじっと見つめていた。

すると突然、師匠が笑った。


「まあ!」


嬉しそうに声をあげて、黒い男に抱きついた。

男は優しく抱き返し、その様子を尻もちをついたままユウは唖然として見ていた。

しばらく抱きしめ合った後、二人は非常に名残惜しそうに互いを離した。


「言ってくれたら霧を解除したのに」


「ちょっと時間はかかったけど、どうってことなかった」


師匠のあんな笑顔を見た事が無い。

まるで、普通の年頃の女の子のようだった。

ユウはただただ、呆然とそこに座りこんでいた。


「で、この子はまさかアリアの子?」


「なわけないでしょ」


ふと、二人の視線がユウに向けられている事に気付く。

居心地が悪そうに、ユウはとりあえず立ちあがった。

すると、その時師匠とは思えないほど優しく男のフードをおろした。


現れた顔は、美しかった。


師匠も美人だが、その男も負けていないほど美形だった。

女のような白く滑らかな肌に、通った鼻筋、整ったパーツ、大きな黒い瞳。

漆黒の短髪は、どこかユウに似ていた。

いや、全体的に少しユウに似ている。

東洋の顔立ちをしているからだろうか。


「弟子よ」


「弟子?」


男は驚いたようで、まじまじとユウを見る。


「ふーん・・・・」


半信半疑なのか、あまり本気にしていないようではあった。

ユウはどこかそんな態度の男に苛立ち、眉間にシワを寄せる。

すると何故か男は笑い、ユウの頭をなでた。


「名前は?」


「・・・・・・。」


「ユウよ」


ユウが答えないので、代わりに師匠が答えた。

へえ、と男は言ってびしょぬれの黒いコートを脱いだ。

師匠はまるで妻のようにそのコートを受け取り、洗面所へ放り投げる。

放り投げたところはいつもの師匠のようだったが、顔に浮かぶ微笑みは、まるで別人のようだった。


「あら、お風呂沸いてるみたい」


「入っておいでよ」


「でも、あなたの方がびしょびしょだわ」


「俺は大丈夫」


すると師匠は微笑み、洗面所へ入って行った。

いつも扉を閉めないあの師匠が、ちゃんと扉を閉めた。

ユウはますます訝しげに男を睨んだ。

あのコートはかなり耐水性に優れているようで、あの嵐の中濡れたのはコートだけのようだった。

フードをかぶっていたため髪も濡れていないのか、漆黒の乾いた髪が艶めくように見える。

男は椅子に座って、疲れているのかふう、と息をついた。

じっと見ると、男は師匠と同じぐらいか少し年上のようだった。

つまり、十代後半か二十代前半。

一体、何者だ?


「俺は星羅」


突然の自己紹介に、ユウは星羅がこちらを見ているのに気付いた。

星羅は先ほどのように微笑まない。

だが、その表情は冷たいわけではなく、至って普通の表情なのだと思った。


「アリアの事は何て呼んでるの?」


アリア。

初めて師匠の名を聞いた。

思えば、師匠に名を尋ねた事はあったが、返ってきた返事は「師匠とでも呼んで」だった。

名前を知らずに一年も過ごしていたのか。


「・・・・・師匠」


「へえ。あいつが師匠ね」


星羅は楽しそうに笑う。

どうやら彼はユウの知らない彼女を知っているようだった。


「俺の事は、星羅でいいよ」


特に呼ぶ機会もないのだろう、と勝手にユウは思った。

なぜなら、ユウはこの男がどこか気に食わないからだ。

ユウはむすっとして星羅から少し離れて椅子に腰掛ける。

星羅はそのあと、ユウが自分を好いていない事を察しているのか話しかける事はなかった。


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