第十一話:リリアの居候生活と、魔法の(残念な)便利使い
『夢見のどんぐり』騒動から数日。鶏石神社には、新たな(そして非常に騒がしい)居候が一人増えていた。魔法使い見習いのリリアである。師匠へのお使いの途中だったはずの彼女だが、「羽根も集まりましたし、少しだけこの神社の不思議な力について調査を……」とか、「道中の疲れを癒す必要が……」とか、なんだかんだ理由をつけて滞在を決め込んだ。本当は、ドングリをコッコに食べられてしまったことや、その他諸々の失敗を師匠に報告するのが怖いだけなのでは、というほのかの疑念は、とりあえず胸の内にしまっておくことにした。
「居候させてもらうからには、私も働きます! ほのかさんのお手伝い、何でも言ってください!」
リリアはそう言って、目を輝かせながら意気込みを見せた。そのやる気は素晴らしいのだが、残念ながら彼女の家事スキルは、魔法の腕前と同様に、かなり残念なレベルだった。
最初の挑戦は、洗濯。ほのかが干していた洗濯物を取り込むのを手伝ってくれたのだが、畳み方が壊滅的に下手で、綺麗に洗ったはずの巫女装束が、くしゃくしゃの雑巾のようになってしまった。見かねたほのかが畳み方を教えようとすると、「あ、なるほど! こうですね!」と頷きながら、今度は別の方向に折り目をつけ始める始末。
「……リリアさん、もしかして、今まであまり家事とかしたことないんじゃ……?」
ほのかが遠回しに尋ねると、リリアは「え? 私の家(魔法使いの塔)では、洗濯は洗濯スライムが、掃除はホウキゴーストが、料理はキッチンフェアリーが全部やってくれてましたから……」と、さらりと衝撃的な事実を告白した。どうやら、根っからのお嬢様育ち(魔法界基準)らしい。
「……そうですか。じゃあ、無理しなくて大丈夫ですよ」
ほのかは諦めの境地で、くしゃくしゃになった装束をそっと受け取った。
しかし、リリアは諦めなかった。
「物理的な労働が苦手なら、魔法でサポートすればいいんです!」
彼女はそう閃いた(また余計なことを、とほのかは思ったが口には出さなかった)。
「例えば、お風呂の準備! 魔法でお湯を沸かせば、薪をくべる手間も省けます!」
リリアは自信満々に杖を取り出し、五右衛門風呂の焚口に向けた。
「『炎よ来たれ、湯を満たせ! 適温の恵みを!』 えいっ!」
杖の先から小さな火の玉が飛び出し、焚口の中に吸い込まれる。すると、すぐにゴオオオッという音と共に、風呂釜の下で激しい炎が燃え上がった。
「お、うまくいったみたいですね!」
リリアは満足げに頷いた。しかし、その炎は「適温」というリリアの指示を完全に無視して、どんどん勢いを増していく。風呂釜の水はあっという間に沸騰し始め、蓋がガタガタと音を立て、湯気なのか水蒸気なのか分からないものが、小屋全体に充満し始めた。
「わわわっ! 熱い! 熱すぎます! ちょっと、これじゃ入れません!」
「と、止めてください、リリアさん!」
「『鎮火! 冷静なれ、水の心!』 きゃーっ!」
慌てて火を消そうとするリリアだが、今度は制御を誤り、焚口から大量の水が逆噴射! 燃えていた薪は一瞬で消し止められたが、リリア自身はずぶ濡れになり、風呂場は水浸しになってしまった。
「うぅ……また失敗……」
しょんぼりと肩を落とすリリア。ほのかは、もはや何も言うまいと、黙って雑巾を取りに行った。
そんなリリアの残念な魔法の数々を、一番楽しんでいたのはコッコだった。
リリアが掃除を手伝おうとして、「『塵芥よ集まれ、球となりて消えよ!』」と魔法をかけると、部屋の埃は確かに集まったのだが、球にならずに粘土のように固まり、壁にべちゃりと張り付いてしまった。
「あははは! お団子みたいコケ! 壁にぺったんこ!」
コッコはそれを見て大喜びし、張り付いた埃の塊をつんつんと突いている。
リリアが書き物(師匠への言い訳の手紙の下書き)を手伝おうと、「自動筆記羽ペンよ、私の言葉を綴れ!」と魔法をかけると、羽ペンはスラスラと文字を書き始めたが、途中からリリアの意図とは全く違う内容――「リリアはドジでおっちょこちょい。でも憎めない。」「今日の晩ごはんは唐揚げがいいな。」など――を勝手に書き連ね始めた。
「や、やめて! 私そんなこと思ってない!」
「ペンさんがおしゃべりしてるコケー!」
コッコは羽ペンが書く奇妙な文章を読んで、ケラケラと笑っている。
時には、コッコの存在がリリアの魔法に予期せぬ影響を与えることもあった。
リリアが、以前暴走させた箒に、今度こそ簡単な「自動掃き掃除」の魔法をかけようとしていた時だ。
「今度こそ慎重に……。『優しく、丁寧に、床の埃だけを……』」
リリアが集中して呪文を唱えようとした瞬間、隣で見ていたコッコが、「箒さん、くるくるダンスするコケー!」と念じた(ように見えた)。すると、箒はリリアの指示を完全に無視して、突然、軽快なサンバのリズム(?)で踊り始めたのだ。しかも、以前の暴走とは違い、妙に動きがキレキレで、時折セクシーなポーズまで決めている。
「な、なんでサンバ!?」
「わーい! 箒さん、ダンス上手コケー!」
コッコは手拍子を打ちながら大喜び。ほのかは、そのあまりにシュールな光景に、もはやツッコミを入れる気力も失っていた。
結局、リリアが「お手伝い」をしようとすればするほど、ほのかの仕事は増えていく一方だった。しかし、リリア自身は全く悪気はなく、失敗するたびに本気で落ち込み、それでも健気に「次こそは!」と立ち上がる。その姿を見ていると、どうしても強く叱る気にはなれなかった。
「まあ、リリアさんがいると、賑やかでいい……かな?」
夜、眠りにつく前、ほのかは天井を見上げながら小さく呟いた。隣の布団では、リリアが今日の失敗を反省しているのか、ぶつぶつと魔法の呪文のようなものを呟きながら寝返りを打っている。その向こうでは、コッコが「とーもろこし……むにゃむにゃ……」と幸せそうな寝言を言っている。
(本当に、騒がしい居候が増えたものだわ……)
ほのかは苦笑し、目を閉じた。魔法使い見習いのドジっぷりと、元ニワトリ少女のマイペースさに振り回される日々は、まだ始まったばかり。大変だけど、退屈とは無縁の毎日になりそうな予感がした。明日はどんな騒動が待っているのやら。少なくとも、リリアにはもう火を使わせるのはやめておこう、と心に誓うほのかだった。




