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8月3日(土)-2

 駐車場に車が止まり、45分後には戻るようにという話をされ、いったん解散となった。

 45分とは、長い。

 トイレは出発前の方が良かろうと、先に土産物をぐるりと見て回ることにした。圭の姿はない。

 その土地ならではのものだけではなく、近隣の土地のものまであるのはなかなかに魅力的だ。そして、どことなく他県の有名な土産物に形や名前が似ているものがぽつりぽつりと存在しているのも、ついつい目が行ってしまう。

 見たことがあるようなお菓子に、思わず口元がほころぶ。


「いやいや、そうじゃなく」


 私は改めて、土産物をゆっくりと見る。会社内で軽く配れそうで、それでいてあまり好みが分かれそうにない、無難で小さな個別包装をしているお菓子を探していく。


――饅頭か、クッキーか、せんべいか。


 暑い時期だから、チョコレートは外した方がいいだろう。万が一とけられると、べたべたするし誰も食べなさそうだ。


「これにするか」


 ぐるぐると二周回り、それなりに数が多く、味が無難そうで、個別包装になっているクッキーを手に取る。一つ一つ、可愛らしい柄がついているそうだから、ちょっとした話題提供にもなれるかもしれない。

 レジで会計をし、時計を確認する。残り30分。まだまだ余裕がある。結構ゆるりと見て回ったと思っていたのだが。


 ならば、何か食べてやるか。


 私はフードコートと、建物の外に出ている露店をぐるりと見て回る。至る所から、やれラーメンだの、串焼きだの、甘栗だののいいにおいが襲い掛かってくる。


「……あまり食べられないから、一つにしなくては」


 私は、ごくり、と喉を鳴らして悩む。

 名物と言われるものは押さえておきたい。だが、自分のお腹具合としては、一つくらいしか入らない。朝食を抜いてこなかったのが、口惜しいくらいだ。


「あ」


 ふとフードコートを見ると、ラーメン丼をトレイにどん、と置く圭が見えた。積み重なった丼が三つという、わんこそばかな? と見間違う光景だ。


「ラーメン、三杯も食べたんだね」


 思わず声をかける。圭は「仕方ないじゃん」と答える。


「塩、醬油、味噌ってあったら、全種類食べたくなる」

「どれが一番おいしかった?」

「全部それなりに美味しかった」


 圭はこっくりと頷いたのち、トレイを返却所に持って行く。


「それで、食事は終了かい?」

「いや、今からは外の串焼きを食べに行く。牛串がおいしそうだったし、他にも気になる奴があったから」

「牛串……」


 聞くと、食べたくなる。

 外に向かう圭に、私も自然とついていく形になる。私には一切気を回さない圭が、串を5種類ほど購入するのを見届けたのち、私も牛串を購入した。

 圭とお揃いのようになってしまったが、美味しそうだと思ったら、もう遅かった。

 うきうきで牛串を頬張る私を見て、既に二本ばかし食べきっている圭が、露骨に嫌な顔をする。


「あ、ええと、おいしそうだったから、つい」

「そりゃ、おいしかったけど。しくった、先に言えばよかった」


 圭はそう言いながら、新たな串にかじりついた。


「何か、まずかったかい?」

「まずいっていうか。おっさん、俺が牛串を食べるのを分かってて、尚且つたくさんある中で、俺と同じものを食べてるんだろう? 自覚をもって」

「そうだね」

「で、俺は車の中で、おっさんについていた厄を喰らってるんだよね」

「そういえば、そうだったね」

「となると、同調するかもしれない」

「ドウチョウ?」

「シンクロっていえばいい? 同じように感じてしまうってやつ」


 圭は、そう言いながらも串を食べていく。飲んでいるのかと見間違わんばかりの速さだ。


「互いが互いを認識して、同じようなものを腹に入れ、同じ環境にいることになるだろ。目的も同じ。となると、俺の見えていたり感じていたりっていう世界を、体感するかもしれない」

「そんな、たかだが同じ牛串を食べただけで」

「おっさんだって経験あるんじゃない? 一緒にいる人と同じもの食べて、その人がおいしそうに食べていたら自分もおいしい気がするとか」


 言われ、考える。ないことも、ない。同僚と一緒においしいと言われる蕎麦屋に行き、自分が食べても特に何も思わなかったが、同僚が「おいしいおいしい」と頬張っているのを見て、つい「本当だ、おいしいな」と思ってしまったっけ。

 改めて同じ店に一人で行ったとき、やはり普通に思えた気がする。

 雰囲気に流された、としか思わなかったのだが。


「今回は、俺もおっさんも互いが互いの同じものを腹に入れたことになる。おっさんは、まあ、牛串一本だからそんなでもないかもしれないけどさ。起こらないかもしれないし。でも、覚悟だけはしといて」

「覚悟って言われると、怖いなぁ」

「怖い、まあ、怖いかもね」


 圭は苦笑交じりに、最後の串を食べきる。


「下っ腹に力を入れる練習でもしたら?」

「下っ腹に?」

「そう。下っ腹に力を入れ、ぐっと背筋を伸ばす。それだけで、心と体が、自分は自分だと認識する」

「姿勢が良くなりそうだね」


 思わず笑いながら言うと、圭が真剣そうな顔で「茶化すな」と続ける。


「今、おっさんと俺は曖昧なラインがある。ならば、絶対的な線引きをすればいい。同じものを摂取したからと言って、俺とおっさんは同じではない。その認識が心身にあれば、同調しにくくなるはずだから」


 圭はそう言うと、串をごみ箱に捨て、店舗の方へと入っていった。一人残された私は、残りの串を食べきってから、ため息を一つついた。

 まったくもって、想像がつかない。

 圭が見ている世界を、体感するということが。


(逆に、ちょっとおもしろそうじゃないか?)


 不謹慎にも、そう考えてしまう。自分とは異なる世界に興味がないと言ったら、嘘になる。何しろ、生まれてからここまで心霊現象なるものに遭遇したことがないのだから。


「それじゃあ、トイレに行って、飲み物でも買って、戻ろうかな」


 私は呟き、時計を見る。残り15分。それくらいの行動はできそうだ。

 店舗をガラス越しにちらりと見ると、籠にぽいぽいとお菓子を入れている圭の姿が見えた。なかなかに注目を浴びているが、本人はどこ吹く風だ。


「気にならないんだろうなぁ」


 自分の道を行く圭に感心し、私はトイレへと向かう。

 もう知っている仲だから、きっと5分前集合で許されるだろう。

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