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第二話:畑の誘惑と、キラキラおつかい道中

「ほのかー! 朝コッケー! ごはんコッケー!」


けたたましいながらも、どこか聞き慣れてしまったモーニングコールで、鶏石神社の一日がまた始まる。あの日以来、ほのかの目覚まし時計は完全に役目を失っていた。


「はいはい、おはよう、コッコちゃん。今日は少しだけ声が小さいかな?」

「そうコケ? んー……コッケー!!」

「あ、やっぱりいつもの大きさだったね……」


縁側に出ると、今日も元気いっぱいのコッコが、ぴょんぴょんと跳ねながら朝ごはんを催促している。白布一枚の姿は相変わらずだが、数日前より少しだけ裾の巻き方が上手くなっているような気がしないでもない。


朝食後、ほのかは神社の裏手にある小さな畑に向かった。夏野菜がちょうど食べごろを迎えているのだ。今日の収穫は、つやつやのナスと、真っ赤に熟れたトマト。


「畑仕事コケー? コッコもお手伝いするコケー!」

「ありがとう。じゃあ、このカゴに採れた野菜を入れてくれるかな? でも、つまみ食いはダメだよ?」

「わかってるコケー!」


キラキラした目で頷くコッコ。しかし、ほのかの心配はすぐに現実のものとなる。

ほのかがナスの葉についた虫をそっと取り除いていると、隣でトマトを収穫していたはずのコッコが、突然動きを止めた。視線の先は、掘り返された土の中。


「む、むしさん……! ふとっちょのむしさん、発見コケー!!」


次の瞬間、コッコはカゴを放り出し、土の上に躍り出た。狙いは、土の中から顔を出したコガネムシの幼虫だ。クチバシでつつく代わりに、小さな指で器用に土を掘り返し、目を輝かせながら幼虫を追いかける。


「こらー! コッコちゃん! そっちはナスが植えてあるとこ! 踏まないで!」

「でも! ぷりぷりして美味しそうコケー!」

「だから食べちゃダメだってば! 畑も荒らさないの!」


ほのかの悲鳴もむなしく、コッコは夢中で幼虫を追いかけ回し、植えたばかりの苗をいくつか踏みつけてしまった。結局、幼虫はコッコの手(?)を逃れて再び土の中へ。コッコは残念そうに唇を尖らせている。


「もう……。お手伝いしてくれるのは嬉しいけど、これじゃあ仕事が増えちゃうよ……」

「ごめんなさいコケ……。でも、畑には美味しいものがいっぱいコケ……」


しょんぼりするコッコに、ほのかは大きな溜息をついた。悪気がないのは分かっているのだが、この元ニワトリの本能にはほとほと手を焼く。


「畑仕事は、もう少し慣れてからにしようか。ほら、今日は町までおつかいに行くから、一緒に行く?」

「おつかい! 行くコケー!」


さっきまでのしょんぼり顔はどこへやら、コッコは一瞬で元気を取り戻した。単純なところも、ニワトリ譲りなのかもしれない。


初めて町へ下りるコッコのために、ほのかは一番まともそうな子供服(近所のお下がり)を引っ張り出して着せた。相変わらず「動きにくいコケー!」と少し不満そうだったが、「町ではちゃんと服を着ないとダメなの」と言い聞かせ、なんとか納得させた。頭のアホ毛だけは、どうやっても隠せなかったが。


手をつないで、ゆっくりと坂道を下る。見るものすべてが珍しいのか、コッコはきょろきょろと周りを見渡し、落ち着きがない。


「ほのか、あれは何コケー?」

「あれは郵便ポストだよ。お手紙を入れるところ」

「お手紙? 食べられるコケー?」

「食べられません」


町の商店街に入ると、コッコの興奮は最高潮に達した。

八百屋さんの店先では、山積みにされたトウモロコシに目を奪われ、動かなくなってしまった。


「とーもろこし……! いっぱいコケー……!」

「こら、よだれ垂れてるよ。後で買ってあげるから、今は我慢ね」


雑貨屋さんの前では、キラキラ光るアクセサリーやガラス玉に釘付けだ。


「キラキラ……! きれいコケー……!」


まるでカラスのように、光るものに吸い寄せられていく。ほのかはその腕を引っ張って、なんとか先へ進んだ。


「あら、ほのかちゃん。こんにちは。その可愛い子は?」

魚屋のおじさんが声をかけてきた。

「あ、こんにちは。えっと、遠い親戚の子で、少しの間預かってるんです」

「へぇ、そうかい。坊や、魚は好きかい? 新しいのが入ってるよ!」

「お魚! つつくコケー!」

「こ、こら! コッコちゃん!」


思わずニワトリ時代の言葉が出たコッコに、ほのかは慌てて口を塞ぐ。魚屋のおじさんは「ははは、元気な子だねぇ」と笑っているが、目が少しだけ引きつっている気がした。


買い物を終え、神社への帰り道。角を曲がったところで、一匹の大きな野良猫が道の真ん中で毛づくろいをしているのに出くわした。

その瞬間、コッコの体がびくりと固まった。


「……ね、ねこさん……」


さっきまでの元気はどこへやら、コッコはサッとほのかの後ろに隠れ、小さな声で「ウー……」と唸り始めた。明らかに警戒している。普段は怖いもの知らずに見えるコッコが、本能的な恐怖を感じているのが伝わってきた。


「大丈夫だよ、コッコちゃん。怖くない、怖くない」


ほのかはコッコの頭を優しく撫でた。猫はそんな二人を一瞥すると、興味なさそうに立ち上がり、路地裏へと消えていった。


猫の姿が見えなくなっても、コッコはしばらくほのかの袴をぎゅっと掴んで離さなかった。


「怖かったコケ……」

「よしよし。もう大丈夫だからね」


神社に戻ると、どっと疲れが出た。コッコのお世話は、想像以上に体力を使う。

縁側に腰を下ろし、買ってきたお団子を二人で食べる。甘いみたらしのタレが、疲れた体に染み渡った。


「お団子、美味しいコケー……」

もぐもぐと頬張るコッコは、すっかりいつもの調子を取り戻している。さっきまで猫に怯えていたのが嘘のようだ。


食べ終わると、コッコは遊び疲れたのか、ほのかの隣にこてんと寄りかかって、うとうとし始めた。規則正しい寝息が聞こえてくる。


(本当に、手のかかる子……)


ほのかは苦笑しながら、コッコの頭のアホ毛をそっと撫でた。ぴょこんと跳ねたその毛は、やっぱり小さなトサカに見える。


大変だけど、騒がしいけど、それでも。

コッコが来てから、静かすぎたこの神社が、少しだけ明るくなったような気がする。


(ま、明日もきっと、朝から「コッケー!」って起こされるんだろうけど)


ほのかは空を見上げた。茜色に染まり始めた空に、一番星が小さく瞬いている。

元ニワトリの女の子との不思議な日々は、こうしてまた一日、穏やかに(?)過ぎていくのだった。

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