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第九話:明かされる目的と、新たな騒動の種

箒の暴走事件の後始末は、思った以上に大変だった。散らばった本の整理、破れた障子の応急処置(とりあえず紙を貼っただけだが)、そして何より、部屋中に舞い上がった埃と、箒がまき散らした細かいゴミの掃除。リリアは申し訳なさそうに、しかし一生懸命手伝ってくれたが、その手つきはやはりどこか危なっかしく、本棚を拭こうとして花瓶を倒しそうになったり、雑巾を絞ろうとして水を盛大にこぼしたりと、ほのかの仕事を増やしているような気もした。コッコはというと、ひとしきり騒いで疲れたのか、縁側でアホ毛を揺らしながら、すやすやと気持ちよさそうに眠っている。この状況で眠れる神経がある意味羨ましい。


ようやく部屋がある程度元の状態に戻り、ほのかとリリアは縁側に並んで腰を下ろし、冷たい麦茶を飲んで一息ついた。夕暮れが近づき、ひぐらしの声が聞こえ始めている。

「本当に……すみませんでした」

リリアは改めて深々と頭を下げた。

「いえ……まあ、物は壊れましたけど、誰も怪我しなかっただけ、よかったと思いましょう」

ほのかは苦笑しながら答えた。このドジっ子魔法使い見習いを、これ以上責める気にはなれなかった。

「あの、リリアさん」

少し間を置いて、ほのかは切り出した。

「差し支えなければ、教えていただけますか? リリアさんは、本当は何を探しに、この神社へ……? あの羽根も、ただの研究材料というだけではないんでしょう?」

核心に迫る質問に、リリアは一瞬、びくりと肩を揺らした。そして、手に持っていた麦茶のグラスを見つめ、しばらく逡巡した後、観念したように顔を上げた。その表情は、先ほどまでの慌てぶりとは違い、少し真剣な色を帯びている。

「……そうですよね。ご迷惑をおかけした上に、隠し事ばかりではいけませんよね」

リリアはごくりと唾を飲み込み、声を潜めて話し始めた。

「実は……先ほど薬草研究家のようなもの、と言いましたが……本当は、私は、魔法使いの見習いなんです」

やはりそうだったか、とほのかは思った。箒の暴走や、不思議な道具の数々を見れば、薄々感づいてはいた。

「今は、師匠の元で修行中の身でして……。あの羽根は、『虹翼鳥の導き羽根』といって、方向感覚を安定させたり、目的地へ導いてくれたりする、ちょっとした魔法道具の一部なんです。師匠から大事なお使いを頼まれて旅をしていたんですが、途中で強い風に煽られて、羽根をいくつか飛ばしてしまって……」

リリアは恥ずかしそうに頬を掻いた。

「それで、どうしてこの神社に?」

「羽根がどこへ飛んで行ったか分からなくて困っていたんですが……私の持っている『感応石かんのうせき』(これも魔法道具です)が、この辺り一帯に、何か強い『気』のようなものを感じ取ったんです。清らかで、古くて、それでいて温かい……そんな不思議な気に引かれて、この神社にたどり着きました。羽根もきっと、この気に引き寄せられたんだろうと思ったんです」

リリアはそう説明し、ほのかの顔を窺うように見た。魔法使い、魔法道具、気……突拍子もない話だが、目の前で箒が暴走するのを見た後では、不思議とすんなり受け入れられる気がした。

「そうだったんですね……」

ほのかが頷くと、リリアは今度は隣で眠っているコッコに視線を移した。

「それで……この子なんですが……」

リリアは声をさらに潜め、真剣な表情で続ける。

「この子からは、先ほども言いましたが、普通の人間とは違う、とても古い力を感じるんです。自然の精霊に近いような……純粋で、強い生命力。もしかして、この鶏石神社の……土地の力と何か関係があるのでは?」

リリアの推測に、ほのかは息を呑んだ。この人は、コッコの正体に気づいているのかもしれない。隠していても仕方がないだろう。ほのかは意を決して、リリアに打ち明けることにした。

「……あの、実は、コッコちゃんは……元々、この神社の境内で飼われていたニワトリなんです」

「……えっ? ニワトリ……ですか?」

リリアは目を丸くして、眠っているコッコの顔を改めてじっと見つめた。頭のアホ毛、時折ぴくぴくと動く指先、そしてどこか鳥類を思わせる寝相。

「ある日突然、人間の女の子の姿になってしまって……。理由は、私にも、本人にもよく分からないんです」

ほのかが説明すると、リリアは驚きながらも、深く頷いた。

「なるほど……! そうでしたか……! 鶏石神社の名前の由来や、古くからの言い伝えは、私も少しだけ本で読んだことがあります。ニワトリは古来より、太陽の使いであり、闇を祓い、境界を守る神聖な生き物とされてきました。特に、ここの神社は鶏との縁が深いと……。もしかしたら、この土地の力や、人々の信仰、あるいは何か別の大きな力が作用して、コッコちゃんは今の姿になったのかもしれませんね……。一種の、精霊化、とでも言うのでしょうか……」

リリアは興奮した様子で、しかし断定は避けながら、ファンタジー的な解釈を語った。明確な理由は分からないまでも、その説明は、ほのかにとって少しだけ腑に落ちるものがあった。

「そう……かもしれませんね」

ほのかが呟いた、その時だった。

「あーーーーっ!!」

リリアが突然、素っ頓狂な声を上げて立ち上がった。

「ど、どうしたんですか、急に?」

驚くほのかに、リリアは顔面蒼白で叫んだ。

「た、大変です! 思い出しました! 羽根だけじゃなかったんです! 私、もっと大事なものを落としてしまったかもしれないんです!」

「え? 大事なものって……?」

「師匠から預かっていた、『秘伝の薬』の材料が入った小瓶も、さっき転んだ時にどこかに落としてしまったかもしれないんです! あの中身がないと、お使いが完了しない……! 師匠に……今度こそ本当に破門されてしまうかも……!」

リリアは頭を抱えて、その場でぐるぐると回り始めた。

「落ち着いてください、リリアさん! その小瓶は、どんなものなんですか? 一緒に探しますから!」

ほのかが宥めると、リリアは少しだけ落ち着きを取り戻し、必死に説明を始めた。

「えっと、小瓶はただのガラス瓶なんですけど、中身は……見た目は、そう、ただのどんぐりみたいな実なんです。茶色くて、丸っこくて……。でも、ただのどんぐりじゃなくて、触るとほんのり温かくて、あと、すごく甘い、いい匂いがするはずで……。あ、あれ……?」

リリアの説明は、途中で奇妙な方向に変わった。彼女の視線が、いつの間にか目を覚まし、縁側で何かを口にしているコッコに注がれている。

コッコは、きょとんとした顔で二人を見ていたが、その小さな手には、まさにリリアが説明したような、茶色くて丸い、どんぐりのような実が数個握られていた。そして、口をもぐもぐと動かしており、その口元からは、微かに甘い香りが漂ってきている。どうやら、すでにいくつか食べてしまった後のようだ。

「……コッコちゃん」

ほのかが恐る恐る尋ねる。

「その手に持ってるもの、どこで見つけたの……?」

コッコは、手に持った実を一つ、ぽいと口に放り込みながら、無邪気に答えた。

「ん? これコケ? さっき、リリアさんがころーんってしたところに、いっぱい落ちてたコケ! キラキラはしないけど、甘くていい匂いがしたから、拾ってみたコケ! ちょっと食べたら、とっても美味しいコケ!」

にぱー、と効果音がつきそうな笑顔で、コッコはもう一つ、実を口に入れようとした。

その瞬間、リリアの絶叫が境内に響き渡った。

「あーーーーーっ!! ダメェーーーーッ!! それは『夢見のどんぐり』! またの名を『三日寝太郎茸みっかねたろうだけ』の種!! 食べると、副作用で三日三晩、絶対に起きない深い眠りに落ちてしまうっていう……! しかも、ただ眠るだけじゃなくて、寝ている間に見た夢が、現実の世界に影響を及ぼすかもしれないっていう、とんでもなく厄介な代物なんですぅぅぅぅ!!」

リリアは頭を抱え、その場に崩れ落ちそうになっている。

一方、そんなリリアの悲鳴もどこ吹く風、コッコは「あれぇ……?」と不思議そうな顔で自分の手のひらを見つめ、大きなあくびをした。

「なんか……急に……眠くなってきたコケ……。ほのか……リリアさん……おやすみ……コケ……」

そう言うと、コッコはふらりと体を揺らし、縁側にごろんと横になった。そして、次の瞬間にはもう、すぅすぅと穏やかな、しかし異常に深い寝息を立て始めていたのだ。

「コッコちゃん!? コッコちゃん!?」

ほのかが揺り動かしても、声をかけても、コッコはぴくりともしない。完全に、深い眠りの世界へと旅立ってしまったようだ。

静まり返った縁側には、焦燥感に駆られるほのかと、絶望に打ちひしがれるリリア、そして、厄介な『夢見のどんぐり』を食べて深く眠ってしまった元ニワトリの女の子が一人。

コッコは本当に三日三晩眠り続けてしまうのか?

そして、「見た夢が現実になるかもしれない」という、リリアの不吉な言葉の意味は?

鶏石神社に、新たな、そしてとてつもなく面倒な騒動の予感が、夕暮れの空の下に立ち込めていた。

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