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          並大抵

空が青い。

青いと言っても、昼のような明るい水色の青ではなく、暗く濃い藍色に近い夜の青だ。

今まで空の色は黒だと思い込んでいたユウにとって、それは新鮮な発見だった。

また、星が砕かれた宝石のように大小それぞれが綺麗に散りばめられ、あんなにも輝かしく瞬いているものだという事も新しい発見だった。

真上の木が夜風にざわめく。

芝生の上に寝転がっているユウは、ゆっくりとだるい体で寝がえりを打った。

こんなことしか教えてもらえないのなら、独学ででも魔法を学んだ方がましだった。

右足の膝下あたりが痛々しく黒ずんだ血で染まっている。

夜だとなおさら、血の色が不健康な暗い淀んだ色に見える。

少し触れるとしみるような激痛がはしり、すぐさま手をひっこめた。

指先についたほんのりと赤い血を見て、ユウはため息をついた。


木は、微動だにせずそこに立っている。

茶色い木の皮が削れ、白い中の皮が剥き出しになっているまでユウは蹴り続けていた。

だが、折れる気配は全くなく、このまま削り進めながら木が倒れるのを待つしかないのだろうかとも思った。

無心で木を蹴り続けたのでほんの休憩と、木の根元に寝転がったものの、一度寝ころぶとなかなか起き上がれない。

無心で蹴り続けていたときには感じなかった足の痛みが、じんじんとしみてくる。


「よっ」


決心して重い体を無理矢理飛びあがらせた。

深い息をついて、木と再び向き合う。

ふと、ユウは手で木を触れてみた。

固い。

ただの木ではないのだろうか。

でも魔力は感じられない。

仕掛けがあるわけではないのか。


ダンッ


木が大きく揺れ、ざわめく。

しかし、ただそれだけで、折れる気配は微塵も無い。

これを師匠はポケットに手を突っ込んだ余裕の体制で簡単に折ったのだ。

悔しさからユウは歯ぎしりをする。

そして再び、一心に蹴り始めた。

蹴り始めてすぐ、ユウの右足に急に激痛が走った。


「ッ」


思わずその場に崩れ落ちる。

右足が痙攣して震えている。

動かない。

ユウは急に恐怖を感じた。

やばい。


ユウは痙攣がおさまったあと、足をひきずりながらなんとか家の前までたどりついた。

しかし、そこで足がとまる。

さっきまでは早く小屋へ辿り着かなければ、と思っていたのに急に入るのを躊躇しだす自分がいた。

怪我をしてそれが悪化して、もう蹴れなくなったから戻ってきました。

なんて、情けなくて言えない。

完全にそんなの、俺の負けじゃないか。

負けたくないからあんなに頑張ってひたすら蹴り続けたのに、これじゃ、師匠に認めさせて魔法を教えてもらうのなんて論外だ。


「チチッ」


ふと足元を見ると、リスがユウの足をつついていた。

足首に触れるリスのヒゲがこそばゆい。

どうやらリスは早く家の中へ入れと言っているらしい。

リスにうながされるままそっと小屋の扉に手をかける。

キイと音をたてて扉がゆっくりと開く。

少しあいた扉の隙間から部屋の光が外へ漏れる。

どうやら師匠は起きているようだった。


「あら、おかえり」


扉を開け切ったときに声が聞こえた。

バスローブをはおった師匠がコーヒーカップを片手に、本を読んでいた。

こちらの方を見もせず、本を読みながら無関心にただ言った。


「木は?」


ユウは何も言えなかった。

しかし、師匠は返事を待っているようで何も言わない。

ユウは部屋に入らないまま、言った。


「・・・・・まだ、立ってる」


「ふうん」


また前のように「それじゃ、どうしてここにいるの?」と言われるかと身構えていたが、師匠はそれ以上何も問わない。

わかっているのだろうか。

それとも最初から、あの木をユウが折るだなんてさらさら期待していなかったのだろうか。

どちらにしろ、ただ悔しさと虚しさと情けなさがユウの胸にこみ上げる。

無意識に握った拳を見上げて、リスがユウの足にそっとすりよる。

なぐさめられているのだろうか、リスに。


「そう怒ってやんなよ」


どこからか急に聞き慣れない声がした。

突然の男の声に、ユウは少し警戒心を抱きながらきょろきょろとあたりを見渡す。

しかし、その声の主はユウの足元にいた。


「すっげー頑張ったんだぜ?」


リスはぽんぽんと小さな手でユウのふくらはぎを叩く。

そして腰に手をあて、ユウの足にもたれかかり「なあ?」とユウを見上げ同意を求めた。

その様子にユウはただ唖然とするだけで何も言えず、ただただ喋るリスを見下ろしていた。

すると、師匠は本をパタンと閉じてコーヒーカップをテーブルにことんと置いた。


「そこに座りなさい」


そう言って師匠はふらっとどこかへ行った。

ユウは師匠の言い方がどうにも冷たかったような気がして、なかなか座る気になれなかった。

するとリスがユウの足の上で大股広げて大きなジェスチャーで言った。


「何も気にするこたねーよ。遠慮すんな。早く座れ座れ。ほれ」


いまだ喋るリスに困惑しながら動けずにいたら、師匠がふらりと戻ってきた。

手には透明な紫色をした液体の入ったボトルを持っている。


「チャールズ、あなたが足に乗っているからユウは動けないのよ」


「おっと、そりゃすまん」


チャールズと呼ばれたリスはひょいと身軽にユウの足から飛び降りた。

ユウは師匠の向かい側に、おそるおそる腰かける。

師匠はどかっと腰掛け、ボトルのふたをきゅぽっと開けた。


「足を出して」


ユウはそうっと師匠の前に足をだした。

明るい部屋では血が思ったよりも赤く淀んでいる事がわかった。

放ったまま蹴り続けたせいだろう。

傷は結構深いらしく、足も痙攣がおさまってもまだ震えている。

師匠は無言で、ボトルをそっとユウの足の上に傾けた。

紫色の液体が、ぬったりとこぼれ始める。

かなり粘着力があるのか、つーっとゆっくり足の傷口へと落ちる。

しみるかと思い体中に力を入れて無意識に身構えていたが、その紫色の液体はひんやりとユウの傷口に潤いを与えた。

爽快感が足に広がったかと思うと、ゆっくりと傷口がふさがっている。


「わ・・・・すご・・・・」


「私の知り合いが調合した薬よ」


「それにしてもこの回復力と、痛みを伴わないっていう条件は・・・」


「素晴らしいわ。これは私でも作れない。医療に関しては彼は世界で1,2を争うほどの腕を持っているの。この家にある医薬品はほとんど彼の物よ」


「彼って?」


「いずれわかるわ」


いずれっていつだよ、と思いながらもユウは足を伸ばしたりまげたりして感触を確かめていた。

師匠の言うとおり、素晴らしい。

この短時間で完全に傷は回復し、副作用も全く無い。

確かに師匠の言う「彼」は、本当に医療に関してのスペシャリストなのだろう。


ユウは足が治ったとたん、急に気まずさを覚えた。

これから一体、どうすればいいのか。

結局、師匠の求めた課題を達成できなかった。

自分の負けだ。


「悔しい?」


師匠の言葉にユウは顔をあげる。

師匠はユウの前にカップをことんと置いた。

カップにはなみなみココアがついであり、温かなゆげがたちのぼっていた。


「いいのよ。あなたは確かに強い。でもそれは、人並みではないという事だけ。あなたはまだ、できる事よりできない事の方がたくさんあるの。それをわかってほしかったの」


師匠はずずっとココアをすする。

ユウはいまだココアに手をつけず、じっとカップを見つめていた。


「あなたには他の人には無い才能があるわ。けどね、この世界、才能がある人なんていくらでもいるの。あなたみたいな人、たくさんいるのよ。あなたは強い。けど、それと同時にまだ全然弱いの」


師匠はカラになったカップを置いて、時計を見上げた。

もう夜の2時をまわっている。


「私だってきっと、才能を持つ者の1人だったわ。でも私と同じような人はあふれかえる程いた。だから私は、途方も無い努力の積み重ねで、人並み外れたという域さえも超えた、誰も届く事のできない領域に達したのよ」


師匠の目線を感じて、ユウは目線をカップから動かさなかった。

師匠はふっと息を吐いて、微笑んだ。


「って自分で言うのもなんだけど」


師匠はおもむろに立ち上がり、バスローブの襟をパタパタとあおいで自分の部屋の扉をあけた。

そして振り返り、言った。


「早く寝なさいよ。明日の朝も早いんだから」


ユウの返事を待たずに師匠は部屋の扉を閉めた。

急に部屋に孤独の沈黙が訪れる。

じっと目線を伏せたまま、ユウは動かなかった。

自分は弱いという事実を、鵜呑みにできない自分とそれを理解している自分がいた。

気分が重い。


「どうしたよ。ココア飲まねーのかよ」


チャールズが机の上からユウの顔をのぞきこむ。

ユウははっとして、目の前のリスに気がついた。


「あ、いや」


急いでユウはカップに手をのばし、一気にココアを飲み干した。

温かいココアは胸のあたりから体を温めてくれた。

じんわりと体が熱くなる。


「足は大丈夫か?」


「うん・・・・・足の方は全然」


「そうか。じゃ、早く寝るこったな。お前の師匠は自分は遅刻するくせに他人の遅刻は許さねーヤツだかんな」


「そうだね」


「あんま振り回されんなよ新入り。なれたらあいつのペースに乗るのも苦じゃなくなるさ」


ユウはカップをキッチンで軽く水洗いして逆さに置いた。

リスは机の上の花瓶にもたれかかったまま、キッチンのユウに話しかけている。

ユウは黙ったまま、その話に耳を傾けながら寝る前にと明日の朝食の準備をしていた。


「まあでもお前も運がいいよな。あいつの弟子にしてもらえるなんてさ。一体何て言ったんだよ」


ユウは冷蔵庫を探る手をとめ、立ちあがってチャールズの方を見た。


「何も」


「何もって・・・じゃ、何して見せたんだ?」


「何も」


「いや・・・何もって。じゃ、何で弟子になれたんだよ?」


チャールズは両手を広げて首を傾げて見せた。

ユウはチャールズをじっと見つめて言った。


「弟子になりたかったわけじゃない。弟子になれっていうから」


「はあ?」


チャールズはまぬけな大きな声を出した。

あんぐりを口を開け、ユウの方をまんまるい目で見上げている。

次の瞬間、停止していた口がぺらぺらと高速で動き始めた。


「お前それ本気かよ?お前まじでそれあいつが誰だか知って言ってんのか?お前は幸せもんだよ。この世で一番の幸せもんだよ。あいつからお前に?ひょえー信じられないな。熱でもあったんじゃねーかあいつ。一体今までに何人、いや何十人、何百人の奴等があいつに弟子入りを頼んだのか知ってんのかよ」


ユウはチャールズの早口をなんとか聞き取りながら、無言で首を横に振った。

これだからまったく、と言ったようにチャールズは大きくため息をついて頭をかいた。


「まあ・・・・その数は俺も覚えてねーけど・・・・とにかくだ!!あいつは今まで弟子をとる気なんてこれっぽっちもなかったんだぞ?すげーめんどくさがってた。弟子入りにきた奴に無理な注文押しつけて、それを必死にやってみせようとしている奴等の姿見て楽しんだり、ときにはかくれんぼして最後まで隠れきれたら弟子にしてやるって言ってそのまま逃げたときだってあった。あれはひどかったな。確かそいつは一週間ぐらいあいつを信じて隠れ続けてた」


可哀そうに、と見た事もない人にユウは同情した。

確かにあの師匠ならやりそうだし、どうやらそれは真実なようだ。

ユウは朝食の準備は終わっていたが、チャールズの話に耳を傾けた。


「お前は本当に幸運だな。お前、このチャンスを絶対に逃すんじゃねーぞ。あいつの弟子になれた事は、あいつの気まぐれかもしんねえ。てか、絶対あいつの気まぐれだ。あいつの行動は基本きまぐれだ。きまぐれに起きてきまぐれに寝て、きまぐれにどっかへ行って、きまぐれに殺す」


最後の言葉にチャールズは目を光らせ、感情を込めた。

ユウは思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。

チャールズはヒゲをぴくぴくと動かし、手でなでた。


「・・・・・まっ、最後のは気にすんな。お前も早く寝ろよ。明日早いんだろ?」


ユウはうなずいた。

そして部屋の電気を消す。

そういえば、何も言わずに消してしまったが大丈夫だろうかとチャールズを探したが、もうチャールズの姿は無かった。

あのリス、二足歩行で人間の言葉を喋っていたが何者なのだろうか。

本当にあの師匠には秘密が多い。

聞きたい事が山ほどあるが、どれもまともな答えが返ってきそうにないのは目に見えている。

ユウは静かに階段をのぼり、二階の自室ですぐに眠りについた。


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