表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/14

          雨のち雨

雨が降ってきた。

雨と言っても霧雨だ。

さきほどから霧の中を通っていて既に体中びしょびしょに濡れているユウにとっては何の問題も無い。


びしゃびしゃと足音を立て、飛沫を散らしながら海上を走る。

舟を乗ってここまで辿り着いたものの、眠っていたから一体どのくらいの距離を舟で移動したのかわからない。

しかも辺りは霧ばかりで何も見えない。

しばらく走った気がするのに、一向に霧から抜ける気配がしなかった。

ユウは思わず眉間にシワを寄せ、前髪から垂れる滴に一瞬目を閉じた。


「どうなってるんだ・・・・」


この霧が、侵入者を防ぐための魔法の霧だと言う事は最初からわかっていた。

でないとあんな上手い事孤島を深い霧が包む訳が無い。

だが、それはあくまで侵入者を防ぐ為だけのはず。

外から内へ入るのを防ぐ為なわけで、内から外へは抜けられるはずだとユウは踏んでいた。

だが、一向に霧を抜ける気配はない。

おかしい。


心なしか、肌寒くなってきた気がしていた。

霧雨のせいだろうか。

胃が空腹でよじれる。

ふと今朝のベーコンエッグが脳裏に浮かぶ。


ふざけるな。

俺は戻らない。


ベーコンエッグを頭の中から追い払う。

温かいベーコンエッグを食べたいという気持ちに嘘はつけないが、それとこれとはまた違う話だ。

ユウは下唇を噛んで走り続けた。

今は昼のはずなのに何故か辺りが薄暗い気がする。

霧のせいだけではない。

明らかに暗い。


「何だ・・・・・・・・何なんだよ一体・・・・・・・」


ユウは何かの気配に薄気味悪く思いながらも、足を止めずにそのまま走り続けた。







「ほう・・・・・しばらく姿を見ないと思ってやっと帰って来たと思ったら、男を持ち帰って来たのか」


「男と言ってもまだ子供よ。十歳にも満たない」


「お前がまさか弟子をとるとはな。何が決め手だ」


「瞳よ」


女性は笑う。

女性がもたれかかっている大きな銀色の物体は片目をつむった。


「ほう・・・というと?」


「本人には瞳の色が気に入ったなんて言ったけど・・・ま、それもあるんだけどね。あんな幼いのにいろんな修羅場を切り抜けてきた戦士の瞳をしてた。そして冷たく冷え切った、誰も信じていない人間不信の色も混じって見えた。そしてまた一方で、自分の強さに絶対の自信を持っている。一人で生きていけると強がってる。でも、本当は孤独は嫌だって、私に吐いたのよ」


「もう本音を吐いたのか?」


「本音っていうか・・・・本人は吐いたって自覚が無いのよ。きっと今頃、泣いた事も忘れてこんなところにいるなら一人の方がましだって強がって霧の中を走ってるわ」


女性は悪戯に笑った。

銀色の物体は、呆れたようにため息をつく。


「霧の中を走ってるって、逃げだそうとしてるじゃないか」


「絶対に逃げだせないのにね」


「いいのか?折角の弟子を、このままだと孤島の番人クラーケンに喰われちまうぞ」


「その位の弟子だったら喰われた方がいいわ。それから、拾った理由がもう一つあるのよ」


女性は笑う。

全く、と呆れて物も言えんと言いたそうに銀色の物体はため息をついた。


「瞳がね・・・色とか、透明度とか全て含めてあの人に似てるのよ・・・・・一目でわかったの」


思わず目を細める。

長いまつげが視界を暗くする。

銀色の物体は「なるほど」とつぶやき、息をついた。







だんだんと雨粒が大きく、重くなってゆく。

皮膚に叩きつける感覚を強く感じるようになった。

相変わらず霧からは抜けられず、もう夕暮れかと思うほどに辺りは暗くなっていた。

体力には自信があるが、さすがにスピードもかなり落ちていた。

走り続けて何時間が過ぎただろう。

もう空腹も限界を通り越して、何も感じなくなっていた。


「うわッ」


ユウは急停止した。

突然、海面が大きく揺れたのだ。

突然大きな波が襲ったかのように、ぐらりと上下に大きく動く。

すると、ユウの目の前の海面がズズズズズと低い音を立てて徐々に浮き上がってきた。

次の瞬間、ザバーッと辺りに水しぶきを吹き散らしながら大きな何かが海上に現れた。


「貴様、何者だ」


目の前に現れたのは、気持ち悪いくらいに濃い紫色と黒色の混ざった色の巨大な蛸だった。

いや、蛸の形をした怪物と言った方がイメージ通り伝わるだろう。

低い声と共に吐くシュゴーッという音に、ユウの背中は凍りついた。


「別に怪しい奴じゃ・・・」


「怪しい者だと胸を張って言える奴の方がまだマシだな。往生際の悪い奴は嫌いだ」


大きな目玉がぎょろっとユウを見下ろす。

何も言い返せずに、ユウはその場に立ち尽くすのみだった。


まずい。

こんなでかくて魔力の半端無い怪物相手にしたこと無いぞ。


人間では無い物と戦う事は任務上で稀にあったが、こんなデカ物と戦った事など無い。

それに実際、こんな大きな魔力を宿す生物など自然にいるはずがないのだ。

暴走したり自我で行動されては人間に危害を及ぼす可能性があるので、こんな巨大で強力な生物は普通封印されているはずだ。

こんなのを普通、海なんかに野放しにしているはずがない。

ユウは頭上からの攻撃に気づき、素早く飛び上がった。

力強く海面に足を叩きつけ、水がユウの顔に飛び散る。

ユウは宙に浮いたまま、素早く印を結んだ。


「ウァネクター 覆滅の泡!!」


途端に海からぶくぶくと泡が浮き上がり、たちまち呑み込むようにして蛸を覆った。

しかし、蛸が八本の長く太い肢をゆさぶるようにふるうとあっという間に泡ははじけて消えた。

ユウは苦い顔をして揺れる海上でなんとかバランスを保っていた。


「っ」


ぱしんっと蛸の肢が二本同時にユウを頭上から襲う。

ユウは急いで印を結んだ。


「バンエバー 防御の壁!!」


頭上に手を掲げ、バリアを張る。

しかし、蛸の肢がユウの頭目がけ振り下ろされるとユウの頭上でバリンッという音がした。


「バリアが・・・・ッ」


今まで経験した事のない事態にユウは何もできず、蛸の肢をまともにくらった。

あっという間に海中へひきずりこまれる。

ユウが海中へ飛び込んできた音とそれによってできた水泡のはじける音、水の流れが狂う音が合わさってゴゴゴゴという重低音に聞こえる。

ゴブッと一気に口の中の空気が出て行く。

途端に息苦しくなるが、しっかりと蛸の肢がまだユウの体を握っていた。

まずい。

死ぬ。

そう思った瞬間、急に体が浮き上がり、途端に息が吸えるようになる。

水色の空が見えたとき、生きていると初めてわかった。

しかし、それもつかの間ユウの目の前にはあのぎょろついた大きな目玉が現れた。


「お前・・・・・小僧にしては結構魔力を持ってるな」


ユウは思いきり蛸を睨みつけてやったが、通用するはずもない。

ユウは体を巻きつけられるようにして蛸に握られているので、印も結べない。

だがこのさい、パワーが少々弱くなったってどうこう言っている場合では無い。

ユウは思いきり叫んだ。


「レクター 黒い波動!!」


その瞬間、蛸の大きな目玉に波動が直撃したようで蛸は大きな唸り声をあげてユウを放り投げた。

ユウは上手く地面に着地したが、蛸の怒りは半端なものではなかった。

恐ろしく低いうなり声をあげ、さっきよりもぎょろついた目でユウを見下ろした。


「貴様・・・・許さんぞ・・・・・絶対に喰ってやる・・・・・」


やばい。

どうやらこの蛸は怒りに駆られて自分の魔力を制御するのを忘れているようで蛸の体中から魔力がにじむようにあふれだしている。

そのすごい量と質の魔力を感じて、恐れからか指先が震えだしている。

だが、次第に腕までもが震えだし、体中に寒気が走った。


「覚悟ォォ!!!」


蛸の巨大な口がぐあぱっと開く。

口の中に見える気持ち悪い粘液がユウの恐怖をさらにあおり、ユウの頭を混乱させる。

ユウは必死に何か良い呪文を探していたが、頭が真っ白になって何も思い浮かばない。

そして蛸の肢がにゅるっとユウに伸びてくる。

必死に抵抗したが、まるで無に返されユウは蛸の肢にしばられ全く身動きの取れない状態になってしまった。

終わった。

そう察した時だった。


次の瞬間、辺りの雰囲気が一瞬にして変わった。


今まで蛸の巨大な魔力に震えていた自分の体が、今度は比べ物にならないくらいさらに震えだした。

どうっと一気に何かの強い魔力が辺り一帯に流れ込んでくるようだった。

その魔力はあまりにも強すぎて、辺りの景色までもが歪んで見える程だった。

しかしどうやらそれは蛸の魔力ではないらしく、蛸自身もまたその魔力に恐れを感じ怯んで震えていた。


「そいつを離せ。クラーケン」


聞き覚えのある声がして、クラーケンと呼ばれた蛸は、あっという間にユウを離した。

真下に落ちたので、ユウは蛸のもう数本の肢の上に落ちた。

しかし、あまりの魔力を体中が感じて悲鳴を上げており、力が全く入らず立てなかった。


「クラーケン、これは何の真似だ?」


「いやっ・・・・侵入者が現れたもんですから・・・・・っ」


「そいつは侵入者じゃない」


ユウはあまりに強い魔力を感じて、気にあてられ意識が途切れそうだった。

強すぎるその魔力の影響で、この辺りだけ暗雲がたちこめ波は荒れ狂い強風が吹き荒れていた。

ユウはその魔力の影響で歪んで見える景色の中必死に声の主を探していた。


「そいつは内から外へと向かっていた。侵入者ならどうやって内へと入ったんだ?もし仮に侵入者だったとしても、内に入るときにお前が気づかなかったという事になる」


「しっしかし・・・・」


「お前の脳みそは空っぽなのか?それともタコスミなのか?」


ドシュンッと銃声のような音がひびき、びくんと蛸が揺れる。

ユウは蛸の足の上に座り込んでいたのでユウの体も上へと飛び上がった。

しかし、何が起こったのか全く分からず、ユウの瞼は半分閉じかけていた。


「ユウ、こっちへおいで」


ユウは意識が朦朧としながらも無意識に声のする方へ行こうと、立ちあがろうとした。

しかし、強大な魔力の張り詰める中でとうとう意識が保てなくなり、ユウは真っ逆さまに海中へと落ちた。






目が覚めると、もう夜だった。

まっさきに飛び込んできたのは、埃だらけの古びた木の天井だった。

ゆっくりと上半身を起こすと、ここが小さな部屋だということがわかった。

灯りの無いこの部屋は真っ暗で、けれどカーテンが開いていて月明かりが綺麗に部屋に差し込んでいた。

月はどこから見ても同じはずなのに、何故かここから見る月は今までの月よりも綺麗に見えた。

しかし、部屋自体はかなり汚く、ユウの体にかけてあった毛布もはたけば埃が舞うほどだった。

ベッドから足を下ろす。

みしっと体重を必死に支える古い木の音がした。

そしてユウは部屋の扉をあけ、外へ出た。

そこにあったのは短く狭い廊下で、階段が見える事からここは二階であることが判断できた。

ユウは目をこすりながらゆっくりと下の階へと降りて行った。

階段を降りるときに、自分の今の服装に気づいた。

少し大きめの無地の黒いTシャツに黒いトレーナーのズボン。

意外にもせっけんの匂いがまだ残っていて、綺麗だった。


「お腹でも空いたの?」


ふと目をあげると、朝食を食べたテーブルであの女性が手紙を読んでいた。

剥がせるようにシールでとじられているのにもかかわらず、乱暴に破って放り投げられた赤い封筒がそばにあった。

女性はカップを口に近づけ、一口飲んで言った。


「明日は早いんだから、寝ときなさい」


「早いって・・・・何かあるの」


「何かって、食事・洗濯・掃除じゃない」


ユウは思わずため息をついた。

まだ了承したわけではないのにユウがやるのがさも当たり前かのようにさらりと口にする。

ユウは少しお腹もすいた気がしたが、ドアの横の時計に目をやるともう2時だったのでもうあきらめることにした。

ユウは頭をかきながらだるそうに女性に背中を向け、階段をのぼりはじめた。

三段ほど上ったところでユウは足をとめ、ぼそっとつぶやくように言った。


「おやすみなさい・・・・・師匠」


「おやすみ」


勇気を出して言ったのに、またさらりと受け流されたのも少し想像はしていた。

ちらっと横目で師匠の方を振り返ると師匠は何やら手紙を見て舌打ちをしている。

くすっと笑うと、ユウはそのままさっきの自分の部屋へと静かに戻った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ