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プロローグ   敵、出逢い

「はっ・・・はっ・・・・はっ・・・・はっ・・・・・・・・」


冷たく暗く狭い空間。

横は人一人がぎりぎり通れるほどの広さで、上は大人であれば少しかがまなければいけない高さだったが少年からしてみると充分余裕があった。

奥は何も見えない真っ暗な闇。

しかし、少年はただひたすら前へと走っていた。

ランプもろうそくも、光と呼べるものは何も無い。

見えない水溜りを踏んで、水の飛び散る音がする。

狭く長く暗く続くこの洞窟のような通路を、一体どれだけの時間走り続けただろうか。

少年はふと気づいて足を止めた。

たちまち今まで洞窟に鳴り響いていた自分の足音がやみ、とたんにそこには静寂が訪れる。

その静寂は妙に怪しく、少年の緊張をあおった。

まだ10歳にも満たないその幼い少年は、少年らしくない大人びた表情で辺りの様子を伺っている。

ボロボロの穴があいた衣類にそぐわない立派な刀に少年は手を添えた。


「出て来い」


まだ声変わりはしていないはずなのに、妙に低い声で少年は言った。

すると完全な暗闇に、ほのかなオレンジの光がふっと二つ三つ一斉に灯った。

少年の前方と後方五メートル程度先方に、背の高く体格のいい男が数十人いた。

思わず少年は顔をしかめ、刀を力強く握り締めた。


「逃げられると思うなよ、小僧」


「俺は小僧じゃない」


「お前のいる『エル・ドラゴ』はもう終わりだ」


そう返事を返した瞬間、後方からは銃弾が、前方からは幾つもの剣が少年に襲いかかってきた。

少年は前方の剣を刀をひと振りして払いのけ、素早く片手で印を結んで息を吸った。

少年の吐いた大きな青い炎が盛大な音をたてて前にいた敵数十人をあっという間に炭に変えた。

少年は開かれた道を再び走り始める。

後方から聞こえる数十人の足音にもひるむことなく、少年は走り続ける。

やがて前方に光が見えた。

出口だ。

少年は思わず額にかいた汗をぬぐった。


出口を抜けたとたん、上は綺麗な星空が広がっていた。

少年は素早く後ろを振り返り、印を結んだ。

迫りくるオレンジ色のランプを見てためらいもせず、少年は出口に向かって黄色い何かを放った。

とたんに激しい爆発音がして、出口が中の通路もろとも崩れ去った。

おそらく中にいた敵はすべて生き埋めだろう。

少年は振り返った。

辺りを見渡すが、そこに広がるのは夜露の降りた芝生と木々、それに二メートル超えの大きな岩が数個転がっているだけだった。

計画では、ここで仲間が全員待っているはずだった。

だが、そこには誰も居ない。

人の気配さえもしない。

ただ、肌寒い夜風とそれになびかれざわめく木々の音しか聞こえない。


「誰かいないのか?」


試しに声を出してみたが、返事は返ってこない。

どうなっているんだ。


お前のいる『エル・ドラゴ』はもう終わりだ。


思わずさっきの敵の言葉を思い出す。

そんなはずはないと少年は呼吸を整えるために息を吸った。

エル・ドラゴとは少年の所属する盗賊団の名称だった。

盗賊団といっても、もはや盗賊団とはよべないほど大きな組織で、利益を得るためなら殺人などの犯罪もいと容易くやってのけるほどの悪だった。

だがそのあまりにも大きすぎる組織に、国も迂闊には手だしできない状況らしい。

エル・ドラゴはその分のうのうといろいろな犯罪を犯し、しかしその一方で全くといっていいほど証拠は残さない完璧な後始末でこのあたりでは1番の盗賊団だった。


しかし少年は、自分の意思でこの組織に加入したわけではない。

ただ少年は放浪していたときにこの組織の上層部の人間に拾われ、それ以来衣食住を与えられる代わりに命じられた仕事を全て完璧にこなしてきた。

少年はこの組織の切り札だった。

何故自分がこの組織に入る前放浪していたのかわからない。

自分がどうしてここまで戦闘能力が高いのかわからない。


自分が何者なのかわからない。


だが、少年は自分の与えられるだけ仕事を何でもやってきた。

それだけが自分の存在理由となるからだ。

そして少年は盗みから殺人まで何でも完璧にこなした。

少年の力は他を凌駕するものだった。

子供でありながら大人を上回る刀さばきに魔法の力量。

次第にその才能は組織の大きな力となると言われ、少年は戦闘専門になった。

しかし、下っ端の犯したミスのせいで組織のアジトが暴かれ何者かに襲来された。

そして少年に任務が与えられた。


敵を全員殺せ。


少年は任務を遂行した。

さきほど生き埋めにした奴等で全部だ。

そして任務を遂行した後、この場所へ来いと言われていた。

そこで仲間と合流し、新たなサブのアジトへと移動する予定だった。

しかし、来てみれば誰も居ないというこの状況に少年は少し困惑していた。

もう一度辺りを見渡し、少年はもう一度視野を広げて気配をうかがってみる。

だが、やはり誰の姿もなく猫一匹の気配も感じはしなかった。


「誰かを待ってるの?」


少年はその声にハッとし、瞬時に戦闘態勢に入り、刀を構えて辺りを見渡した。

少年の背中からドッと汗が噴き出る。

しかし、あたりを見渡すが全く気配が感じ取れない。

声の大きさからしてかなり近いはずなのに、姿も気配も全く見えない。

すぐに察した。

かなりの大物だ。

今までにやり合った事のない程の。


「誰だ。出て来い」


「ここよ。上よ」


ふと上を見ると、なぜそこまで近くにいながら気配を感じなかったのか不思議なほど相手は近くにいた。

目の前にそびえる高い木に、そいつは腰かけて少年を見下ろしていた。

しかし、目で見えているのに未だ気配を感じない。

つまり、完全に魔力を遮断しているという事だ。


少年は眉間にシワを寄せた。

なぜなら、まず魔力を完全に遮断するという行為は不可能に近いからだ。

魔法が使えなくとも、誰でもみな魔力は宿している。

人の気配というものは、その魔力を感じることによって察することのできる現象だ。

そして力のある者ほど、自分の魔力を封じ込める。

そして敵に魔力を感知されないようにするのだ。

しかし、普通力のある者ほど自分の体内に宿す魔力は大きくなるので、いくらコントロール力がよくとも全てを隠すことなど不可能だ。

つまり、自分の魔力をいかに少しでも多く隠すことができるか。

それはある意味で相手の強さを示している。

それを、この者は完全に自分の魔力を封じ込むことができているのだ。


「あら・・・・・まだ子供なのね」


声からして女性だ。

上を見るが、枝葉の影になってその女性の姿は暗くてよく見えない。


「降りて来い」


そう言って少年は刀を構えた。

相手がどんな強者であろうとも、命乞いや逃げたりはしない。

少年はそれが何故か自分で気づいていた。


死ぬ事が怖くないからだ。


自分が生きている意味がわからない。

任務も好きでやってるわけじゃない。

だから、死ぬのも構わないと。

死ぬ事が怖くないから、逃げる事など毛頭考えに無いのだ。


女性は何か言いたげだったが、無言でふわっと木から少年の目の前に飛び降りた。

少年は刀を構えていながら、何故か攻撃できなかった。

木から飛び降りる女性に隙などいくらでもあったろう。

何故か少年は手が出なかった。


「へえ、黒髪。しかも和人ね」


女性は少年を頭の先から足の先までじろじろと眺めた。

少年も警戒しながら女性の外見を観察していた。

肌は白く、黒く長い綺麗な巻き髪を右肩で一つに束ねている。

しかし、女性は黒髪でありながら青い瞳で和人ではないようだった。

見た感じはかなり若く、十代か二十代前半に見える。

体系はスラッと細身であまり強そうには見えないが、どうやら少年をも上回るかなりの実力者らしかった。

なぜなら、女性の着ている黒いブーツと黒いロングコートがよくは見えないが返り血でびっしょりと濡れていた。

そのかなりの返り血の量に、さすがに少年も少し恐れを感じずにはいられなかった。

しかし、女性はそれとは裏腹に少年に微笑みかけた。


「ここで何をしてるの?僕」


「子供扱いするな」


少年は思いきり女性を睨んだ。

しかし、女性はただ微笑み返すだけで全く少年を相手にしていない様子だった。


「お前の敵だ。エル・ドラゴのメンバーだ」


少年は、女性が笑って信じないかと思ったが女性はどうやら信じてはいるようだった。

微笑みを浮かべたまま、いまだ少年の姿をじっと見ている。


「そうみたいね」


女性は少年の服を指差した。

おもむろに少年は刀を片手に握ったまま自分の服を見る。


「返り血。ここに来た先遣隊をおそらく全員殺ったんでしょう?」


相手は子供なのにそれを視野に入れずすぐに相手が実力者だと判断するところも、相手は相当な経験もあるのだろう。

すると女性は小さくため息をついて頭をかいた。

手を腰にあてて何やら考えこんでいる。


「君、名前は?」


「・・・・・・・・・・ユウ」


「それじゃ、ユウ」


女性はユウに向きなおり、少し悪戯に微笑んだ。


「私はあなたの敵よ。どーする?戦う?」


ユウは女性の態度が気に入らないのか、思いきり女性を睨んでいる。

そして刀を構えた。

女性はそれを見て、悪戯な笑みを保ったまま言った。


「でも私と今ここで戦えば、あなたは死ぬわ」


「何を根拠に」


「あなたもわかっているんじゃない?」


ユウは黙り込んだ。

確かに、そうかもしれない。

今まで負けた事のなかった無敗で無敵だった自分。

だが、目の前にいる人物にどうしてか勝てる気がしなかった。


「でも、ここで私と戦わず生き残ったとしても、あなたにはもう居場所がない」


「どういう意味だ」


「あなたの仲間、もう一人も生きてはいないわ」


その言葉を理解するのにそう時間はかからなかった。

ああ、そういう意味かと少年は女性の瞳を見た。

待ち合わせの場所に誰も居なかったのは、おそらくこの女性が全員殺してしまったからだ。

服の返り血の量を見ても合点がいく。


「じゃあ、俺にどうしろって言うんだよ」


「戦うのももう面倒くさいしね。そうね。勝手にのたれ死んどきな」


一見、上品そうに見えたこの女性は実はそうではないらしい。

大きく欠伸と背伸びをして、女性は眠たそうに少年に背を向けた。

優しそうに見えたあの表情も錯覚で、かなり非情らしい。

しかし、当たり前だ。

あれほどの実力者が幼い敵に情を向けるほど慈悲深くあってはいけない。

戦場で完全な非情になれる者こそが、本当の強者なのだ。


ユウは女性が自分に背を向けたのを見て刀を下ろす。

敵に背を向けるなどかなりの余裕だが、今ここでユウが女性の背中を斬りにかかっても無駄だろう。

何故、あのとき女性が木から飛び降りてくるときに攻撃できなかったのか。

そして今も何故女性に隙があるとわかっていながらも攻撃できないのか。

それは、女性の放つ眼には見えない威圧感、オーラがあるからなのだろう。

目に見えないものを信じるなど、自分らしくもないとユウは複雑な心境だった。


そして女性はすたすたとその場を去っていく。

ユウはただその後ろ姿を見つめていた。

そして自分も帰ろうと、刀を鞘にしまった。

そして思い出した。


そうだ、俺にはもう帰る場所が―――――――――


ふっと、今ようやく自分が全てを失った事に気づいた。

いや、失ったわけではない。

また元に戻っただけなのだ。

エル・ドラゴに拾われる前に戻っただけなのだ。

それでもやはり、孤独というものは嬉しいものではない。

今までの生活が決してよかったわけではないが、幼いユウにとっては尚更孤独の辛さが一段と大きかった。


うつむき、おもむろにその場に座り込む。

膝を抱えるように丸くなって、足元を見つめる。

ひやりと、芝生に降りた夜露が自分の肌を濡らしたが気に留めなかった。

これからどうしようか考えるのは、これからの孤独を受け入れるようで少年はまだ現在の状況に実感を持てていなかった。

けれど、把握はできていた。

ふいに、悲しくも何とも思っていないはずなのに自分の瞳に涙がこみあげてくるのを感じた。


泣くのか?


自分に問う。

仲間の死に涙するわけでは、絶対に無い。

では何に涙しようとしているのか。

わからない。


しかし、涙は目にたまったままで頬に流れ落ちはしなかった。

だが瞼をぎゅっと閉じるとこぼれおちそうで、少年はまばたきをしなかった。

うるんだ視界が、煌めく星空をよりいっそう輝かせた。


「寒くないの?そんな格好で」


ふと見上げると、そこには去ったはずのさっきの女性がいた。

何をしているのかと問おうとしたが、今話すと声が裏返りそうだったのでユウは顔をそむけた。

女性は小さくため息をつく。


「寒いんでしょ」


ふいにふわっと肩に何かがかかり、急に暖かくなる。

そして辺りの血なまぐさが急に増した。

おそらく女性の着ていたあの返り血だらけのコートだろう。


「・・・・・・臭い」


「息するからでしょ」


女性はユウの隣に座り込んだ。

夜露が降りてびしょびしょなのに、女性は長い足を前へ伸ばした。

ふと隣を見ると、コートを脱いだ女性は白いカッターシャツを着ていた。

血なまぐさの全くないその姿に、女性のすらりとした本来の姿に似合ってると思った。


「どうするの?」


「関係無いだろ」


「でも私のせいだもんね」


「お前はお前の仕事を遂行しただけだろ」


「まあね。でも、最後まで遂行するんなら、あなたも殺さなきゃ」


ふいにユウは黙る。

この女性が自分を殺そうと思えば、簡単に殺せるのだろう。

自分の無力さに、少年は虚しさを覚えた。


「じゃ、殺せよ」


その言葉に女性は何も言わず、空を見つめていた。

すると女性はゆっくりと自分の腰に手を伸ばし、素早く銃口をユウの額に突きつけた。

女性とユウの目が、至近距離で合う。

女性の瞳は深い青色で、吸い込まれそうなほど綺麗だった。


「銃口を突き付けられてもちっとも震えないその澄んだ黒い瞳。何故、あなたを殺さなかったか。それはあなたが幼いからじゃないわ。単にあなたのその瞳の色が気に入ったからよ」


そう言って女性はユウの額から銃口をのけ、銃を再び自分の腰へしまった。

その様子をユウは不思議そうな眼で見ていた。


「たったそれだけの理由で、仕事を最後まで遂行しないのか?」


「仕事を最後まで完璧に遂げようっていう忠誠心は、生憎持ち合わせていないわ」


「へえ。それにしては俺以外は全員殺して、完璧に死体まで後始末するんだね」


「死体の後始末は私の気まぐれよ。面倒臭かったらそのまま放置。基本は放置ね。今回はたまたま綺麗な月夜だったから、ちょっと楽しかっただけよ」


「殺人が?」


ユウが不機嫌そうな顔で言った。

女性はユウのその様子を見て、悪戯に笑った。


「人を殺すのが楽しいとは思った事が無い。でも、強い人と戦うのはとても楽しいわ」


「・・・・・・強かったかのか?」


エル・ドラゴはそれなりに強い者が集まった組織だった。

だからどんな犯罪を犯したって、のうのうとしていられた。

正直、現実味のない恐ろしい組織だった。

けれどユウ自身、きっとエル・ドラゴの中では飛びぬけて1番強かっただろうし、ユウだってエル・ドラゴを壊滅させようと思えばできたかもしれない。

ただ、それはかなり困難で、ユウにとっては考えた事も無いことくらい難しい事だった。


「全然。人の命の儚さと尊さ、そして人間の無力を改めて思い知るような、あまりにもあっけないものだったわ」


急に声が低くなり、女性の表情から笑顔が消える。

その表情は笑っていながらも冷酷で、初めて女性が戦士なのだと思えた。


「弱い者と戦い、殺す事は苦痛でしかないわ。時間の無駄。鍛錬の代わりにさえならないわ」


仲間意識など全くなかったが、一応形式上は仲間だった者達の事をそこまで言われると、ユウは不機嫌に近い複雑な気持ちになった。

まるでただの人間以下だと言われているようで、ユウは自分の無力さを生まれて初めて感じた。


「・・・どうせこのまま一人で生きていくんだったら、今ここで死んだ方がよっぽど楽しいかもしれない」


もうどこにも居場所は無い。

生きる場所もなければ理由も目的も無く、価値さえも無いに等しい。

今まで組織の切り札として、生きる目的は無かったがそこには場所も理由も価値もあった。

それらをすべて失った今の自分は、生きている意味が無いのだ。


「そうね」


あまりにあっさりした答えに、ユウはどこか裏切られたような気持ちだった。

そんなことはないと言ってくれるのを、心のどこかで知らぬうちに期待していたのだろうか。


「殺せよ。俺はもう、生きてる意味が無い」


「嫌よ」


女性はまるで鼻で笑うようにはっと笑う。

ハッキリとしたその物言いに、ユウは眉間にシワを寄せた。


「何でだよ」


「さっき言ったでしょ。弱い者を殺す事は苦痛でしかないわ。私にとって何の利益も無い」


「お前の先遣隊を全員殺した俺を、弱い者だって言うのかよ」


「言うわよ。先遣隊なんて、小指一本どころか、息をふっと吐いただけで飛んでくような奴等でしょ」


まるで紙の切れ端かのような言われように、ユウは自然と拳に力が入っていた。

殺してくれるだけでいいんだよ。

そんなに強いのなら、俺なんて簡単に殺せるだろ。

殺してさえもらないほど俺は弱いのか?

俺はそこまで弱くないはずだ。

今までエル・ドラゴの切り札として生きてきた。

何人もの実力者と戦い、何人もの戦士を殺し、全勝無敗で生き抜いてきた。

俺は、弱くなんかない。


「俺は弱くない!!少なくとも、殺される権利ぐらいある!」


「死にたいんなら自分で死になさいよ」


女性の冷たい残酷な、眼差しと言葉にユウは一瞬で言葉を失った。

女性はさっきとはまるで違い、表面上でさえも微笑みさえせずにこちらを見もしていない。


「強いんでしょ?腰に立派な刀下げてるじゃない。他人に頼まなくとも、その刀を自分の腹に突き刺せば済む話じゃないの」


ユウは力が入っていた拳をふっと離した。

無力に垂れさがった両腕と、何も言えずに言葉を探している唇。

弱くなんかないと言い放ったばかりなのに、自分が無力だとひどく感じる。

もうとっくに乾いたはずの瞳が、再びうるおってきた。

今度は先ほどとは比べ物にならないくらいの量の涙がこみあげてきた。


「だって・・・・・・死にたくないんだよ・・・・・・・・」


無意識に唇が動く。

自分で何を言っているのか全くわからない。

ただ震えながら唇が動き、慌てて右腕で抑えた両目からは何かがどんどんこぼれおちた。


「自分で死ねるほど・・・・俺は強くない・・・・・だからもう嫌なんだよ・・・・一人なんて嫌なんだよ・・・・・ッ」


次第にまるで喉が痙攣を起したように、ひっくとしゃくりあげる。

ユウは自分の状況がよくわからないまま、自分のひざの間に頭を丸めこんだ。

すると、女性の冷たい手が少年の頭をなでた。

女性の冷たい息が耳にかかる。

女性はユウにささやいた。


「で?どうすんの?殺されたいの、殺されたくないの。死ぬの、生きるの」


ユウは何度もしゃくりあげながらも、震える声で力強く言った。


「死にたくないよ・・・・生きたいよ・・・・・・・!」


その瞬間、まるでその言葉を待っていたかのように女性が急に立ち上がった。

ユウは涙でびしょびしょに濡れた顔をおもむろにあげた。

うるんで歪む視界の中で、女性は笑った。


「じゃ、私の弟子になるか!」


突然の言葉にユウの涙はぴたりと止まる。

女性は無邪気にニッと笑った。


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