はちがつー2
圭はぐっとこぶしを握り締め、しいちゃんを見ていた。
「俺は、そうやって見下されるのが好きじゃなくてな」
くつくつと笑いながら、ぐっと足に力を入れる。すると、次の瞬間圭はジャングルジムの上に向かって飛び上がっていた。
すごい、ゲームのキャラクターみたいだ!
「まずは同じ目線のところに行こうぜ!」
圭はそう言い、しいちゃんの頭を掴みにかかる。しいちゃんは「ふん」と一つ息を鳴らし、それをするりとよけた。
「頭を触られるのは好きではない」
「俺もだ、気が合うじゃねぇか」
避けられたものの、圭の闘志は消えていない。ジャングルジムの上に立ち、不敵に笑いながらしいちゃんを見ている。
「こうして立つと、やっぱり俺が見下すことができるな」
「降りろ、邪魔者め」
しいちゃんが眉間にしわを寄せる。着物の裾を掴み、左手を大きく横に振った。薙ぎ払うかのように。
しいちゃんの手の長さでは圭の場所にまで到達しないのだが、手ではなく風が圭へと到達する。
なるほど、強風はああやって発生させていたのか。
圭はその風をよけるように飛び上がり、再びしいちゃんの頭を掴もうとする。
「しつこい」
しいちゃんは忌々しそうに言うと、今度は圭が飛び上がっている方向に向かって腕を薙ぐ。
「時間差ねえのかよ!」
圭は叫び、もろに風を浴びる。ジャングルジムから吹き飛ばされた圭が、だんっ、と下に落ちてきた。
一瞬の事で、受け止めることすらできなかった……。
「いってぇ! あいつ、馬鹿じゃねぇの? なぁ、おっさん!」
「あ、うん、なんか、ごめん」
どう言っていいのか分からず、とりあえず謝ってしまった。
目の前で繰り広げられた展開がどこか現実感がなく、映画やドラマの世界のように感じられた。
なんだろう、ワイヤーとかもないし、特殊技術が使われたわけではないし。なんというか、ただ、すごいとしか言いようがない。
スタントマンの人も、地を蹴ってジャングルジムの上には上がれまい。
「何で謝ってんの? 意味わかんね!」
はぁ、とため息をつきながら、圭がぐしゃぐしゃと髪をかいた。
「おっさん!」
「はい!」
「補給!」
慌てて圭に近寄ると、私の肩のあたりをぐっと掴んで口元へと持って行く。今のまるで、スポーツドリンクを持って行くサポーターみたいじゃないか。
「……なんだ、そいつは」
ジャングルジムの上から、しいちゃんが私に向かって言う。「なぜ、お前のようなものがそのようにあるのだ」
あれ、ちょっと失礼じゃないか?
軽くムッとする私に、圭はぶっと噴き出した。ひとしきり笑ってから、しいちゃんに向かって「おかしいだろ?」という。
「お前の大好きな、それでいて大嫌いな厄付だ。惹かれるだろ? それでいて、いやだろ?」
なんだ、それは。
私の疑問をよそに、圭はくつくつと笑った。
「依り代、欲しいよな? でも、このおっさんは依り代にはなりえない。それなのに、妙に行かなければいけない気分になるんだろ? おかしいよな、うけるよな」
「ちょ、ちょっと言いすぎじゃないか?」
思わず口をはさむ。しいちゃんは私を見て、ぎりぎりと唇をかみしめている。痛そうだ。
「あの、しいちゃん?」
「寄るな!」
痛そうな唇に、じり、と一歩踏み出した私に、しいちゃんはジャングルジムの上から叫んだ。叫び、そして一歩、下がる。「こちらに、寄るな!」
「おっさんの肩の厄、大分減ってるもんな。寄っかかりたいよな」
圭はそう言い、再び地を蹴ってジャングルジムの上に飛び乗る。今度はしいちゃんによる風の拒否は、なかった。
「大体さぁ、お前、ジャングルジムから動こうとしないよな?」
圭の言葉に、しいちゃんは、ぐっと言葉を詰まらせた。見下したいからかと思ったが、私に寄ってほしくないのならば、ジャングルジムよりも向こうに行く方が早そうだ。
「おっさん、もうちょっと近づいてみて」
「え、でも」
「いいから!」
圭に言われ、おそるおそるジャングルジムに近づく。しいちゃんは「寄るな!」と叫ぶものの、やはりジャングルジムからは動かない。ただ腕を振り上げ、再び風で薙ぎ払おうとしてきた。
「そういうのは、俺にしとけって」
圭はそう言い、しいちゃんとの距離を詰める。ジャングルジムに近づく私と、自分に近づく圭と、どちらに風を当てるか迷ったらしく、しいちゃんは一瞬反応を鈍らせる。
「ええい、小賢しい!」
しいちゃんは圭に狙いを定め、風を薙ぐ。反応が鈍った後の風は、圭にとって脅威になることなく、軽くよけてさらに距離を詰めた。
がし、としいちゃんの腕を、掴むほどに。
「捕まえたぜ」
「くそ、離せ!」
圭にしいちゃんが捕まっている。私はジャングルジムにこれ以上近づくか軽く悩んだのち、最初の指示通りジャングルジムに近づいてみた。
「あれ?」
ジャングルジムは、外側しかなかった。内側にも張り巡らされていると思っていたパイプはなく、ぽっかりとした空間が広がっている。
広がっているというか、テントのような白いものが、真ん中にあった。
さらに近づこうと、ジャングルジムのパイプの隙間に手を伸ばしたが、ばん、と壁のようなもので跳ね返された。
ジャングルジムの外側に、ぴんとサランラップのようなもので壁を作っているような。
「もしかして……中に有姫ちゃんが?」
私は呟き、上を見上げる。圭はしいちゃんの腕をつかんだまま、にやり、と笑った。
「いるだろうな、多分。だから、ジャングルジムに近づいてほしくないし、離れられなかったんだろ?」
圭の言葉に、しいちゃんは唸った。当たりだ。
「有姫ちゃん、ここにいるのかい?」
ジャングルジムの外側から、声をかける。返事がない。いや、聞こえていないのかもしれない。
なにしろ、ラップのような壁があるのだから。
「……壁は、剥がれる。壁は、砕ける。壁は、既に、崩れるものとなれ!」
――だむっ!
圭が勢いよく、ジャングルジムの上から足を踏みしめた。手はしいちゃんの腕をつかんだままのため、柏手を打てないからだ。
踏みしめた瞬間、ぼよん、と壁が揺れたような気がした。圭は舌打ちをしたのち、同じことを繰り返した。すると、また再び、ぼよんぼよんと震えた。
「くそ、弾力あるな!」
圭はぐっとしいちゃんの腕を強く握る。しいちゃんが「あああああ」と叫ぶが、構わない。
(圭くんの、目が)
叫び声に見上げると、叫ぶしいちゃんと、掴む圭が見える。圭の目が、うっすらと光っている。
金色に。
「壁は、既に、崩れるもの、なり!」
――だむっ!!!!
今までで一番強く、圭が踏みしめた。すると、ぱりん、と軽やかな音がジャングルジムのどこかで鳴った。
薄いガラスが、割れたような音だ。
それを皮切りに、ばりばりと音を立ててジャングルジムの外側が壊れていく。パイプ部分と、壁部分が、同じように。
崩れていく端から、破片は光の粒子となって消えて行っている。それを私は、不謹慎にも、綺麗だと思った。割れるガラスと、色鮮やかなジャングルジムのパイプが、破片となった後に光と成る様は、イルミネーションを彷彿とさせた。
足場が崩れてきたため、圭はしいちゃんの腕をつかんだまま、地上に降りてきた。しいちゃんは抵抗を見せたが、強くつかまれた腕が痛いのか、うまく逃げだすことは敵わなかったようだ。
そうしてしばらくすると、すべてが消えた。
真ん中にあった、白いテントのようなものを除いては。