きっかけはぼっち
3人の出会いは幼稚園。
犬塚 犬養 犬上
犬がつく苗字で仲間だね!と意気投合した。
3人は幼稚園、小・中・高と同じ学校を経て
今春、仲良く同じ大学に合格した。
桜も見頃が終わり、道の端に花びらだまりができはじめた頃。
3人組の唯一の男子である犬養と、犬塚美桜莉はキャンパス内のベンチで話していた。
「いやー、正直切り出しづらかったんだよ。
でも、こんなに歓迎してくれるなんて思わなかったわ。
特にさ、お前が”3人組”に強い気持ちを持ってたから、言い出すタイミングがなくてさ
受験が終わるまで…合格発表のあと…入学してから…て感じで今になってごめんな。」
申し訳なさそうな顔で美桜莉を見る犬養。
大学を機に垢抜けて、ミルクティー色に染めた前下がりのゆるふわウェーブに刈り上げられた髪。やや丸めの目が長い前髪の隙間から見える。
「やだなぁ、長年の付き合いでしょ。ここは祝福させてよ。ガミちゃんを泣かせたら許さないからね!?」
「それはもちろん!…ありがと。スッキリしたよ。…じゃあ、いくわ」
「うん。」
さっきまでの陰った表情とは打って変わって、ぱぁっと明るくなった顔でベンチを立つ犬養。
美桜莉は彼を見上げて、笑顔で見送る。
”眩しい”
校舎の方へ向かう彼の後ろ姿を見ながら思った。
”恋をしている人はこんなにもキラキラしているのね…なんて眩しいの…”
向かった先を見ていると、校舎の角を曲がったところに、
3人組の残り一人、犬上の姿がチラリと見えた。
”ガミちゃん…!気を使ってくれて二人にしてくれたんだね。
その配慮…本当、かわいいなぁ。うん、犬養が好きになるのもわかるわかるっ!”
ベンチの横にある桜の木を見上げてふと、3人で過ごした記憶が脳裏を掠める。
”もう3人は難しいかな…”
少し寂しい気もしたけれど、妬ましい気持ちなんて微塵もない。
むしろ、祝福する気持ちになれた自分に安心もした。
風がブワッと舞い上がり、散りゆく桜の花びらが一層多く降る中、美桜莉は思った。
”でももしかして…キャンパスライフが始まって早々、ぼっち…!?”
***
”いやいや!これからたくさん友達ができるって!”
そう思ってから一ヶ月。大学生活に慣れるのに必死だったのと、生活費のためのバイトとで
挨拶や軽い会話程度の友達はたくさんできたものの、深く付き合える友達はまだできていなかった。
「これから、これから」
そう強がってはいたものの、やっぱり一人でいると時間は長く感じて、それが寂しさを誘ってくる。
”そうだわ、癒されて元気をチャージさせてもらおう…!”
そう思いやってきたのは、SNSでよく見かける猫カフェ『もふり』。
実は美桜莉は苗字に犬がついてはいるが、猫が大好きだった。
実家でも飼っており、それはそれは、受験シーズンには特に癒し要員として大いに助けてもらったものだ。
雑居ビルの2階に展開するそれは、窓には猫のカッティングシートが貼られ、肉球模様のレースのロールカーテンが下ろされている。
時々、窓に近づく猫のシルエットが見えて、しっぽをぴーんと立てていたり、毛繕いをしたりする姿に期待が膨らんだ。
美桜莉はビルの横にある、狭めの2階直通の階段を昇っていった。
期待通り、美桜莉は大いに癒されていた。
”ああっ…かわいい…っ!”
猫じゃらしをふりふりすると、急に目が真剣になりそれを追う猫ちゃん。
それを見つめながら改めて考えてみた。
”一人の時間って今まであんまり楽しんでいなかったかもしれない…
取り残された気持ちになっていたけど、そうじゃなくて、せっかくの一人時間。
自分で楽しくすることを考えてみよう…!”
そう、前向きに思い直したところで、美桜莉の膝に猫が一匹乗ってきた。
「あら!キミきてくれたの!?ありがとう〜」
とわしゃわしゃと頭を撫でているところにもう一匹。
そしてまた一匹、膝に乗ってきた。更に左右に一匹ずつ。
「わぁっ!もふもふがこんなに…!嬉しい…!」
大所帯になってきた猫たちを、両手で抱えるようになでなで、ほっぺですりすり。
美桜莉は至福の時を過ごしていた。
猫たちは止まらない。
さらに美桜莉の周りに集まり、膝に乗ってくるものだから、座り姿勢がキープできず思わず姿勢が崩れて床に寝転ぶ形となってしまった。
そうすると余計に猫たちが群がり、クンクン、ペロペロ(ザリザリ)の総攻撃をくらう。
”ちょ、ちょ…と、今日モテすぎじゃない…!?”
「お客様…っ!?」
猫に埋もれる美桜莉の手を掴み、店員が引き上げてくれた。
「ああ、すみません。ありがとうございます…!」
助けてくれた店員を見上げて、その姿に美桜莉は驚いた。
「…!」
「…?」
この反応に、店員は一瞬不思議そうな顔をするが、すぐにそれはすんとした表情に戻った。
それをみて美桜莉は気づかれないように、うっすらと苦笑いを浮かべた。
”ああ、やっぱり犬童くんだ…。”
テキパキと美桜莉に未だ群がる猫たちを剥がしている彼は、180cm近くありそうな長身。控えめなセンター分けの黒髪、長めの前髪から見えるか見えないかの切長の目では、表情は読み取れない。
美桜莉は一旦事務所へと案内された。
「怪我はないですか?」
「あ、はい大丈夫です。」
店から借りたコロコロで自身についた大量の猫の毛を巻きとりながら答える。
「お詫びとしてですが、次回無料券とおやつ券、それからオリジナル猫じゃらし進呈券です。
こちらぜひご利用いただければと思います。今回は申し訳ありませんでした…。」
犬童は、猫の模様がついた小さな封筒を差し出した。
「え…」
「?」
「い、いいんですか!?」
表情が晴れ、純粋に喜ぶ美桜莉の勢いに、若干躊躇した様子の犬童だったが、話は淡々と続けた。
「えっと…はい、今回はこちらが気付くのが遅れたことでご迷惑をおかけしました。
ぜひまたご利用いただければと思っております。」
「わあ…うれしい!ありがとうございます!」
その後、美桜莉は犬童にビルの階段下まで送ってもらうと、嬉しそうに言った。
「またきます!」
「…お待ちしております。」
お辞儀をして帰って行く後ろ姿を見ていた。
「…すごく猫に好かれてたな…」