8月3日(土)-6
玄関から出て、家の周りをぐるりと女将は案内した。特に何の変哲もない、よくある外壁だ。目隠しのために、生け垣がぐるっとあるものの、変わっていると思った部分はない。
だが、圭だけは一つの場所で足を止めた。辺りをぐるりと見渡し、家と生け垣を交互に見ている。
「何か、あるのかい?」
「おっさん、分からない?」
分かるはずもない。知らない花が咲いてるだとか、変に枯れているとか、謎の実ができているとかあれば、私でも分かるのだが。
「この裏、中庭だよな?」
圭の問いに、女将はうなずく。
「そして、こっちは、さっき有姫が寝ていた部屋か」
家の方を確認すると、なるほど、レースカーテン越しに、眠っている有姫の姿が、ぼんやりと確認できる。
「そっか、なら、そうなるよな」
圭は呟き、ざり、と生け垣の根元を探る。何か落し物でもしたみたいだ。
暫く探った後、圭は「あった」と呟く。
「あるけど、ちょっと分かりにくいな……。なあ、おっさん。ここって、どう見える?」
圭が私に尋ねてくる。
指示した先にあるのは、生け垣、草、土。近付いたら、虫くらいいるかもしれない。
「どう、とは」
「ああ、だよなぁ」
はぁ、と圭は大きくため息をついた。
「俺、あんまり得意じゃないんだけどな。おっさんじゃだめだよなぁ、やっぱり」
それは悪かった。こちとら、素人だから。
軽くムッとする私をさておき、圭は、ぱん、と柏手を打った。
「ここは門、通じる門。通り抜ければ、歪みし場所に、続くなり」
――ぱんっ。
柏手が響く。空気に、大気に、そうして生け垣に。
ざわざわと生け垣が揺れる。草が揺れる。青々とした葉が揺れるさまは、海を彷彿とさせる。じりじりと照り付ける太陽が、ゆらゆらと蜃気楼をその場に映し出していくかのようだ。
「揺らぎし門は、確固たる門に変わる。変わりし門は、しばしの役目を持つものなり」
――ぱんっ!
より一層強い柏手が響いたのち、ざわざわと揺れていた生け垣が止まった。ぴたり、という音がどこかから聞こえるのではないかと思うほど、唐突に。
「……じゃあ行くか、おっさん」
「行くって……どこに?」
「ここ」
圭がそう言って指示したのは、先程の生け垣だ。だが、さっきと明らかに違うところがある。
隙間などなかったはずの生け垣が、ぱか、と割れている。かがんだら、なんとか通れそうな穴のようだ。
「中庭に行くってことかい? それなら、そこを通らなくても」
「中庭に言ってどうするんだよ。あそこはすでに歪んでる場所なんだから、行っても意味がないだろ?」
「ええと……意味が分からない」
困惑していると、圭が「だから」と、少し苛立ったように説明する。
「有姫のいるかもしれない空間に通じる門を固定したんだ。その場所に行くには、門を通るしかない。俺が作った、この門を」
門、というか、生け垣の隙間、というか。
私が躊躇していると、圭は「いいか?」と更に苛ついたように口を開く。
「有姫のところに何かが通っていた。そいつはこっちでは不安定だったから、クマのぬいぐるみに入っていた」
「ああ、しいちゃん」
「そう。でも、今はいない。ということは、有姫の魂を持ってどこかに行ったということだ。かといって、こちらで不安定になる存在が、遠くに行けるとは思えない。ならば、この家の近くに、そいつが来た場所に通じる門があると思ったんだ」
「それが、その、生け垣かい?」
「そいつなら別に好き勝手に通れただろうけど、俺やおっさんが通るにはその門は揺らぎすぎている。不安定だったんだ。だから、情報を与えて固定させた。俺とおっさんが、通っても大丈夫なように」
分かるような、分からないような。
「大体、おっさんだって中庭はおかしいって思ったんだろ?」
「え?」
「だから、橋のあたりだよ。橋のあたりがおかしいって思ったから、じっと見てたんだろ? 確かにあそこはおかしかった。あの場所だけ、妙にずれていた」
そういえば、そうだった。あの時確か、圭は「仕方ない」と言っていた。
私が見入っていたのを、仕方ない、と。
それは、違和感があったのだから仕方ない、という意味だったのか。
納得している私を見、圭は生け垣の隙間に向かう。
「女将さん、悪いけど、ここには誰も入れないようにしてほしい。あんたも仕事があるのかもしれないけど、この場所に事情を知らない人間が入ってきたら、とてもやりにくくなるから」
女将は不思議そうな顔をしながらも頷くと、近くに置いてある「立ち入り禁止」と書いてある柵を持ってきた。
なるほど、あれならばまず誰も入らないだろうし、従業員が不思議に思っても誰かに聞くだろう。誰かというか、女将に。
「おっさん、腹に力入れとけよ」
「それは、ええと、何か出るかもっていう」
「何かというか、まあ、出るんじゃない?」
だよなぁ。
私は腹をくくり、生け垣の中に入っていく圭に続いた。
もちろん、腹に力を入れることを忘れないようにしながら。