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晩餐歌

作者: らむ

これは、1人の生贄である少女が愛し愛される物語。

私たちの住む国、メーダは、四つに分けられている。

目を意味するアイ。

髪を意味するヘア。

バラを意味するローズ。

そして私の住む、歌を意味するソングだ。

この国は巨人族の住む国ブルグの隣にある。

巨人族は動物を二足歩行にして大きくしたような見た目をしていると古い文献にはしるされており、バケモノとも書いてあった。

私たち人間は巨人族を見ることができない。

正確には年に一度『黒い髪に黒い瞳を持った女』だけが一度だけ見ることを許されている。

アイ、ヘア、ローズ、ソングの順に一年ずつ生け贄を渡す。

これは大昔、人間と巨人族が争っていた時代。

メーダの王様とブルグの王様同士が話し合った結果だった。

『人間を一年に一度、生け贄としてブルグに差し出す。だが代わりに、人間を襲わず、メーダとブルグの民をできるだけ関わらすな。この条件を飲んで欲しい』

『いいだろう。だが、その生け贄には目印として呪いをかけるぞ』

こうしてメーダとブルグの間には城壁ができ、かかわることもなくなった。

そして呪いを受けたものは生まれつき、存在しない黒い髪に黒い瞳になる。

そしてなぜか、生け贄は全て女性なのだ。

七月三日。

この日は約束を取り決めた日のため、生け贄はブルグにつれていかれる。

生け贄として連れていかれる決まった年齢ではない。

年齢問わず年上から選ばれるため、小さい子から年寄りまでいるそうだ。

私はそんな生け贄の一人。

若生歌(わかきうた)十七歳だ。

私に血の繋がった家族はいない。

お父さんは生まれる前に死んでしまい、お母さんは私を生んで死んでしまった。

お母さんの再婚相手に引き取られたが、その再婚相手も新しい家族を作った。

若生も今の名字ではなく、私の本当の家族のものだった。

誰一人として血の繋がった家族がいない私は、義母から虐げられていた。

義母は義父の連れてきた子供だから気にくわなかったんだろう。

義父も見て見ぬふりだ。

そのせいもあって、家事や料理をするのは全て私だった。

毎日のように叩かれ、蹴られた。

幸い生け贄のためあざはつけられなかったが、とても痛かった。

でも、それも今日で終わりだ。

今日は七月三日。

私がブルグに行く日だ。

今日の夕方にはもう巨人族の元にいるだろう。

この辛い生活も終わる。

コンコン

ドアがノックされる音が聞こえた。

「はーい!まあ!国のお付きの方ですか?ああ、歌ですね。準備はもうできていますよ」

義母の声が聞こえる。

汚い服ばかりだったが、服を捨てられたときにクローゼットの一番奥にあったお母さんが昔着ていた制服だけは綺麗な状態で残っていた。

人前で着られるのはその制服くらいだったので、必然的にそれを着ていくことになった。

玄関に行くと、礼儀正しそうなお爺さんがたっていた。

「初めまして。城で執事長をしているものです。歌様ですね?お迎えに参りました。私のことはお好きにおよびください」

柔らかい声色だったが、表情は固いままだった。

まるで何度も繰り返しているうちに、相手への哀れみが消え、それでも声だけが残ったような。

「はい。よろしくお願いします」

少しの時間だし、最低限の挨拶をする。

「わかりました。お荷物はないのですか?」

普通だったら思いでの品とかをもっていくのかな。

そんなもの、私にはないけれど。

静かにうなずくと、綺麗な馬車に案内され乗る。

「庭園までは一時間ほどでつきます」

メーダには国の真ん中にとても大きな庭園があり、そこで金色の薔薇をもっていく習わしがある。

生け贄の確認だと昔本で読んだ。

馬車が出発し、街の風景が流れていく。

普段はあまり考えないのに、お母さんのことを考えてしまう。

人生で唯一私に優しくしてくれた人はお母さんだけだった。

お母さんのことは覚えていないけれど、義父に、今の家に行く前は私の物が沢山があったと聞いた。

そんなことをしてくれる人が優しくないはずはない。

私もお母さんと同じ、天国にいけるかな。

そんなことを考えていたら、もう庭園についていた。

馬車が止まり降りると、そこは一面の花畑だった。

「薔薇は庭園のどこにあるかはわかりません。ですが、貴女なら見つけられるでしょう」

生け贄にしか金色の薔薇は見えないから、咲く場所もわからないのか。

だけど立ち止まるわけにもいかず、とりあえず歩く。

なぜだか、あまり花の咲いていない静かな方へ進む。

どんどん花の色も落ち着いてきた気がする。

歩いて行くと、一本道に出た。

その道の先には、綺麗なネモフィラの花畑があった。

花畑の中まで道は続いていて、道の終わり……花畑の真ん中に金色の薔薇が一輪咲いている。

金色なのに、物静かで、周りに合わせたような色に見えるのは気のせいだろうか。

花で埋もれそうな道を歩く。

薔薇をできるだけ根元で摘むと、摘んだ所よりも下は消えてなくなった。

元からそこに何もなかったかのように。

不思議なことに、刺は私が触ろうとした部分には生えてなく、簡単に回収できた。

通った道をまた同じように戻る。

来たこともないし、道なんて覚えるつもりなんてなかったのに、体は覚えていた。

「戻られましたか。その様子だと、見つけられたようですね」

もう一度馬車に乗り、ブルグに向かう。

馬車は私の何倍あるかもわからないほど大きな壁の前で止まった。

「ブルグ国に到着しました」

馬車を降り壁を見ると、壁の一部に大きな門もついていた。

この壁が、ブルグとメーダの国境の役割をもっていた。

そしてこの門が、唯一ブルグに入る手段。

よくみると、門の一角には人間用だと思われる門もついている。

「私がご一緒できるのはここまでです。国の王に代わり、感謝いたします。ありがとうございました」

「こちらこそ、ここまでありがとうございました。それでは、さようなら」

門をくぐる。

この国に未練なんて一つもない。

けれど、一様生まれ育った国、寂しいものだな。

門をくぐり終えると、すぐに門がしまった。

すぐそこには、布をかぶっているせいで顔の見えない巨人が何人かいた。

壁の三分一ぐらいの大きさだ。

とはいっても、高さがよくわからないほど大きい。

顔の見えない巨人の一人が、私が入れる大きさの鳥かごを目の前においた。

「ここに入ればいいのね?」

声は普通に届くらしく、うなずかれた。

抗うでもなく素直に入る。

私の入った鳥かごは、馬車にのせられた。

馬車は巨人ようなので見える景色が新鮮だ。

巨人は喋らず、私も無言だったため、沈黙が続く。

一日の疲れと安心感で、私は眠ってしまった。


ここは、どこ?

夢…?

目の前では、大きな巨人が悲しそうな顔をしていた。

私の声は届いてないらしく、こちらに見向きもしない。

「助けて!食べられたくない!」

「いやぁぁぁ!」

巨人の足元からは、無数の悲鳴が聞こえる。

きっと、この巨人に食べられた人々だろう。

でも、どうしてあなたはそんな顔をしているの?

なんで、誰よりも悲しそうなの?

「あなたは、誰なの?」


目が覚めると、そこは馬車ではない大きな空間だった。

とても不思議な夢を見た気がする。

意識がハッキリしてくると、ここが大きな机の上だと気づく。

人が落ちたら死んでしまうほど高い場所。

少し薄暗い部屋。

綺麗な壁紙に椅子。

きっと、ここは生け贄を食べる晩餐ようの部屋なのだろう。

「今から食べれるのね」

もうどうでもよかったはずなのに、涙がこぼれる。

扉が開く音が聞こえたかと思うと、ウサギの巨人と人間の見た目をした巨人が入ってきた。

ウサギの巨人族は小柄だと聞いたことはあるが、そんな小柄な巨人さえも大きかった。

人間の姿をした巨人は高価そうな黒色の服で身を包んでおり、一目で王様だとわかる。

なにか見覚えがあるような…気のせいか。

王様はウサギの引いた椅子に座った。

机の上には空の食器が並べられる。

どうすればいいのかわからず、とりあえず王様に近づく。

移動している間に、ウサギが王様の前に私サイズの机と椅子、そして綺麗な一輪挿しの花瓶のグラスが机に置かれた。

グラスの中には光る飲み物のようなものが入っていた。

薔薇をここに挿すのかな。

花瓶に入れようとしたとき。

「まて」

上から、大きな男の声が落ちてきた。

「薔薇をそこに挿すのは今日から七日目だ。そこに飲み物があるだろう。それをまずは飲め」

言われた通り、グラスを持ち飲む。

ゴクン。

その飲み物は一口で飲み終わった。

「それは代々受け継がれる飲み物でな。飲んだ後六日間は体と融合しない。だからお前を食べるのは七日目なのだ」

そうなんだ。

本には流石に載っていなかったな。

こんなことを教えてくれるってことは、少しは優しい巨人なのかな?

「分かりました」

こくっと頷くと、その巨人は腕を振りウサギの巨人達の方を見た。

「もう下がって良いぞ」

それだけ言うと、ウサギの巨人達は綺麗に整列して部屋から出ていった。

「早速だが、今から七日間は私と会話してもらうぞ。性格は味にも関係があるからな」

七日間……一週間か。

まあ、結局死ぬんだからいいか。

「はい」

「では、お前の名はなんだ?」

名前は、前のでいいのかな。

「歌。若生歌。若生は今の名字じゃないので、昔のものですが」

そういえば誰かに名前を教えたことなんてほとんどなかったな。

「歌か。私は深月(みつき)という。好きに呼べ」

とりあえず、深月様と呼ぼう。

そんなことをおもっていた瞬間、歌という漢字と深月という漢字が空に浮かんだので驚く。

こんなこともできるのか。

「わかりました」

「次は、そうだな……ああ、晩餐歌を聞いていなかったな。歌、お前の晩餐歌はどんな歌だ?」

晩餐歌といったのは、多分メーダで言う晩餐の歌と同じだろう。

それにしても晩餐歌も人によって変わるのか。

ここに来てから初めて知ることが多いな。

「そこでいいから歌ってみろ」

私の身長ほどある指で今いる場所を指した。

「でも、晩餐歌なんて私歌ったことないです」

どんなメロディーなのかも、どんな歌詞なのかもわからない。

「難しいことはない。自分の思ったように歌うだけだ。歌いたいと思うだけで歌えるはずだ」

「やってみます。下手でも文句言わないでくださいね」

これからは、自分に正直になってみよう。

もし怒られて殺されたとしても、困ることはない。

それなら正直に生きたい。

私自身が変わりたい。

「~♪」

思うがまま歌ったけど、上手いかどうかはよく分からなかった。

「優しくて綺麗な歌だな。だからか気持ちが伝わってくる。晩餐歌にはその人の性格が現れる。優しい奴なんだな。歌は」

ドクン。

なぜか、心臓が痛いほど跳ねた。

なんでだろ?

まぁいいか。

「歌の気持ちが伝わるいい歌だった。ありがとう」

深月様、優しいな。

「こちらこそ、ありがとうございます」

深月様の優しさが心地いい。

急に深月様の顔が見たくなった。

「あれ?」

深月様の顔を見ていなかったから分からなかった。

「なんで悲しそうな顔をしているんですか?」

まるでなにかが失くなることに悲しんでいるような、そんな顔

「そんな顔をしてしまっていたか?」

気づいていなかったの?

それほど無意識に悲しんでいたのかな。

「私はもう少ししたらいなくなります。なので今言いたいことをいっても、一週間後に覚えているものは誰もいません。なので教えていただけませんか?」

深月様のことをもっと知りたい。

だから、深月様から視線をそらさずに言う。

今の私にはこれくらいしかできないし。

「歌は本当に優しいな」

深月様はポツリ、ポツリと呟くようにして言った。

「私はずっと一人だった。親は私を王にする事しか考えてなく、使用人とさえまともに会話を許されなかった。。けど、この生け贄を喰らう前の話す時間だけは違かった。みな怯えながらもしっかりと私の言葉に言葉で返してくれて。少し離れていても、誰かと会話するのが嬉しかった。だが、嬉しいのは私だけ。今までの人間の歌は怯えや恐怖が強かったが、歌は違った。それが嬉しくて悲しいのだ」

なんだか、寂しいな。

深月様はずっと、自分の話を聞いて、答えて、深月様本人を見てくれるのは生け贄の私たちだけだったんだ。

深月様自身に感じている感情であれば、どれだけ悲しい感情でも嬉しかったのかな。

深月様本人が一番悲しかっただろうな。

「話してくれて、ありがとうございます。私は、食べられるその時まで深月様のそばにいます。深月様を見続けます」

私が言いきると、深月様の顔は少し和らいだ気がした。

「ありがとう、歌」

暖かくて、優しい声色で声をかけてくれる。

「そうだ」

深月様が、巨人の物とは思えない大きさのぬいぐるみを取り出した。

ピンクの生地に、青色のボタンで作られたうさぎのぬいぐるみ。

「実はな、今日商人がこれをもってきたんだ」

そう言うと、そのぬいぐるみを私に渡してくれた。

「これは人間の物ですよね?」

「ああ、人間と関われなくなって、貴重品になったそうだ」

確かに、少し古い気もする。

「私はいらないからな。せっかくなら歌がもらってくれ」

「いいんですか?」

深月様、貴重品って言っていたのに。

「いいと言っているだろう」

誰かに何かを貰うなんて、今まで一度もなかった。

こんなに嬉しいものなんだ。

「ありがとうございます。絶対に大切にします」

私はそのぬいぐるみを、自分の椅子の上に置いた。

すると深月様が、壁にかかっている綺麗な時計を見上げた。

「そろそろだな」

そう言ったかと思うと、部屋の扉から先ほどのウサギが何匹か出てきて、深月様と私の所にご飯を置いてくれた。

そしてまたすぐに出ていってしまった。

「深月様、これは私がいただいてもよろしいのですか?」

こんなにいいものなんて食べたことがない。

「それは歌の飯だ。好きなだけ食べろ。後、私と話すときら敬語を使わなくていいぞ」

深月様、そっちのほうが気楽なのかな?

「えっと、わかった。でも、深月様っていう呼び方は変えなくていい?」

「ああ」

深月様は微笑んでくれた。

家でも敬語以外使えなかったから新鮮だな。

机の端っこに薔薇を置き、食事を始める。

どの料理もとても美味しい。

けど、豪華すぎて食事にだいぶ時間をとってしまった。

「ご馳走様でした」

食べ終わって深月様をみると、丁度食べ終わった所のようだった。

「ご馳走様。歌、美味しかったか?」

「うん。すごい美味しかった」

あまりの美味しさに思わず笑うと、深月様はまた優しい顔になった。

「そうか。よかったよ。次の飯も楽しみにしててくれ」

そう言うと、パンパンと手が鳴ったかと思えばウサギがまた出てくる。

もうこの光景にも慣れたな。

その後は、ウサギに別の部屋へつれていかれ、お風呂に入った後また同じ服を着てあの部屋に戻る。

そして少し深月様と話したあとそのまま就寝した。

〜二日目〜

「おはよう、深月様」

朝起きると、深月様はもう部屋に居たのて、挨拶をする。

うさぎ達が柔らかい布をひいてくれたおかげで、ぐっすり眠れた。

「おはよう。歌、今日は庭園へ行こうと思う」

「庭園?」

いきなりどうしてだろう。

「お前の国に庭園があっただろう?この国にも庭園があるのだ。今までの生贄は、連れていきたくても連れて行ける状態じゃなくてな」

庭園…この国にもあるんだ。

折角なら行ってみたいな。

「深月様、私行ってみたいな」

あと生きれる七日間で、思い出を作りたい。

人生の内一週間だけでも、楽しんでみたいから。

「もちろんだ。準備をしてくる。済まないがこの中に居てくれ」

深月様は私をグラスの中に入れた。

逃げ出さないためなんだろう。

「待ってるね」

私がその気になればここから逃げ出せることも、深月様は分かってるんだろう。

それでも入れたのは、深月様からの信頼と優しさが感じられてとても嬉しかった。

「お待たせ」

戻ってき深月様は、先程とは少し違う外出ようの服を着てきた。

とはいっても、先程の服も今の服もとても高価な物のようだった。

深月様がうさぎを呼び出し私を連れて行く。

前にいる深月様は横を通るうさぎに何回もお辞儀をされているが、一度も話しかけられていない。

こんなに沢山の人が居るのに、みんな深月様を「王様」としか見てないのかな。

「歌、着いたぞ」

深月様の横から辺りを見渡すと、そこは花で彩られた綺麗な庭園だった。

「綺麗…!」

メーダの庭園と作りは同じようで、見覚えのある花が多い。

だがそれでも自分の身長よりも遥かに大きい花で出来た花畑は、全く違う景色に見えた。

それを目を輝かせて見ている私を、深月様は微笑んで見ていた。

「少し回ろうか」

深月様の手に乗せられ進んでいくと、見覚えのある道にでた。

私が、薔薇を取る為に進んだ道だ。

「あれ?」

ネモフィラがあったはずの花畑は、金色の薔薇で埋め尽くされていた。

「ここの花畑は、メーダ国で金色の薔薇が咲いた場所付近の花畑が、金色の薔薇に変わるのだ。歌はネモフィラの花畑で薔薇を摘んだのだろう?」

私が頷くと、深月様は説明を続けた。

「毎年一本づつ、この薔薇は増える。メーダ国から持って来られた薔薇が、来年になって咲くのだ」

私が生贄として薔薇を差し出したら、薔薇は増えるのかな?

一通り深月様と庭園を見終えると、うさぎ達がやって来た。

どうやら深月様に用があるらしい。

「歌、済まないがここで待っていてくれ」

私は庭園の真ん中にあるティーテーブルの上に降ろされた。

「分かった」

頷くと深月様は城へ戻って行った。

待ってる間、何しようかな。

「うぅ…ぐす…」

ボーッとしていると、草むらから泣き声が聞こえた。

「誰?」

近くにあったツタを伝ってテーブルを降りると、私の腰くらいしか身長のないうさぎがいた。

「貴方は?」

うさぎはこちらに気づきビクリとすると、か弱い声で話し始めた。

「ぼ、僕はルーノ。お姉ちゃんは?」

「歌よ」

ルーノが怯えた目で私を見あげた。

それにしても、巨人族にしては小さすぎる…とりあえず、ここにいた理由を聞こう。

「どうしてこんな所にいるの?」

か弱い声で、ルーノは話し始めた。

「お母さんと庭園のお掃除に来てたの。だけど途中ではぐれちゃって…」

迷子か…ほっといてもいいと思ったが、小さい頃の私とルーノが重なった。

「私と一緒にお母さん探そっか」

腰を屈め背の高さを合わせると、安心したように涙をとめた。

「ありがとう!歌お姉ちゃん」

私の手を握りしめて、笑顔になる。

子供の笑顔が思ったより可愛いことに気づき、思わず微笑んだ。

「ルーノは巨人族なの?」

手を握り返し歩き始めたところで、気になっていたことを聞いた。

「僕は小人族だよ。今じゃ人数も少ないけど…このお城だったら、不自由なく暮らせるんだ!お姉ちゃんは小人族じゃないの?」

知らなかったな。

きっと、戦争の時も巨人族よりも戦力にならなかった小人族は人間の前に出てこなかったのだろう。

「私は、人間よ」

嘘をついても仕方がないので、本当のことを言う。

「人間って、もしかして生贄?」

「知ってるの?」

「もちろん!このグルフを支えてくれてる人でしょ」

私のことを知っているとこもだけど、支えている人として生贄は知られているのか。

だから使用人の態度や環境が良かったのかな。

「でも、生贄って王様に食べられちゃうんでしょ…?」

ルーノは心配そうな、寂しそうな顔で覗き込んでくる。

「大丈夫よ。私は怖くないから」

それだけ言うと、ルーノは俯いてしまった。

丁度その時、少し先に私と同じ背丈のうさぎを見つけた。

格好は巨人族のうさぎと同じ、メイド服だ。

「ルーノ、ルーノ!どこにいるの!」

そのうさぎは酷く慌てて、ルーノを探している。

ルーノのお母さんなんだろう。

「お母さん!」

ルーノはお母さんの姿を見つけ、駆け寄って行った。

「あのね、歌お姉ちゃんが一緒にお母さんを探してくれたんだよ」

「歌お姉ちゃん?」

ルーノのお母さんは私に気づき、こちらを向いた。

「まぁ!もしかして生贄様?生贄様がルーノを助けてくれたのね」

生贄様って、私のことだよね。

そっか、この国を支えてくれてる存在として知られているのか。

「初めまして。ルーノは無事ですよ」

さっき確認した時は、怪我はしていなかった。

「ありがとうございます!」

私を見て、泣きそうになりながら笑顔をこぼしたルーノのお母さん。

自分の子供が無事だと、ここまで嬉しいものなんだな。

私が居なくなって涙を流してくれる人は、誰もいないだろうから分からない。

「歌お姉ちゃん、またね〜!」

ルーノはお母さんに手を引かれながら庭園の向こうに消えていった。

「そろそろ戻らないと」

深月様がに迷惑をかける訳にはいかない。

ツタを上手く上り、さっきまでいたテーブルに降りる。

その時、向こうから深月様の影を見つけた。

「深月様、おかえり」

「ああ、ただいま」

深月様を私を見て微笑んでくれた。

やっぱり優しいな。

その日はそのまま城に戻り、静かに寝付いた。

〜六日目〜

私がここに来てから六日が経った。

明日には、もうこの世界に居ないはず。

あれからルーノには会っていない。

けど時々使用人伝いに話は聞く。

小人族は珍しい上にこの城に子供は少ない。

そのためみんなに可愛がられるのだろう。

ただ、深月様と会話をする日々が過ぎていった。

「歌様」

部屋のドアがノックされ、うさぎの声がする。

私のことを呼ぶなんて珍しい。

「どうしましたか」

なにか緊急の連絡かな?

「歌様にお見えになられたい方がおります」

ドア越しに淡々と告げられる。

それにしても、私に会いたい人?

ブルグに来てから関わった人は、深月様に使用人、ルーノとその母親だけだ。

使用人の中にはよく話す間柄の人も出来たため、誰が来るのかは予想出来なかった。

「通していいわよ」

返事をすると、ワゴンを押す巨人族のうさぎとワゴンに乗った小人族の二人が入ってきた。

小人族はルーノとルーノの母親だった。

「歌様、失礼します」

「失礼します」

綺麗にお辞儀するルーノの母親と、母親の真似をし挨拶をするルーノ。

「2人とも、どうしたの?」

予想外の来客に驚きながらも、2人に近づく。

「ルーノが、歌様にお話したいことがあるようで」

ルーノは私の手を取り、目を輝かせている。

いきなりどうしたのだろう。

特に話す内容も思い浮かばない。

「お母さん、お姉ちゃんと二人でお話したいから、向こうで待ってて!」

「私と二人で?」

ルーノの母親も、内容を知らないのか首を傾げている。

「わかったわ。でも、歌様に迷惑を掛けちゃだめよ」

それだけ言い残し私達と反対側に行く。

「それで、どうしたの?ルーノ」

私とルーノが話したのはあの一度きりで、手紙などでのやり取りも無かったため、もう関わらないとさえ思っていた。

「僕と、ここを逃げよう」

ルーノはいきなり話し始めた。

私を握る手には、力が入っている。

「僕たち小人族ようの通路があるんだ。そこを通れば、外に出れるよ!僕、歌お姉ちゃんにいなくなって欲しくないっ」

私が、ルーノのここを出る?

「ダメだよ。これはルールなんだから」

守ったらメーダに何があるか分からない。

別に未練なんてものはないけれど、下手したら戦争になってしまう。

そしたらルーノも使用人も、深月様も死んでしまうかもしれない。

「罪のない人を殺すルールなんておかしいよ!」

ルーノは、真っ当なことを言っている。

だけど、苦しいのは殺められる側だけではないんだ。

「深月様に、迷惑かけちゃう」

「お姉ちゃんは人の事を尊重しすぎだよ!迷惑なのは、お姉ちゃんの方もじゃん」

今まで、私の周りにいた人には敬意を持って接するのが普通だった。

それが普通になるようにされてきた。

だけど、ここに来てからは違う。

みんなが優しくて、その優しさに答えるのに必死だった。

特別優しくしたわけでも、深月様を尊重した訳でも無い。

だけど、心の底から深月様を大切にしたいと思う。

そう感じた瞬間、私が深月様に対して恐怖を感じない理由に気がついた。

私は_____。

「深月様が、好きだから」

今気づいた。

恐怖も、苦しさも、悲しさも、深月様の前だと感じなくて心地よい。

毎日のように深月様の事で頭がいっぱいになる。

きっと、いや、はっきり言える。

私は深月様が好きなんだ。

この気持ちに気づくのが怖くて、気付かないふりをしていた。

だけどもう、私にも深月様にも嘘をつきたくない。

「好き、かぁ…なら仕方ないね」

「分かってくれるの?」

思ったよりもあっさり受け入れて貰えたことに、嬉しさよりも驚きが勝つ。

「僕のこの姿は、この姿になったのは、お姉ちゃんと同じ理由だよ」

そう言って手を広げて小さな体を見せるルーノ。

「どういう、こと?」

この姿というのは多分、小人族である小さな体のことだと思う。

だが、意味がわからなかった。

「お姉ちゃんになら、いっか」

ルーノの瞳が、鋭く、真剣になった。

「これはある伝説」

「…」

何を話そうとしているのかは分からない。

けれど、私が口を挟んでいいものでは無い。


大昔からこの世界には、色々な姿をした二足歩行の生物がいました。

姿は似ているし、会話もできる。

だけど性格は少し異なりました。

従順で記憶のいいうさぎ。

無口で気分屋なかえる。

そして、高い知能を持った人間。

僕たちは互いに支え合って生きていきました。

そんな中、人間同士の恋人だった一人が、命を失いました。

残ったもう一人は自分の命の殆どを、命の消えた器に移したのです。

みるみる元気になった一人とは対象に、もう一人は体が縮んでしまいました。

それを機にこの世界では命を移すという行為が出来るようになりました。

ですが命を移したものは小さくなり寿命も縮んでしまうのです。

情に脆い人間はそのほとんどが小さく…小人になりました。

小人になった人間は国を作りこの世界は、二つの国になったのです。


「どういう、こと…?」

混乱に近い何かが私を襲う。

「そのまま。巨人族は巨人族へ命を分けられる。だがそれは愛した相手にしか出来ず、分けると小人族になる」

「人間って元は、巨人族だったの…?」

「大昔ね」

じ、じゃあ…

「ルーノ、は?」

今は小人族であるルーノ。

まだ幼い子供だというのに、誰かに命を懸けたというの?

「想像通り。幼馴染の女の子にね…。うさぎは、人間の次に小人化が多いんだよ?多分明日もうさぎの小人族が準備するんじゃないかな?」

きっと、命を分けるのはとても怖かったんだろう。

何千年も生きれる可能性のあった命が、短くなるのだから。

でも、ルーノにはそんな命に変えてでも守りたかったものがあったんだ。

私からする、深月様のような。

「じゃあ、ルーノのお母さんは?」

その幼馴染に命を移したのがルーノなら、お母さんはどういう経緯で…?

「実の母親じゃないから…拾ってくれたの。本当のお母さんに見捨てられた僕を」

あぁ、ルーノはなんて強い子なんだろう。

母親に捨てられる悲しさは痛いほど分かる。

「王様…深月様は、人間の残り。巨人として生き続けた人間」

私と深月様の元は同じなの…?

今まで、地位も種族も異なる深月様を愛することが怖かった。

だけど、深月様は、人間なんだ。

「ありがとう、ルーノ」

私がそれ以上喋れないことを感じ取ったのか、ルーノは母親の元へ戻って行った。

「またね!お姉ちゃん!」

「さようなら」

まるでまた会えるような挨拶の二人に、感謝なのか、小人化したことへの同情なのか分からない涙が頬を伝った。

~七日目~

今日、私は深月様に食べられる。

深月様への感情に気づいてから、一方的な気まずさが続いた。

私が食べられるまで後二時間だ。

私は深月様に食べられることを恐れていない。

けれど、もう深月様に会えないと思うと寂しいという気持ちもわいてくる。

「深月様、この一週間ありがとう」

時間も少なくなって来たので、お礼を伝える。

「こちらこそ、本当にありがとう。私の声をしっかりと聞いてくれたのは、結局君一人だったな」

寂しそうな、嬉しそうな顔で深月様は言う。

「私は、深月様の特別な何かになれました?」

少しでも、深月様の特別になれたら嬉しいな。

「歌は私にとってとても特別だった」

深月様は本当に優しいな。

「ありがとう、深月様。ねえ、食べる前に話す時間ある?あったら最後に、私の思いを聞いてほしいな」

今、その言葉を口にする自信がない。

「ああ、聞くよ」

深月様がそれだけ言うと、沈黙が流れた。

だけど、気まずい沈黙じゃなかった。

時間はあっという間で、もう十分前になっていた。

ウサギによって、色々運び出される。

色とりどりご飯からワインのようなもの。

大きなお皿にワイングラス。

バスケットのなかには、大きな金色の薔薇が入っていた。

私は、両端にフォークとナイフの置いてあるお皿に誘導され、乗る。

ぬいぐるみは私の隣にあるお皿へ置かれた。

気づくと準備は終わり、ウサギは部屋から出ていった。

私と深月様だけの時間が流れる。

「深月様、本当にありがとう。それと、愛してる。これからもずっと!」

私はそう言って、花瓶に薔薇を挿す。

「ありがとう、歌」

深月様はそれしか言わなかったけど、その言葉だけでどれほど悲しいのかが伝わってきた。

「では……いただきます」

深月様の言葉に涙が溢れてくる。

深月様が私を手に取る。

涙は、深月様の胸の辺りに落ちた。

深月様の手が、口の前で止まる。

ゴクン。

深月様は最後まで優しく、私が傷つかないように、痛くないように飲み込んだ。

意識が遠退いていく。

ありがとう。

深月様の最高のフルコースになれますように。

END

好評だったらおまけとか書くかも。

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