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はちがつー1

 鳥居をくぐった瞬間、私はぐらり、と周りの景色が揺らいだような気がした。軽い眩暈のような、一瞬体が浮かぶような。


「揺らいだ」


 ぽつり、と圭が呟いた。そうして、辺りをぐるりと見まわしている。

 私もそれに倣い、ぐるりと辺りを見回した。


 公園のように見えた。見えた、というのは、真ん中にジャングルジムがぽつんとあるだけで、ほかの遊具が見当たらないからだ。四方をぐるりと木々に囲まれ、真ん中にぽつんとあるジャングルジム。

 作りかけの公園、と言われても納得する。


「なんだ、ここ」


 思わず口にする。異様な光景なのは間違いないのに、なぜか懐かしい気持ちがする。かつて子供だった頃、朝から晩まで公園や近所を駆け回っていた時を彷彿とさせる。


 二十円三十円といった小銭を握り締め、近所の駄菓子屋で菓子を買い、友達と笑いあいながら食べたり、走り回ったり。

 喉が渇いたら水を飲むか、いったん家に帰って水分補給。お腹が空いたらいったん解散してご飯を食べ、また集合。

 待ち合わせなんていらなかった。ただ公園に行けば、誰かがいて、その誰かと一緒に遊べばよかった。

 学校がある時は、帰宅と同時にランドセルを玄関に放り投げ、また公園へ行く。同じような友達が、たくさんいた。


 そんな、今はやろうと思ってもできない、むしろやろうとも思わない生活を過ごしたことを、ひどく思い出すのだ。

 懐古と寂寥が、波のように私の心を揺らす。


「……おっさん、深呼吸と腹に力」


 圭に言われ、私ははっとする。ぼうっとしていた。


「ここは、公園、かな?」


 確認の意味でも圭に問う。圭はゆっくりと首を振った。


「公園、といえば公園かもしれないけど、なんか違う。こう、揺さぶってくる」

「揺さぶる?」

「心を」


 圭に言われ、私は「ああ」と納得した。私も、同じような体験を今し方したからだ。

 圭は小さく息を吐きだしてから、ゆるりと足を踏み出した。


「とりあえず、目立つ奴に行くしかないだろうな」


 真ん中にあるジャングルジムを見ながら、圭は言う。確かに、それ以外は特に何もないように見える。


「でも、なんというか、拍子抜けしたな」


 私が言うと、圭が「なんで?」と尋ねてきた。


「ちょっとおかしいけど、なんというか、変な空間だけど、公園みたいじゃないか。もっと、妙な場所だと思っていたから」

「ファンタジー世界みたいな」

「そうそう。ああ、異世界に来たんだなぁ、みたいな」


 流行りの、異世界転生、みたいな。


「違和感はすごいけどね。静かすぎるから」

「静かすぎる?」

「こんだけ木があって、虫一匹の声もしないし、何の音もしないのって、変じゃね?」


 私ははっとする。今の時期、木のあるところに蝉が来る。それはもう、大丈夫かな? と心配になるほどに。

 違和感に一つ気付くと、次々に気になり始める。


 まず、気温が分からない。暑くもなく、寒くもない。ちょうどよいのかと思いきや、そうでもないような気がする。

 そう、なんとなく、よくわからない。

 もやのかかったような空気というか、なんというか。どう表現したらいいか分からないが、夢の中のような感覚だ。


 ならばここは夢の中なのかというと、きっちりと地を踏みしめる感触はあるし、べたべた触ると触感もある。夢ではなさそうだ。


「これか」


 ジャングルジムに到達し、圭はそっと手を伸ばす。すると、強風が突如吹き、圭の体を押した。


「触るな」


 静かな声が響く。圭は「ふん」と小さく言い、ひらひらと手を振った。


「お前が主か」

「不快な訪問者だ。何をしに来た」

「何をしに来たって、一つしかないのはお前も分かってるだろ?」

「分からぬ。私はここで、契約を行使しているだけなのだ」

「その契約、本当に行使していいものなのか?」


 圭の問いに、声はぐっと言葉に詰まったように感じた。それを感じ取り、圭はくつくつと笑う。


「捻じ曲げたか」

「曲げてなど」

「ああ、もう面倒くさいな。大体、姿も現さず話するの、俺、好きじゃないんだよね」

「何を」


 声の主が戸惑う。圭は、ぱん、と柏手を打つ。


「ここの主の姿を示せ。現れよ。形取れ」

「やめろ」


 ぱんっ! より一層強い柏手の音が、響く。


「しいちゃん!」


 圭が声を張り上げると同時に、ぐにゃりとジャングルジムの上あたりが歪んだ。

 蜃気楼のように揺らめき、歪み、そうして一つの人型が現れた。

 少女だった。長い黒髪に、吸い込まれそうな大きな黒の目、大きな花柄の着物をまとっている。まるで、日本人形のようだ。


「よお、しいちゃん」

「名を、つけたか」


 忌々しそうに、少女、しいちゃんは言う。


「俺がつけたんじゃない。お前が自ら名乗ったんだろう? しいちゃん、と」

「伝えていたか。幼子に秘め事は難しいようだ」

「それが契約じゃないだろうな?」

「一つではあるが、重大ではない」


 先程から、契約という言葉が飛び交っている。

 察するに、しいちゃんと有姫の間で、またはしいちゃんと誰かの間で契約がなされ、それをしいちゃんが実行している、ということなのだろうか。


(あれ、でもさっき、捻じ曲げるって)


 つまりは、契約を実行しているけれど、その契約自体が本来と違うことになっているのだろうか。解釈違いみたいな。


「契約内容を示せ」

「できぬ。他者に漏らす内容でもない」


 はあ、と圭は大きくため息をついた。


「俺さ、なるべく穏便に済ませたいんだよなぁ」


 口調が変わった。形式ばったようなものではなく、砕けたような。


「こっちは別に、慈善事業でも何でもないんだ。俺が依頼されたのはただ一つ、有姫の目を覚まさせること。つまりは、ここから連れ帰ることだ」


 圭の目は、冷たくしいちゃんを射抜く。


「そこにお前の有無はない、この空間の保護もない」

「お、おい、圭くん」

「黙れ、おっさん」


 強い。私は仕方なく口を閉じる。


「さあ、どうする」


 迫る圭に、ごう、と強風がまとわりついた。しいちゃんはジャングルジムの上でけらけらと笑った。


「どうもこうもない。お前たちを帰せばいいだけのこと」

「なるほど」


 圭は風の中で頷き、にい、と笑った。

 愉しそうな笑みだった。

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