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第十五話:羽根の導きと、新たな波紋の予兆

『刹那の砂時計』破壊事件の後、リリアはさすがに懲りたのか、しばらくは目立った魔法の暴走もなく、鶏石神社には比較的穏やかな時間が流れていた。彼女なりに神社の仕事を手伝い(失敗は相変わらずだが)、コッコと境内で遊んだり(主にコッコがリリアをからかっているように見えることも多かったが)、その存在はすっかり日常の一部となっていた。

そんな秋の日の夕暮れ時。リリアはいつものように社務所の縁側に座り、桐の箱に大切に仕舞われている『虹翼鳥の導き羽根』の手入れをしていた。深い藍色の羽根を一枚一枚、丁寧に布で拭き上げ、夕陽にかざしてはその七色の光沢に見入っている。

「本当に綺麗……。でも、ただ綺麗なだけじゃないんですよね、この羽根は……」

リリアは独り言のように呟き、羽根に込められた魔法の力に思いを馳せるように、目を細めた。その隣には、リリアの様子を静かに見守るほのかと、羽根のキラキラした輝きに興味津々なコッコがいる。

その時だった。

リリアが手にしていた一枚の羽根が、ふいに脈打つように、強く輝き始めたのだ。それは今まで見せたことのない、強い光だった。驚いて手を離すと、羽根はひとりでに宙に浮き上がり、他の羽根も呼応するように箱から飛び出して、数枚が円を描くように社務所の中を飛び回り始めた。

「わっ!? き、急にどうしたんですか!?」

リリアは驚き、後ずさる。ほのかとコッコも、突然の現象に息を呑んだ。羽根の放つ光は、ただ明るいだけでなく、どこか切迫したような、不安定な揺らぎを見せている。

飛び回っていた羽根は、やがてぴたりと動きを止め、全ての先端をある一点に向けた。それは、神社の裏手にある深い森、その向こうに霞んで見える、ひときわ高く険しい山の稜線だった。

「あ……! あの方向は……!」

リリアははっとしたように、懐から古びた羊皮紙の地図を広げた。羽根が指し示す方角と地図を何度も見比べる。

「やっぱり……! 『霧降山きりふりやま』……! 私が師匠から頼まれた、お使いの最終目的地です!」

リリアの声は震えていた。目的地が示されたことへの安堵と、しかしそれだけではない、別の感情が混じっているように聞こえる。

「でも……どうして今、こんなに強く……? しかも、なんだか……羽根の光が落ち着かない……。まるで、何かを警告しているみたい……」

リリアは眉を寄せ、羽根が指し示す霧降山の方向を不安げに見つめた。光は依然として強く、しかし小刻みに明滅を繰り返し、安定しない。

「霧降山……確か、最近、あまり良くない噂を聞いたような……。山に入った旅人が戻らないとか、奇妙な霧が出るとか……。師匠のお使いとはいえ、少し気になりますね……」

ぶつぶつと呟くリリアの言葉に、ほのかも僅かな不安を感じた。

それでも、目的地が判明した以上、リリアは行かなければならないのだろう。

「……分かりました。目的地が分かったのなら、仕方ありませんね。そろそろ、出発の準備をしないと」

ほのかが静かに言うと、リリアは少し寂しそうな、しかし決意を秘めた表情で頷いた。

「はい……。いつまでも、ほのかさんとコッコちゃんにお世話になっているわけにはいきませんから。師匠のお使い、ちゃんと果たしてきます!」

その言葉に、隣にいたコッコが、リリアのローブの裾をきゅっと掴んだ。

「……リリア、行っちゃうコケ……? 霧の山、危ないコケ……?」

コッコの声には、いつもの元気はなく、純粋な心配と寂しさが滲んでいる。リリアが来てから、毎日が騒がしくて楽しかったのだ。

「大丈夫だよ、コッコちゃん。私は魔法使い(見習い)なんだから!」

リリアは努めて明るく振る舞い、コッコの頭を優しく撫でた。

「お使いが終わったら、絶対に戻ってきます! だから……」

リリアがそう言いかけた、その時だった。

ヒュン、と風を切るような微かな音がして、社務所の開いていた窓から、何かが素早く飛び込んできた。それは、一枚の羽根だった。

しかし、それはリリアの持つ虹翼鳥の羽根とは全く違う。漆黒を基調としながら、まるで濡れたカラスの羽のように、鈍い緑色の光沢を帯びている。大きさも虹翼鳥の羽根より一回り大きく、形状も鋭角的だ。

その黒緑色の羽根は、一瞬だけ社務所の中を旋回すると、まるで挑発するかのように、リリアたちが囲んでいた桐の箱のすぐそばの畳に、突き刺さるようにして突き立った。そして、羽根の根元からは、微かに黒い煙のようなものが立ち上り、すぐに消えた。

「……な、今の……!?」

リリアは目を丸くし、突き刺さった羽根を凝視する。ほのかも息を呑み、コッコは「へんなの来たコケ……!」と警戒するように唸り声を上げた。

虹翼鳥の羽根は、まるで威嚇するかのように光を強め、黒緑色の羽根に向けて先端を震わせている。

「この羽根……見たことない……。それに、なんだか……すごく嫌な感じがします……。冷たくて、重くて……」

リリアは顔をしかめ、黒緑色の羽根に迂闊に近づこうとしない。

一体、誰が、何のためにこんなものを?

リリアの旅立ちが決まった矢先に現れた、不吉な羽根。それは、霧降山への道行きが、単なるお使いでは終わらないことを示唆しているかのようだった。あるいは、この鶏石神社自体に、新たな波紋が近づいている兆しなのかもしれない。

「……とにかく、出発前に、ちゃんとお別れ会はしましょう。景気づけに、美味しいものをたくさん!」

ほのかは、重くなりかけた空気を振り払うように、努めて明るく言った。不安はあるけれど、まずはリリアを無事に送り出すことが先決だ。

「そ、そうですね! 美味しいもの食べて、元気を出さないと!」

リリアも同意し、コッコも「トウモロコシご飯! いっぱい食べるコケー!」と少しだけ元気を取り戻した。

しかし、三人の心の片隅には、先ほど突き刺さった黒緑色の羽根の存在と、それがもたらすかもしれない新たな騒動への予感が、暗い影を落としていた。

リリアの旅立ちは、本当にただの別れなのだろうか。それとも、これから始まる何かの序章なのか。

鶏石神社の夜空には、いつもより少しだけ多くの星が瞬き、まるで何かを予兆しているかのように、静かに輝いていた。

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