8月13日(火)-1
おかしい。
私はカレンダーを確認する。
休みは12日間あったはずだ。途中で仕事関連の問い合わせ電話に対応したりはしたものの、ゆっくり休めるはずだった。
連休の最初に夢のような、いや、ある意味夢の中のような体験をし、二度と足を踏み入れることすらないような高級温泉宿を堪能し、見慣れた自宅に帰ってきたのが、8月6日。つまり、先週。
なんと、今、あれから一週間経っているというのだ。
温泉は楽しかったけれど、やっぱり自宅がいいなぁとごろごろしたり、録りためていたテレビ番組を見たり、レンタルショップで見逃していた映画のDVDを借りて見たり、ふらっとコンビニ行ったり、宅配ピザを頼んでみたり……。
とにかく「休みにしたいこと」をのんびりとやりつつ過ごしていたはずだった。それなのに。
あんなにたくさんあった休みが、今日を合わせて残り三日しかない。
しかも、明日は実家の方に顔を見せなければならない。
「でもって、やれ結婚はどうだとか、相手はどうだとか、どこそこの誰々はどうだとか、そう言われるのか」
遠い目で私はカレンダーを見る。
高齢になった親が、独り身の息子を心配しているのは分かる。それでも、自分一人の力ではどうにもできないことを心配されても、どうしようもないのだ。
「まあ、いいや」
今日はごろごろできる最後の日だ。答えの出ないことで悩んでも仕方がない。
「今度は何か宅配の、ちょっといいやつでも頼んでみようかな。お寿司とか」
私は小さく呟き、カレンダーから目をそらした。何かいい宅配がないか検索しようとスマホに手を伸ばした瞬間、電話がかかってきた。
表示されているのは、桂木 圭。
「もしもし?」
また何かあったのだろうか、と不思議に思いつつ電話に出る。
「おっさん、今日、暇だろ?」
う、聞き方。
「暇、だけど」
「じゃあ、ちょっと出てきてくれない? 話したいことがあるって、うちの偉い人が」
「偉い人?」
「社長? 会長? なんか、そんなの」
ふわっとしているな。
「今から1時間後に、あのドーナツ屋の前で。よろしく」
圭はそう言うと、ぶちっと通話を切ってしまった。なんと一方的なんだろう。
いや、暇だし、1時間あれば十分だけれども。
私は一つため息をつき、出かける準備を始めた。偉い人というのは、圭が所属するとかいう拝み屋の……。
「あ」
そこまで考え、私は思い出す。
片桐さんの事を、圭は「会社のドライバー」と言っていた。つまり、圭は会社員だ。契約か、バイトか、そういうのは分からないけれど、拝み屋としての会社があって、その社員ということだ。
それならば、偉い人というのが社長か会長というのは分かる。
「分かるけど……会社として成り立つのかな」
不安を覚えつつも、私はひげをそってから着替える。が、何を着ていけばいいのかが分からない。
偉い人に会うのだから、スーツ? いや、だがプライベートだから私服? 一体何を着ていけばいいのだ。
圭に聞こうかと思ったが、あまりあてになりそうにないので諦めた。おそらく「そんなのどうでもいいじゃん」とか言うのではないだろうか。
付き合いは短いが、彼にはそういうところがある。大事なのは中身であり、その他は後で付随してくるという。
それはそれで真実ではあるのだけれど、それだけで済まされないのがこの世の中なのだ。
「どうしよう」
私は呟き、しばらく悩んだ末、スーツに袖を通した。
せっかくの連休中、最後の自宅でごろごろできるはずの日に、私は会社に出社するかのようにスーツで身を包んだ。
「上着は、ぎりぎりでいいだろう」
首を軽く回し、私は呟く。
久々のスーツは、どうも首回りが息苦しい気がしてならなかった。