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切っ掛けは些細な事だった話

作者: 遊佐

たとえば意識を覚ました先が今までとは違う世界で。

たとえば、その世界がよくよく聞けばなんとなく知っている世界で。

たとえば、今置かれている己の存在自体が薄らと覚えている世界において舞台装置の役割を担う人物だったのだと気づいて。

たとえば、その役割が賑やかし、盛り上げ役、円滑に進めるための潤滑油であり、いわゆる当て馬であると分かった時。

果たして何人が役割を全うしたいと思うものなのか。

よっぽどその見知った世界に対して思入れや秋恋、執着が無ければ遂行しようなどとは思わないのでは無いだろうか?

だって、呼吸し、空気を肌で感じ、筋肉を自己意思で動かし、立って考えて生きている。何故決められた動きを課さなければならない?課されなければならない?何も考えず、決められたラインをひたすらになぞりただ生きるだなんて、手に持つ人形や指先で動かすパペット、マウスのクリック一つで動作するキャラクターと何が違う?

別世界で生きた記憶のある私こと、エリザベスはそのラインを道を流れを未来を、全て拒否する事に決めた。

使い古されたテンプレートに彩られたストーリーを全て否定するようにエリザベスは生きた。

幼少期に決められた王子の婚約者候補を速やかにかつ慎ましやかに辞退し。

今まで誰にも何もとやかくと申されることも無かった勝手を止め、分け隔てなく礼儀を正しく通して正しく品行方正に。

実家の不正の未遂やそれに伴う不祥事をさりげなく。さりとて尽く退け。

そうして出来上がったのが完全無欠の淑女の鑑。

残念ながら勉学の方は引き継ぐ記憶にひっぱられて良くも悪くも平凡を抜けなかったが。

そうしてストーリーにおけるあらゆるフラグを退けた先に残ったのは何か。

「エリィ。私の可愛いエリィ?どうしてそんなに不満そうな顔をしているのかい?用意した紅茶が気に入らなかった?流行りの菓子が不満?今日の為に整えた庭の花が気に入らない?嗚呼、どうすれば可愛らしい顔を私のエリィは見せてくれるのかな?」

早口であれやこれやを申し立てるのはエリザベスの婚約者であるライリー。わずか1年の婚約期間で有るのにも関わらずエリザベスに対しての好感度と呼ばれるであろうものがMAXである異常事態。

堪えきれない溜息を吐き出しつつエリザベスは思う。

どうしてこうなった?

たぶん、ライリーはエリザベスが知る世界のストーリーにおいてそこまで重要な役割では無かったはず。名前や、家柄などに何もピンと来るものが無かったから。だから大丈夫、セーフ、無問題と婚約を結んだ。

なのに、たったの1年足らずでこちらの表情一つで一喜一憂。送られた文を翌日に返信しなければそれだけで数日は部屋へ引きこもり、己の至らなさを箇条書きにして改善解消を求める文を大量に送りつけ(その際にこれでもかと贈呈品を付属し)。

お茶会のたびに、やれ紅茶の種類。やれ菓子の種類。果ては気温やら座った際の角度から見える庭園の景色。勿論着席するための椅子の座り心地、カトラリーを置く机の種類。エリザベスが見目楽しめるように配慮を尽くした配置構成。日が差したときにメイドが差す日傘の向き。

ちなみに少しでも陽が肌に当たろうものならメイドは路頭に迷うので、エリザベスは傘の影から出ないように気を張り続ける罰ゲームのような事をせざるを得ず。

エリザベスを構成するものを少しも損ないたくなくて最近は我が家の化粧係も巻き込み髪の長さ1mmの世界で以て管理されている始末。食事?そんなもの婚約1カ月目あたりから介入してきているのでもうどうとでもなれ。

「ライリー…ねぇ、ライリー?私は不満も何もございませんわ?ただ、ライリーにここまで大切にされてしまって良いのかしら、て思ったの」

「エリザベス、嗚呼、私の可愛いエリィ。君はそんなこと気にしなくて良いんだ。ただただ私に愛され、愛しまれそれを享受してくれれば。それでいいんだよ?」

そうして優しくエリザベスがテーブルに乗せた片手を両の手のひらで包み込み。体温を、肌を…何だったら血管から流れる血潮の流れさえもを確認するように撫でさすった。

(私、ヤンデレメーカーだったかしら?)

なんてエリザベスが思うのも仕方ないほどにライリーは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。なんだったら最近は不浄に立つ際に開かれる手帳の存在が目立つが気にしてはいけない様な気もする。回数数えたりなんだったりしたら………いや、止めておこう。




エリザベス自身は気づいては居ないが、否定したストーリー、折ったフラグの流れの中でライリーは間接的にではあるが命を救われていた。小さき頃に、だが。

エリザベスが幼少の頃、婚約候補に挙がっていた王子が居た。彼は現在の国王から生まれた他の王子たちと違い奔放に自由に生きていた。理由はさておき何をしても父親である国王や、実母の側妃が徹底的に甘やかし育てたせいもあるが。

そして出来上がった害にしかならぬ王子はある日、同世代の少年少女の集う茶会にてひとつの思いつきを発した。

「なぁ、お前!俺の影武者になれ!兄様も父様ももっているんだ!俺にも居て当たり前だろう?」

そうして身分や家柄など特別悪くのないだけのライリーは危うく影武者と仕立て上げられそうになっていた。たまたま側に居ただけで。

我が国は魔法や魔術がある。魔女だっているし、何だったら聖女も居る。薄らと滲む魔法でもって祈祷師、錬金術師、呪術師だって居るのだ。ひとたび其れ等が、何の気なしにこの王子へと害を持てばどうなることか。

影武者。簡単に言えば身代わり。

顔や形を変え、ライリーという個人を無くし、あらゆる害悪を受け止め、時に毒を飲み血反吐を吐き、命を終わらせよ、とそう言っているのに等しいのだ。王子の無知で無垢な思いつきで、わがままで。

直球に受け取れば、死ね、と言われたライリーはちょっとやそっとではないほどのパニックを起こしていた。過ぎたせいで身体が固まってしまったのは幸いだったが。

だって所詮10歳の幼子、泣き叫んで王子を殴り倒さなかっただけ偉かったのではなかっただろうか。

まぁ、しっかりばっちりパニックは精神にも肉体にも作用して、やや過呼吸気味になりつつあったが。

そんな折、カチャリ、とソーサーへティーカップを置いて立ち上がった令嬢が一言

「あら。王族の方々はいとも容易く臣下へ命を捨てろとおっしゃるのね?」

冷え冷えと刺すように言いのけると、気分が悪くなりましたので失礼、とその場を後にした。

何気ない、しかし常識的である言葉がライリーへ呼吸の仕方を思い出させてくれた。たった、たったそれだけのことでライリーには充分だった。

まだ強張る身体を叱咤し、ライリーも席を立つと挨拶もおざなりに茶会を後にした。決して逃げたわけではない。幼心にひっぱられてしまったが、立場としても断固抗議とばかりに即座に親に報告。

特に虐げられているだとか蔑ろにされているわけでもなく至って当たり前に愛されている子供であったので、父も母も王族へ迷いなく陳述を述べてくれた。

件の王子は流石に叱られたようで数カ月の謹慎。その後から何くれと睨まれるようになった気がするがそんなことどうでもいい。

暗くなっていた視界の中で鮮烈に輝いて見えた、あの令嬢のことだけがライリーの頭の中を占めていた。

他人からするとなんだそんな些細な事、と思われるかもしれないが。ライリーとしてはキッカケであり光であり、進むべき路となったのだ。

どんな形でも。どんな関係性であっても。彼女の側に居たい、と。

恋なんて落ちるのは一瞬。溺れてしまっても生きていれば上々。

「エリィ、私のすべて。今もこれからもこの命尽きるその時まで私の愛慕も愛寵も愛好も列愛も烈情もすべてすべて君に捧げるよ」

君を形作るすべてを私が、私を形作るすべてを君が。

そうなれば、それはとてもとても素敵なことだと思う。

(嗚呼、エリィ…私のすべて)

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