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第十二話:コッコ語(?)翻訳魔法と、ニワトリたちの本音

鶏石神社での居候生活にも少し慣れてきた(主にほのかがリリアの扱いに慣れてきた)ある日のこと。リリアが自室(という名の物置を改造した部屋)にこもり、何やら怪しげな色の液体をガラス瓶の中でぐつぐつと煮詰めていた。部屋の隙間からは、薬草とも香辛料ともつかない、独特の匂いが漂ってくる。

「リリアさん、また何か変な薬を作ってるんですか?」

昼食の準備をしながら、ほのかが呆れ半分、心配半分で声をかけると、リリアは目を輝かせて部屋から飛び出してきた。手には、小さな小瓶が握られている。中には、透き通った緑色の液体が入っていた。

「見てください、ほのかさん! これは『万物共鳴液』、試作品第一号です!」

「ばんぶつきょうめいえき……?」

「はい! この薬を少量飲むと、一時的にですが、動物や植物、場合によっては無機物とも、意思の疎通が図れるようになる……かもしれない、という画期的な魔法薬なんです!」

リリアは胸を張って説明するが、「かもしれない」という言葉が非常に引っかかる。どうせまた、ろくなことにならないのだろう、とほのかは思った。

「これを使えば、コッコちゃんと、あの鶏小屋のニワトリさんたちが、普段どんなお話をしているのか分かるかもしれませんよ! コッコちゃんのルーツを探る手がかりにもなるかも!」

リリアの提案に、ほのかは少しだけ興味を惹かれた。確かに、コッコがニワトリたちと何を話しているのか(あるいは話そうとしているのか)は気になるところだ。人間になってから、コッコは仲間たちとどこか距離ができてしまっているように見える。

「……でも、危なくないんですか? また変な副作用とか……」

「大丈夫です! たぶん! 効果が不安定なだけで、人体(?)への害はないはずですから!」

リリアは自信満々に(しかし根拠なく)言い切った。

昼食後、リリアは早速、試作品の『万物共鳴液』を自分と、興味津々なコッコに飲ませてみた。味は「青臭い草の汁みたいコケ……」とコッコが評した通り、あまり美味しいものではなかったらしい。

「さあ、これで準備はOKです! いざ、鶏小屋へ!」

リリアに促され、三人は鶏小屋へと向かった。小屋の中では、ニワトリたちがいつものように地面をつついたり、羽繕いをしたりしている。

コッコは金網に近づき、大きく息を吸い込むと、中のニワトリたちに向かって話しかけた。

「みんなー! 元気コッケー!? わたしコッコー! 聞こえるコッケー?」

人間の言葉だが、薬の効果があれば、ニワトリたちにも意味が通じているはずだ。

小屋の中のニワトリたちは、一斉にコッコの方を向いた。そして、口々に鳴き始める。

「コッコッコッコッ!」

「クックルー!」

「コケーッ!」

普段ならただの鳴き声にしか聞こえないそれが、薬を飲んだリリアとコッコには、意味のある言葉として聞こえている……はずだった。

「……聞こえましたか、リリアさん?」

ほのかが尋ねると、リリアは眉間に皺を寄せ、首を傾げている。

「うーん……? なんだか、ノイズがひどくて……。断片的にしか……。えっと、『お腹……減った……』とか、『眠い……』とか……?」

どうやら、薬の効果はやはり不安定らしい。

一方、コッコは目を輝かせていた。

「聞こえたコケ! みんな、わたしのこと覚えてたコケ! 『ボス! お帰りなさい!』って言ってるコケ!」

「えっ、本当に!?」

ほのかが驚くと、コッコはうんうんと力強く頷いた。

「あと、『シロスケ(例の雄鶏)は相変わらず意地悪だ』って、タマちゃん(以前コッコが庇っていた雌鶏)が言ってたコケ! 『でもボスが戻れば安心だ』って!」

コッコの翻訳は、やけに具体的で、そして自分に都合の良い内容ばかりのような気がする。本当にそう聞こえているのだろうか。

リリアも、コッコの言葉に首を傾げながら、必死に耳を澄ませている。

「うーん……? 私には、『今日の……トウモロコシ……最高……』とか、『あいつ(コッコ)……うるさい……』とか聞こえるような……? あれ? 今、『世界……征服……』って聞こえませんでした!?」

「せ、世界征服!?」

ほのかはぎょっとした。まさか、鶏小屋のニワトリたちが、そんな物騒なことを考えているとでもいうのだろうか。

「こら、シロスケ! 世界征服なんて企んでるコケ!? ダメだコケ!」

コッコは(おそらくリリアの誤訳を真に受けて)金網越しにシロスケに向かって説教を始めた。シロスケは迷惑そうに「コケーッ!」と一声鳴いただけだ。

「違う! 違う! 今のはタマちゃんの声で、『ボス(コッコ)が戻れば、この鶏小屋は安泰。いずれは隣町の養鶏場も支配下に……』って……あれれ?」

リリアの翻訳は、ますます混乱を極めていく。どうやら、薬の効果は声の主を特定したり、正確な意味を捉えたりするには、まだ程遠いレベルらしい。

「もう、リリアさん! 適当なこと言わないでください!」

ほのかがツッコミを入れるが、リリアは「でも、そう聞こえるんです!」と必死だ。

そんなドタバタをよそに、コッコはなおもニワトリたちに話しかけ続けている。

「みんな、心配ないコケ! わたしがしっかり見守ってるコケ! 困ったことがあったら、いつでも言うコケ!」

完全に、かつてのボスのつもりでいるらしい。ニワトリたちは、そんなコッコを遠巻きに見ながら、「コッコッコッ……」と鳴いているだけだ。それが同意なのか、呆れているのか、あるいは単なる鳴き声なのか、薬の効果が不完全な今となっては誰にも分からない。

しばらくすると、リリアが突然「うわっ!」と声を上げて耳を塞いだ。

「ど、どうしたんですか!?」

「い、今、突然、たくさんの人の声が……! 『特売!卵1パック98円!』とか、『今日の晩御飯どうしようかしら』とか……! あと、演歌みたいなのも……! 薬が暴走してます!」

どうやら、万物共鳴液はついに制御不能となり、周囲の人間の思考や、どこかから流れてくるラジオの音声まで拾い始めたらしい。

「あうあうあう……もうダメ……限界です……!」

リリアは目を回し、その場にへたり込んでしまった。コッコも、「なんか、頭がぐるぐるするコケ……」と言いながら、ふらふらしている。

薬の効果は、その後すぐに切れたようだった。鶏たちの鳴き声は、再びただの「コッコッコッ」に戻り、リリアの頭の中の雑音も消えた。

結局、ニワトリたちの本音は分からずじまい。コッコが本当に「ボス」として認識されているのか、シロスケが世界征服を企んでいるのか、タマちゃんが影の支配者なのか……全ては謎のままだ。

「はぁ……。やっぱり、リリアさんの魔法薬は信用できませんね」

ほのかは溜息をつきながら、まだ少しふらついているリリアとコッコを支え、社務所へと戻ることにした。

「でも、ちょっとだけ、みんなの声が聞こえた気がしたコケ……」

コッコは、鶏小屋を名残惜しそうに振り返りながら、ぽつりと呟いた。その表情は、少しだけ寂しそうにも見えた。

(言葉が通じなくても、何か伝わるものがあるといいんだけど……)

ほのかは、コッコの頭のアホ毛をそっと撫でた。

一方、リリアは「失敗は成功の母です! 次こそは完璧な翻訳薬を……!」と、まだ懲りていない様子でぶつぶつ呟いている。

鶏石神社の日常は、今日も今日とて、魔法(の失敗)によって、ほんの少しだけ騒がしく、そして少しだけ不可解なまま、過ぎていくのだった。

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