第一夜 自立、入隊
全体的な構成を変更しました。
こんな微妙なところでほんとすいませんm(*_ _*)m
物語上、もしやここまでが全部プロローグなんじゃないか・・・という事に最近気付いたばかりでございまして((汗
そのおかげで異様に長いプロローグになってしまいましたが
話の内容には全く変更が無いので、今まで通り読み進めて下さって大丈夫です。
頭の悪い作者で申し訳ございませんm(*_ _*)m
「師匠、ちょっと邪魔」
カツン、カツンと宙に浮かぶ箒が椅子に何度もぶつかる音がする。
目をやらずとも、アリアが今座っている椅子がひどく掃除の邪魔になっている事が伺い知れる。
だがアリアは眉一つ動かさず、そこからどく気のない事を態度と雰囲気で示していた。
「師匠」
強めな口調で弟子が言う。
だが、当の本人は何かをじっと見つめたまま何も言わない。
少し離れたキッチンで、掃除は箒や雑巾達に任せて昼食の支度をしていた弟子がこちらに目をやる。
そしてアリアが見つめている赤い封筒に気付いた。
「その封筒、いつも破って捨てるやつじゃなかったっけ」
「うーん」
「いつもその封筒見るたびにチッて舌打ちして」
「うーん」
「相当その封筒の送り主の事を嫌ってるんだなって思ってたんだけど」
「うーん」
「今日は何か違うんですか?」
「うーん」
さっきから同じ返事を繰り返しているアリアは、まともに弟子に言う事を聞いていないと見える。
弟子はため息をついて、箒に師匠の周りは後回しにしろと囁く。
するとふいに師匠が封筒を破り、中身の便箋を取り出した。
アリアもたまに中を見る事はあったが、必ずその後封筒と便箋が辿る運命は決まっていた。
なのに、何故だかいつもよりも丁寧に読んでいるように見えた。
「ユウさあ」
「何?」
「今年でどれぐらいだっけか」
「年の事?」
「うん」
「今年で16だけど」
もうそんな年か、と弟子の方にちらと目をやる。
ここに来たばかりの時はあんな幼かったのに、今やもう自分と身長がほとんど変わらない。
追い越されるのも時間の問題だろうし、もうすでに追い越されているのかもしれない。
すっかりユウはここでの生活に落ち着いていた。
最初はすっかり冷めきった瞳をしていて無愛想でにこりともせず、ただ反抗ばかりしていたのに今ではすっかり大人びて臨機応変に師匠のわがままに対応できる能力を身に付けた。
表情も随分と明るくなり、同年代の子達と比べればいくらか無愛想に見えるがそれも別に悪くはないだろう。
何より瞳には、冷たい時代があった事など思わせないほど爛々と光が灯っているように見える。
「ふーむ」
最近、ずっと考えていた。
もうユウも16。
そろそろ、自立させるべきなのではないかと。
星羅からは前から言われていたし、アリア自身もいつかは自立させるつもりでいた。
だが、アリアが知っているうちで自立させるのに一番確実で手っ取り早い方法は、アリアの一番嫌いな方法でもあるかもしれない。
だから悩んでいた。
「星羅はいつ帰ってくるか師匠知ってる?」
「さあ・・・・・そろそろじゃないの」
「もう星羅が任務に出てから1年半だよね」
任務も、星羅に随分と任せきりだ。
そろそろ自分も復帰しなければ、とも考えている。
その為にはユウを自立させなければならない。
それにユウも、ずっとこの孤島にいたわけではない。
最近は少しだが、この島を出て街へ買い物などに付き合わせているから少し外の空気にも慣れているはずだ。
今度星羅が帰ってきたときには・・・・・
「星羅!!」
窓の外を星羅が横切ったらしい。
ユウはぱっと表情を明るくして小屋を飛び出す。
なんとまあ喜ばしい光景だこと。
星羅がまるで実の父親のように見える。
実際にユウからは実の父親か兄のように慕われているようだ。
椅子から立ち上がり、小屋の入口から外を見ると、星羅は随分遠くにいた。
よく窓から見えたなあ、と感心する。
「いい匂いがするな。昼飯の時間か」
「今から星羅の分も作るから」
「悪いな」
もう今年で16のはずなのに、ユウは最近とても明るく無邪気に見える。
幼い時が必要以上に大人びていたから、その時の分まで今は明るいのだろうかとときたま思う。
するとふと、小屋の扉にもたれかかっているアリアを見つける。
星羅の帰りをわざわざ外に出て迎えるなど、面倒臭がりのアリアにしては珍しい。
にこりともせず、こちらの様子を眺めているところを見ると、なにやら話でもあるようだ。
「はい、これお土産」
「わ」
小屋につくと、ユウは星羅から一冊の本を受け取った。
少し前にユウは地下室の書庫への出入りを許された。
それからと言うもの、馬鹿じゃねえのと師匠に言われるほどユウは暇さえあれば読書をしている。
星羅もそれを知っているのだろう。
「ユウが好きそうだなって」
「すごい、これ」
ユウはひどく嬉しいようで、もう本の世界に入っていた。
しかしはっとして、本を大事そうに机の上に置いて昼食の準備に戻った。
その様子を微笑みながら見送って、星羅はダイニングの席についた。
「で、話は?」
「あら、まだ何も言ってないけど」
「話、あるんだろ?」
こう長い事付き合っていれば、わかるものなのだろうかとアリアは不思議そうに首を傾げた。
それを見て、どこか得意げに星羅は微笑む。
そして星羅の向かい側に、アリアも腰をおろした。
「ユウを、戦闘部隊に入隊させようと思うんだけど」
とうとう腹をくくったか、と星羅はアリアからユウに目線を移す。
何も知らないユウは、お土産が相当嬉しかったのか機嫌がいい。
今日の昼食は随分と期待できそうだった。
「もう16だろ?遅いくらいだと思うけど」
「早い方がいいかしら」
「お前もついでに顔出せよ」
予想していた通り、瞬時にアリアが顔をしかめた。
戦闘部隊。
それは、簡単に言うならば世界の平和を守るための戦闘組織。
世界から集められた魔術・武術等、戦闘能力に秀でた者達が集められ、各国に任務として派遣される。
世界平和の為に在る組織として世界からは随分と憧れや尊敬されているが、実際はそうでもない事がその一員の者なら知っている。
そこにあるのはただの、完全な弱肉強食の世界。
弱い奴はすぐに死ぬ。
一日が過ぎるたびに、増えたり減ったりする仲間。
その中で、戦闘部隊には使徒という特別強い者が優待される制度がある。
世界平和の為にあるはずが、仲間同士もライバル意識が強く、敵のようにになっているのが現状。
醜いものだと星羅は思うし、アリアはそれをひどく嫌っている。
「早く死なないかしら。あいつ」
「人の寿命は約百年だからな。結構長いぞ」
「やっぱり、あの男のところにユウを送るのは気がひけるわね」
「悪い奴ばかりじゃないさ。ちょうどユウと同じ年の子達が今太陽の使徒らしいし」
「あら、十代が使徒なわけ?堕ちたもんねえ」
「いや、ただ十代のレベルが高いだけだよ。ユウにとってもいい刺激になると思うけど」
「あら、それってもしかしてレン達の事?」
少しアリアの表情が明るくなる。
星羅が頷くと、アリアは笑った。
「まあ、本当に?あーんな小さかったのに。てくてく駆け寄ってきたのが昨日の事みたいだわ」
「婆臭いこと言うな」
どうやらアリアの決心はついたようだ。
ユウがいつもよりも手の込んだ美味しそうな昼食が運ばれてきたと同時にアリアは席を立った。
「師匠?」
「出かける」
「え。昼ごはんできたばっかりなのに」
「お前も行くぞ」
「はあ?」
「今からかよ」
星羅は苦笑する。
ユウは訳がわからずにぽかーんとしている。
アリアはコートを羽織り、街に行く時にしか履かない黒いブーツを履いた。
「ほら、身支度」
弟子の後ろ姿を思い切り蹴る。
柱にドゴッと全身を打ちつけ、しかしそれも日常の一部となってしまったユウは事もなげに起き上がって言われたとおりに身支度した。
だが、再び蹴られて全身を柱に打ち付けられる。
「必要なもんは全て荷物にまとめろ。しばらく帰ってこねーぞ」
「えっ、泊まるのか?」
今まで街へ行った事はあったが全て日帰りだった。
ユウは突然の事にひどく驚いている。
星羅はため息をついて言葉の足りないアリアの代わりに説明した。
「戦闘部隊って知ってるだろ?」
「ああ、あの世界平和の為に・・・」
「それに前々からユウを入隊させようって話してたんだけど、アリアが・・・」
「今日行く」
「って言うんだよ」
ユウはぽかーんと口を開けたまま絶句している。
それもそうだろ。
なにしろ、あの世界の人々からあがめられているような崇高な組織に今日入れと言われたのだから。
しかし、師匠の言う事は絶対だ。
文句をつけたり弱音を吐いたりした日には、それが人生の終わりだと言っても過言ではない。
ユウはまだ状況をのみ込めていないまま、師匠と星羅に連れられて孤島を出た。
ユウよりも先に事態を把握した動物達が、小舟をとめてある小さな船着場まで見送りに来ていた。
「いつか帰ってこいよな」
別れの時間は非常に短かった。
せっかちな師匠が出航を急いだからだ。
チャールズの言葉をとりあえずはしっかりと胸に受け止め、手を振りながら孤島を離れた。
「面倒臭いから省略するか」
師匠はいとも簡単に、空間を操る。
街に出る時にたまに師匠は往路を省略してしまう。
今回も、また気付いたら目の前に巨大な黒い塔があった。
「アリア、省略し過ぎだ」
「ちょっと久しぶりに疲れたかな」
省略してしまう事はあまり自然界の事象にとってよくないらしい。
だが師匠は面倒臭い事は全部自分の都合のいいように省略してしまうのでいつも星羅はそれを咎めている。
ユウは師匠と星羅の会話のやり取りを聞き流しながら、ただ目の前の巨大な塔を唖然として見上げていた。
一体どこまで続いているのかわからないほど高く、頂上が見えない。
そして師匠がすたすたと塔の中へ入って行ってしまうのに気付いて慌ててユウはそのあとを追った。
塔の外見の同じく、内装もシンプルで重厚だった。
師匠はそこを玄関と呼んでいて、床も壁も天井も一面真っ黒の大理石だった。
ただ、玄関は吹き抜けになっていて外からの明かりが差し込むので、その明かりが反射して真っ黒ながらもそこは闇ではなかった。
そして、大理石しかないその玄関の一番奥に螺旋階段があった。
その階段をのぼると、景色が急に変わった。
天井は一番上まで吹き抜けて、霞んで見えるほど高い。
吹きぬけているので、それぞれの階層で慌ただしく行き来する人があちこちに見える。
螺旋階段の手すりから身を乗り出して、ユウは目を丸くしてその物珍しい光景を眺めていた。
「こんなにたくさんの人、見た事無い?」
星羅がそんなユウの様子を面白おかしく笑う。
「ううん。市場の方がもっと混雑して、ぎゅうぎゅうしてたから」
「でもここの人達は、みんな同じ格好をしてるだろ」
そういえば、どこにいる人もみな白いコートを着ていた。
よくよく見ればそれは、師匠と星羅が着ているコートの色違いに見えた。
なぜこの2人のコートが黒いのかはよくわからなかった。
そしてユウは師匠と星羅に連れられて、とある部屋に連れて行かれた。
そこだけは何故か人通りが極端に少なく、その部屋の扉は重厚で豪華な装飾が施されていて、中にいる人物の位がおおよそ想像できた。
だが、師匠はノックもせずに豪快に扉を開けてずかずかと中へ入って行く。
隣で星羅が苦笑しながらも、そのあとを静かについて行った。
ユウもそのあとに慌てて続く。
「おお、アリア!!」
部屋の主が、大声で師匠を見て驚く。
若くも年寄りともいえない、おおらかな雰囲気の男。
白い髭だが、顔にこれといった目立ったシワがないところから年齢の予想が付かない。
身体つきもがっしりしていて、なにより頭にのっかっている王冠が目についた。
「この戦闘部隊の全てを統括する男であり、この国の王でもある」
ユウがまじまじと男を見ていたからか、星羅が説明をした。
すると男はそれに気付き、にっこり微笑む。
「ジェームズ=クレイシアだ。よろしく」
男が差し出してきた手を、慌てて握り返す。
隣でふん、と鼻息を漏らした師匠を横目で見て、どうやら師匠が嫌いなのはこの人なのだと感じた。
「それにしても久しぶりだな、アリア」
「別に」
態度があからさますぎる。
嫌いオーラが目に見えるほど体中からあふれ出している師匠を、ユウはまるで拗ねた子供を見るように呆れて眺めていた。
星羅はアリアらしい、とでも思っているような表情で微笑んでいる。
「こいつがアリアの弟子で今日から世話になる」
星羅がぽん、とユウの肩に手を乗せる。
ユウははっとして慌てて言った。
「ユウです」
「そうか。ユウくんか。師匠に比べて、随分と真面目そうだな。星羅似じゃないか?」
「うっせーなクソ爺じい」
国王をクソ爺じい呼ばわりする師匠を、本気で呆れた目をして見つめる弟子をジェームズはおおらかに笑って頭をなでた。
この王のどこが嫌いなのか全くわからないが、とりあえず師匠の態度については触れないでおく。
「それじゃ、適当な人にでもユウを案内させようか」
「星羅と師匠は?」
「俺達はちょっとジェームズと話があるからね」
国王を名前で呼ぶ星羅を不思議そうにユウは見つめた。
星羅も気付いていたはずだがあえて触れないユウに、星羅も説明する気はないようだった。
星羅は扉を開け、廊下を覗き込む。
人通りの少ない廊下にたまたまいた男性に声をかける。
「ウォーレス、ちょうどよかった」
ちょうど通りかかった男がこちらに振り向く。
引き締まった縦長の顔に、せっかくのブロンドが台無しのぼさぼさの短髪。
何日も洗って居なさそうな顔と、無精ヒゲ。
ひょろっとモヤシのように高い背は星羅よりも高く、だがまだ二十代の若造らしかった。
白い格好をしているが、コートではなく白衣のようなものを羽織っている。
「おや、星羅じゃないか!どうしたんだ?」
見たところこの2人は同年代のように見える。
それに、どうやら少しばかり親しい間柄のようだった。
「前に話してた子だよ」
そう言って、星羅がぽんとユウの背中を押す。
ユウは少し驚いて、ふらっと廊下へ出た。
ウォーレスと呼ばれた男は、愛想のよい笑顔でユウを見た。
「これがユウか!」
「どうも」
ぎこちなく会釈する。
すると、はははっと彼は爽やかに笑った。
「急に今日入隊させるってアリアが言うもんだから、連絡やれなくて悪いな。準備できてるか?」
「ああ、大丈夫だよ。まだ育成部門の方も来週からだったし・・・・でもあの人の弟子なら、育成なんて必要ないか?」
「いや、頼む。育成部に入ってた方が、他人との関係とかいろいろ関わり合いができるだろうし」
「そうか。ずっと孤島でアリアと二人暮らしだったもんなあ」
「じゃ、よろしく。ユウ、もしかしたらしばらく会えないかもしれないが、大丈夫か?」
案内、と言われてまたここへ戻って来るものと思っていたユウは突然の事に目を見開く。
ぽけっとして星羅の顔を見つめていたが、はっとして思わずうなずいた。
星羅は少し心配そうに、それでも微笑んでユウの頭を撫でた。
「俺と長い間離れるのは慣れてるかもしれないが、アリアとは初めてだもんな」
「大丈夫だよ。わかんない事とかあったら、俺に聞いて」
「ああ、ウォーレスは少し頼りないかもしれないが信頼できるやつだ」
「頼りないって・・・あはは、でも否定できないな」
そのやり取りに、ユウもふっと笑った。
それにウォーレスが気付く。
「やけに大人びた笑い方をするんだなあ、ユウは。星羅に似てるかな」
「アリアの面倒をずっと見てれば、数段大人びて育つだろ」
「小さい頃からずっとだろ?こき使われてきたんじゃないのか?」
「弟子って言うより召使いって感じだったもんな」
「ははっ」
「じゃあ、頼んだよウォーレス。ユウも、頑張っておいで」
ユウは頷く。
いつも星羅が長い任務に出るときは「いってらっしゃい」とか「早く帰ってきてね」とか、自然と言葉が出るのに何故か今日は何も思い浮かばなかった。
そして星羅に見送られ、ウォーレスの後をついて人気のない廊下を歩く。
角を曲がって星羅が見えなくなったところで、ウォーレスが口を開いた。
「ここが何するところか知ってるか?」
「平和の為に戦う・・・ってことくらいしか」
「そうだな。君はそれだけでいい。でも、俺はそっち系じゃないんだ。この格好から少しわかるかもしれないけどさ」
そういって、ウォーレスは白衣をひらひらと手で揺らして見せた。
「調合や医療魔法とか、戦闘外の主にサポートが専門だ。インテリチームだなんて呼ばれてたりするけど」
はは、とウォーレスは力なく笑う。
ユウは何を言えばいいかわからず、とりあえず黙って聞いていた。
「で、そのインテリチームを統括してるのが俺、ウォーレス=バリ。ウォーレスって呼んでくれ」
「あ、よろしく」
差し出された手をぎこちなく握り返す。
さっきのジェームズの時は気付かなかったが、他人の手はとても暖かい。
ウォーレスはにっこり笑い、固くなっているユウの背中を笑いながら叩いた。
「星羅とアリア以外に知り合いはいなかったのか?」
「ああ、はい」
「そんなはいなんて。もっと力抜いていいんだよ」
「あ、どうも」
「君の自室は一番上の階になる」
さっきの賑やかな場所へ出た。
吹き抜けの天井を、もう一度見上げるがやはり高すぎて霞んで見えるようだ。
それぞれの階層へ行くにはどうやら見たところ螺旋階段しかないようだが、一番上となると何日かかるか予想もつかない。
「ま、一番上となると多分階段で行くと3、4日かかるだろうから魔法で行けばいいよ」
「・・・・省略していいのか?」
「省略?ああ、別にこの塔の中なら何回省略しようが問題ないさ。自然との直接的な関わりは特にないからね」
ふうん、とユウは相槌を打つ。
それから下層の階にある食堂や浴場などに案内されたが、やはりどこも見たことがないほど広く、この組織に属する者の多さを改めて知った。
そして話すうちに、ウォーレスは星羅とは違うがどこか親しみやすい、信頼できるような奴だと薄々だが感じた。
「ここが、談話室だ。暇な奴らが集まって喋ったりするんだ」
暇な奴等なんているのか、と思ったが意外に談話室は賑やかで楽しそうにわいわいと大勢の人が騒いでいた。
どの人もみな、白いコートを着ている。
しかし、部屋の一角に師匠や星羅と似た黒いコートを着ている集団にユウは気付いた。
窓から差し込む朝日が反射して艶めくコートはまさしく師匠のものと似ている。
「白いコートと黒いコートはどういう違いがあるんだ?」
「ああ、それははっきり言うと実力の差かな。大勢が所属するこの戦闘部隊の中でもずばぬけて秀でた戦闘能力を持つ者だけが着る事を許されるのが黒いコートなんだ。だから黒いコートは、強者の証ってとこだな」
へえ、とユウは呟く。
見たところ黒いコートを着ている者達は、ユウと同年代の十代の若者ばかりだった。
オレンジの髪や茶髪、ピンクや青など色とりどりの髪の色彩が眩しくかなり目立っている。
「おーい、レン!みんないるのか?」
「ウォーレス!」
ウォーレスが、その黒いコートの集団に声をかけた。
するとまず振り向いたのは、オレンジ色の髪の青年。
背はユウより少しばかり高く、長身のウォーレスよりは少し小さい。
だが、体つきはかなりがっしりしていてそこからでも十分実力は伺い知れる。
彼はにかっとおおらかにウォーレスに笑いかけた。
「ちょうどよかった。紹介するよ」
そう言うと、彼等はこちらに近づいてきた。
見たところ黒いコートを着ているのは3人だ。
みな、ユウを珍しそうにまじまじと見つめている。
「こちらはユウくんだ。今日入ったばっかりなんだ」
「まじか?」
オレンジ色の髪の男はじろじろとユウを見る。
しかしすぐににかっと笑った。
「俺はレン!よろしくな」
すると、そのレンの背後からひょっこり小さな女の子が顔を出す。
紺色のショートカットの髪に、くりんとまるい目が可愛らしい。
「私はアイリス=ビー!よろしくね」
するとその背後からすっと現れたのは、杏色のふわふわとした長い髪が特徴のおっとりした女性。
戦う事など全く想像できないような、やわらかな物腰の雰囲気がある。
「リリィ=フォードです。よろしくお願い致しますわ」
「俺等と同い年ぐらいか?」
「黒髪だー。東洋の人?」
「女性にモテそうな顔をしてますわね」
「まあまあ、質問攻めにしてやるな。長い間師匠と2人暮らし・・・いや3人暮らしか?まあ、とにかくあまり知らない人と接した事がないから、優しく頼むよ」
「師匠いるんだあ」
「へえ、弟子ってイメージないな」
わいわいと騒ぐ3人を、ユウはじっと見つめていた。
よく喋るし、よく笑う。
初めて見る自分と同年代の若者たちを、ユウは物珍しそうに観察していた。
すると、レンという男と目が合う。
レンはにっこり笑って見せた。
ユウは思わず、目をそらす。
「俺、そろそろ仕事に戻らないといけないから・・・・レン達に案内してもらってくれ」
「おう!任せときな!」
「とかいってもあとは自室と修練場ぐらいなんだけど・・・あ、自室は君達と同じ1番上だよ」
その言葉に、3人は驚いたように目を見開いてお互いの顔を見合わせた。
何に驚いたのかユウにはわからなかったが、とりあえず何も言わなかった。
「どっち?白?黒?」
「白だ。もう家具は揃ってるはずだから」
「オッケー」
そう言うと、ウォーレスは少し急ぎ目に談話室を出て行った。
正直、やっとウォーレスには心を打ち解けそうだったのに急に不安になる。
すると、突然至近距離にレンの顔が現れてユウは思わず身を引いた。
レンはそれを見ておもしろそうにははっと笑う。
ユウは何がしたいのかわかず、顔をしかめる。
何だコイツ。
ユウは早速、レンという男に嫌悪感を覚えた。