第十三話:消えたお供え物と、小さな探偵団(?)結成
穏やかな秋晴れの日が続いていた鶏石神社で、小さな、しかし神職(?)としては見過ごせない事件が発生した。神棚にお供えしていたものが、ここ三日続けて、夜のうちに綺麗さっぱりなくなっているのだ。最初の日が、ほのかが心を込めて作ったおはぎ。次の日が、近所の人から頂いた瑞々しい梨。そして昨夜は、コッコの大好物でもある、ほかほかのふかし芋だった。
「おかしいわね……。こんなこと、今までなかったのに」
朝、空っぽになったお供え物の皿を見て、ほのかは首を捻った。ネズミの仕業にしては、食べかす一つ残さず綺麗すぎる。カラスにしては、夜に社務所の中に入ってくるのは考えにくい。
となると、第一容疑者は……。ほのかの視線は、朝ごはんの卵焼きを夢中で頬張っているコッコに向けられた。
「コッコちゃん」
ほのかが少し低い声で呼びかけると、コッコはきょとんとした顔でこちらを見た。口の周りには卵がついている。
「神棚のお供え物、知らない?」
「おそなえもの? 美味しそうなやつコケ?」
「そう、美味しそうなやつ。夜中にこっそり食べたりしてない?」
ほのかが問い詰めると、コッコはぷくーっと頬を膨らませた。
「知らないコケ! 食べてないコケ! ほのか、わたしを疑うコケ!?」
心外だ、と言わんばかりに胸を張る。その態度からは、嘘をついているようには見えない。それに、昨夜はリリアと一緒に、夜遅くまで魔法の練習(という名の失敗の繰り返し)に付き合わされていたはずだ。コッコが社務所を抜け出す時間はなかったように思う。
「コッコちゃんじゃないとしたら、一体誰が……?」
ほのかが腕を組んで考え込んでいると、隣で話を聞いていたリリアが、ぱん、と手を打った。
「これは怪事件です! 神聖な神社の神棚から、お供え物が消えるなんて……! きっと、何か邪悪な存在の仕業に違いありません!」
なぜか目をキラキラさせ、探偵ドラマの主人公のように大袈裟な口調で言うリリア。
「これは、魔法使い見習いリリアの出番ですね! 私の『霊的痕跡探知魔法』で、犯人の残留思念を追跡してみせます!」
そう言って、リリアはまたしても杖を取り出し、神棚の前で構えた。
「『隠されし真実、姿を現せ! 犯人の足跡、我が目に映れ!』 えいっ!」
杖の先から放たれた淡い光が、神棚の周辺を照らし出す。リリアは目を凝らし、光の中に見えるであろう「痕跡」を探し始めた。
「むむむ……何か見えます……! これは……小さくて、毛深くて……素早い動き……! そして、強い食欲の残留思念……!」
リリアの言葉に、ほのかとコッコは固唾を飲んで見守る。
「犯人は……あっちです!」
リリアが指差したのは、社務所の縁側の、その下だった。
「縁の下……? 何かいるんでしょうか?」
ほのかが懐中電灯を持ってきて照らしてみると、そこには埃まみれの空間が広がっているだけで、特に何も見当たらない。奥の方に、何か古い壺のようなものが見えるくらいだ。
「あれ? おかしいですね……。確かに、この壺から強い残留思念が……」
リリアは首を傾げている。どうやら、探知魔法は今回もあまり役に立たなかったようだ。古い壺に宿った念(あるいはただの埃の塊)を、犯人の痕跡と勘違いしたらしい。
「もう、リリアさんの魔法は当てにならないんですから!」
ほのかは溜息をついた。
「こうなったら、自分たちで犯人を見つけるしかありません!」
リリアはめげずに提案した。
「名付けて、『鶏石神社お供え物消失事件捜査本部』! そして私たちは、『鶏石神社探偵団』です!」
「また変なこと言い出して……」
ほのかは呆れながらも、他に手がかりがない以上、リリアの提案に乗るしかないか、と思い始めていた。コッコも、「探偵団! かっこいいコケー!」と、すっかり乗り気だ。
こうして、ほのか(主にツッコミ役)、リリア(暴走しがちな探偵役)、コッコ(自由奔放な助手役?)による、即席の探偵団が結成された。
まずは聞き込み調査。近所の商店街へ行き、八百屋さんや魚屋さん、いつもお参りに来てくれるお婆さんなどに、「最近、神社で何か変わったことを見かけませんでしたか?」と尋ねて回った。しかし、得られた情報は、「最近、野良猫が増えた気がする」「そういえば、夜中に屋根の上で何か動物が走る音がしたような……」といった、曖昧なものばかり。有力な手がかりは掴めなかった。
次に、現場検証。神棚の周りを改めて詳しく調べる。リリアは虫眼鏡を取り出し、「ここに微かな足跡が!」とか「これは犯人の体毛では!?」とか言っているが、どう見てもただの埃や糸くずだ。コッコはといえば、床に落ちていた小さなゴミを、「犯人が落とした食べかすコケ!」と言って、口に入れようとしてほのかに止められていた。全く捜査になっていない。
結局、目立った成果がないまま、夜になった。
「こうなったら、今夜、張り込みをするしかありません!」
リリアの提案で、三人は夕食後、神棚の見える位置に息を潜めて隠れることにした。今日のお供え物は、つやつやのリンゴだ。
障子の隙間から、じっと神棚を見つめる三人。時間が経つにつれて、コッコはうとうとし始め、リリアも集中力が途切れて魔法の本を読み始めてしまった。真面目に張り込んでいるのは、ほのかだけだ。
深夜、月明かりが社務所の中に差し込んできた頃。
カサ……。
小さな物音がして、ほのかははっと息を呑んだ。隣で舟を漕いでいたリリアとコッコも、その音で目を覚ます。
三人が息を殺して見つめる先、開いていた縁側の窓から、そろり、と小さな影が入ってきた。月明かりに照らされたその姿は……。
体長は30センチほどだろうか。ふさふさとした茶色い毛並み、長い尻尾、そしてクリクリとした黒い瞳。それは、一匹のイタチだった。
イタチは素早い動きで部屋の中を進み、迷うことなく神棚へと近づく。そして、器用に棚の上に飛び乗ると、お供え物のリンゴを前足で掴み、くんくんと匂いを嗅いだ。
「……イタチ……?」
ほのかが呟くと、イタチはこちらの気配に気づき、びくりと体を震わせた。そして、リンゴを咥えると、あっという間に窓から飛び出し、暗闇の中へと消えていった。
あまりの素早い犯行に、三人は呆然とその場に座り込んでしまった。
「……犯人は、イタチだったんですね……」
リリアがぽつりと言った。
「あんなに綺麗に食べちゃうなんて、器用なイタチさんコケ……」
コッコは感心したような声を出している。
「邪悪な存在じゃなくて、よかった……のかな?」
ほのかは、少しだけ拍子抜けした気分だった。まあ、神様へのお供え物を勝手に持っていくのは困るが、相手が野生動物なら仕方ないのかもしれない。
「でも、このままじゃ、毎日お供え物が盗られちゃいますよ!」
リリアが言う通りだ。何か対策を考えなければならない。
「明日、神棚の周りに、イタチが嫌がる匂いのするものを置いてみましょうか。確か、唐辛子とかが効くって聞いたような……」
ほのかが提案すると、リリアが「それなら、私の魔法薬で! 動物が寄り付かなくなる結界を張ることもできますよ!」と張り切る。
「……いえ、リリアさんの魔法は結構です。まずは唐辛子で試してみます」
ほのかはきっぱりと断った。これ以上、魔法で事態が悪化するのは避けたい。
こうして、鶏石神社お供え物消失事件は、意外な犯人の判明をもって一応の解決を見た(対策はこれからだが)。探偵団の活躍(?)は微妙な結果に終わったが、三人の絆は(主にドタバタを通して)少しだけ深まったような気がしないでもない。
縁側には、イタチが落としていったのか、小さなリンゴのかけらが一つ、月明かりに照らされて転がっていた。




