8月1日(木)-2
「そういう目で見るなって。実際、肩は軽くなってるだろ? それに……あんた、ちょっとした不幸っていうか、ついて無い日のが多いんじゃない?」
青年、圭に言われ、私はぐっと言葉に詰まる。
先程の電話はたまたまラッキーだったが、他の同僚に聞くと上司が出る方が珍しいというのだ。
なぜそんなに上司ばかり出るのか、とからかい半分で「何か電波でも出てるんじゃないか」と言われたほどだ。
取引先とのちょっとしたトラブルも、思い当たった。どうしてそんなことが、という些細なミスが起こる。すぐに対処できるトラブルだったのが幸いしているが、立て続けに起こることだってある。
「ええと……それも、その、厄、とかいうもののせいなんでしょうか」
「可能性は高い。だって、さっき祓ったのにもうついてるし」
「ええ?!」
私は慌てて肩をぱたぱたと払う。そんな私を見て、くすくすと圭は笑った。
「それで、君は」
「圭、でいい」
「圭、くんは。それを喰らう、と言っていたけど」
「この世には、科学では説明できないことがある。俺もその類。あんたは厄付という、厄をつけるもの。俺は厄喰らいっていう、厄を喰らうもの。それだけだ」
「超能力、とか?」
「違うな、ああいう無を有に変えるような力じゃない。在るものは在るし、無いものは無い。ただそれが見えるかどうかだけだから」
「……すみません、ちょっと分かりにくくて」
私がそう言うと、圭は「だからさ」と言いながら手をひらひらと振る。
「常人では見えない、だがそこに在るものを俺は見る。それだけだよ」
「見えないが、在るもの……」
「そう。悪霊とかそういうものに近い。で、俺はそういうのが見えるから、見えない人を相手に商売している」
「それが、拝み屋ですか」
「そういう事。だから、厄がついているものを祓うのがお仕事って訳だ。簡単に言うと」
「じゃあ、喰らうというのは」
「そのままの意味だ。……俺の能力は、酷く飢えるんだ。だから、満たす」
「厄を、食べているんですか」
「そういう事。喰らわなければ能力は使えないし、喰らえば使える。ただそれだけ」
私は未知の世界の事を聞かされているようで、ただ「ふうん」とだけ言って頷いた。理解など出来そうも無かった。例え、自分が圭の言う厄付だとしても。
そんな中、私は気付く。喰らわなければ使えないと言う能力。しかし、いつでも満たされるなどと言う事があるのだろうか?
「それで、もしも喰らう相手がいない時はどうするんですか?」
「そこなんだよな。定期的に喰らわなければ、能力は落ちる一方だからな。そこで、だ」
圭はそう言い、にやりと私のほうをじっと見つめた。
「あんたと手を組みたい」
「……私と?」
呆気に取られつつ尋ねると、圭はにっこりと笑って頷く。
「そうすれば、厄付のおっさんの厄を定期的に喰らえばいいだけだろ?」
「ひ、人を点滴か栄養剤のように」
私が唸ると、圭はにやりと笑いながら「まーまー」と私を宥める。
「あんただって、定期的に厄を祓ってもらえるんだぜ? しかも、無料で」
「無料?」
「そりゃ、喰わせて貰ってるんだからさ。今日だって、報酬は要求してないだろ?」
確かに、とぐっと言葉に詰まる。厄を祓ったので、云十万払えとは、言われていない。半ば、強引に祓ってきたとしても。
「それで、私はどうしたらいいんだ?」
「実は、一件依頼が入ってる。そこで力を発揮するために、今日明日で厄を喰らい歩こうと思ってたんだけど、あんたが来てくれるならそんな労力はしなくて助かる」
そんな、食べ歩きみたいな言い方を。いや、間違ってはないだろうが。
「明後日、土曜日に出発する予定だったんだけど、一緒に来てくれないか? ちゃんと、お礼もするし」
「土曜日……」
「依頼主が温泉宿だから、一泊できるし。進行状況によっては、連泊するかもしれないし」
明後日から取ろうと思っていた、有休。温泉旅行。……ちょっと、楽しそうだ。
「分かりました。じゃあ、これ。私の連絡先です」
私はそう言い、名刺を渡す。圭はそれを手に取り、ポケットにねじりこんだ。
「じゃあ、明後日ここで集合な」
「分かりました。もし何かあったら、圭くんに連絡しますから」
「敬語じゃなくていいよ。ビジネスパートナーだもんな、おっさん」
「おっ……!」
「じゃあな、おっさん」
ドーナツの山がなくなったトレイを返し、圭はひらひらと手を振りながらドーナツ屋を出て行った。
「そうか……もう、私は、おっさんなのか」
一人残された私は、世間ではすでに「おっさん」と呼ばれる年代に自分がなっていることを、深くかみしめるのだった。