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夢見るように夢見たい  作者: 鬼居かます
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【最終話】終章:下

今話でこの作品は終わりとなります。

いままでありがとうございました。


 そして次の休日。

 私は鬼平くんと美術館に向かった。そこは最近できた大きなもので、白亜の荘厳な造りのもので、私は入館するのに少し緊張したのであった。




「ここって都立でしょ?」




 私は鬼平くんに尋ねた。すると鬼平くんは首を横に振る。




「国立だよ。……それだけ世間に認められたってことだよね」




 私は美術館の壁に下がっている大きな垂れ幕を見た。そこには『東田誠一郎展』と書かれてある。

 会場に入るとすでに人々が列を作っていた。そして受付には東田先生とその横にひげを生やした細身の中年男性が笑顔で立っていた。

 おそらくその男の人が東田先生のご主人で、東田誠一郎画伯に違いない。




「あら、鬼平くんとみすずさん。来てくれたのね?」




 受付に到着すると東田先生がにっこりとした笑顔で出迎えてくれた。それはとてもうれしそうな表情だった。そして東田先生は東田画伯に私たちを紹介してくれた。




「ああ。……三十五年前にお世話になったね。あのときはありがとう」




 すると画伯は周りの人たちの怪訝そうな顔つきなどおかまいなく、そう言って私たちと握手をしてくれたのであった。




「すごい……」




 私は展示されている絵画に目を奪われた。それは画伯の初期の頃から現在の作品が時系列順に並んでいて、その美麗な油絵に圧倒されたからだ。




「……これ、東田産婦人科医院にあったものだよね?」




 鬼平くんが尋ねたので私はうなずいた。

 それはポニーテールで制服姿の少女を描いたもので、確かに東田先生の医院に展示されているものだった。私は改めてモデルになった若き日の東田先生……、千葉美佐子さんを思い出す。




 ……やっぱり私が影響を与えちゃったんだよね。




 あのとき、夢の中で私は千葉美佐子さんにモデルになることを勧めた。その結果が目の前の作品だった。遠くを見つめているその視線の先は、今、こうして立派な場所に展示されることを夢見ていたのかもしれない。




 だけどあれから三十五年後にこうして飾られることを東田先生は予感していたんだろうか……。そんなことを考えたら不思議な気分にさせられた。




 そのときだった。




「ああっ……」




 鬼平くんが小さくだけど叫び声をあげた。




「ど、どうしたの?」




 私が尋ねると鬼平くんは隣に展示されている大きな絵を指さしていた。

 それは二百号の大作で、小高い丘がある大草原を描いた絵画だった。青空が背景にあり、白い雲が浮かんでいる。そして地面には青々とした草が生えていて、それが風にたなびいて波模様を作り出している。




「……これが僕の理想郷なんだ」




 私は鬼平くんにそう言われて、改めて絵をながめる。




「……すごいね。まるで絵の世界に吸い込まれそうな気分。きっと初夏で風が気持ち良さそう」




 私がそう言うと鬼平くんは静かにうなずいた。そして私たちは時間にして十五分はその風景画に見とれていたと思う。




 そしてその後、東田画伯の絵を次々と鑑賞した。東田誠一郎さんは風景画が得意と言うのは本当のようで、日本や外国の都会の町並みや大自然の景色が多かった。




「人物画は少ないね」




 鬼平くんがそう言ったので私はうなずいた。




「うん。でも愛妻家ってのはわかるよね」




 私はそう答えた。展示されている人物画はいくつかあったけれど、そのどれもが東田先生がモデルになったものばかりだったからだ。




 こうして私と鬼平くんは休日を満喫した。

 そして帰りの電車の中である。そのとき乗った列車は偶然なのか空いていて、私と鬼平くんは並んで座れたのである。




「……少し疲れたね」




 そう言う鬼平くんを見ると、静かに目を閉じていた。たぶん眠いのだろう。そして私もいつしか目を閉じてまどろんでいたのである。




 ――そして気がついた。




「……まったく僕たちは観たこと聞いたことに、本当に影響を受けやすいね」




 そう鬼平くんの声が聞こえてきたのである。私は目を開けた。すると頬を伝う風と夏草の青々とした匂いが届いた。




「あれ……?」




 私の見上げる空には風に流される真っ白な雲が見えた。私は地面に横になっていたようで上半身を起こすと、……辺り一面の大草原だった。




「……きれい」




 私は思わずつぶやいた。ここは地平線まで見渡せる草むらで、ところどころに背の高い木が生えている。そして地面には雲が作った影があって、それが風に流されて行く。




 ……東田誠一郎さんの絵の風景なんだ。




 私はさっき鑑賞した風景画を思い出す。




「これが……、鬼平くんの理想郷?」




「うん。これが僕のDNAに刻み込まれた原風景なんだ。……どう、これも悪くないでしょ?」




 私はうなずいた。確かにスリーココナッツアイランドも捨てがたいけれど、この景色もとってもすばらしいからだ。




「……これは鬼平くんが見ている夢?」




「だろうね。僕が思い描いた理想郷なんだから」




 すると私はくすっと笑う。




「どうしたの?」




 鬼平くんが尋ねてきた。




「うん。約束を守ってくれたんだって思ったら楽しくなっちゃったの」




 私がそう答えると鬼平くんは少し不思議そうな顔になる。




「約束? ……なんだっけ?」




「もう……」




 私は少しむくれた。……鬼平くんはいい人だ。だけどちょっと鈍いのが欠点なのだ。




「鬼平くんが入院していた病室で約束してくれたじゃない?」




 すると鬼平くんは、ああっと言った表情になる。




「そうだった。……確か実際に大草原には連れて行けないけれど、夢の中なら大丈夫って話だったね」




「そう。……やっと来られたんだよ」




 私は立ち上がって辺りを見回した。すると丘に登っていく小径が見えた。だけど人の気配はまったくない。




「……私たちだけみたいだね?」




「うん、僕たち以外は誰もいないみたいだね」




 私は横に立つ背の高い鬼平くんを見上げた。そして言う。




「ねえ……」




 私は静かに目を閉じた。すると鬼平くんが、えっ、と一瞬戸惑う声が聞こえて来たのであった。




「もう……」




 私は不満の声を漏らそうとした。だけどそれはやさしい感触でふさがれたのであった。



                                      了


今話でこのお話は終わりです。

長い間、ありがとうございました。



 


よろしければなのですが、評価などしてくださると嬉しいです。


私の別作品

「生忌物倶楽部」連載中


「いらぬ神に祟りなし ~少子化問題解決します~」連載中





「四季の四姉妹、そしてぼくの関わり方。」完結済み


「固茹卵は南洋でもマヨネーズによく似合う」完結済み


「甚だ不本意ながら女人と暮らすことに相成りました」完結済み


「墓場でdabada」完結済み 


「甚だ遺憾ながら、ぼくたちは彼の地へ飛ばされることに相成りました」完結済み


「使命ある異形たちには深い森が相応しい」完結済み


「空から来たりて杖を振る」完結済み


「その身にまとうは鬼子姫神」完結済み


「こころのこりエンドレス」完結済み


「沈黙のシスターとその戒律」完結済み




 も、よろしくお願いいたします。

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