56 第三話「夢見るように夢見たい」 依頼
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「私から説明するわ」
振り返ると東田先生が私に向かってそう言った。
「……な、なんですか?」
私は急に不安に襲われた。なにか良からぬ気配を感じたからだ。それは息苦しさとも言えた。よくは説明できないけれど、ぴりりとした苦みみたいなものが、口の中に広がったのだ。
「みすずさん。……私は鬼平くんの手術をした。そして必ず鬼平くんを取り戻すって約束したわ」
「……は、はい」
私はベッドで無言で横たわる鬼平くんを見た。胸元まで布団をかけて、頭には白い包帯がぐるぐる巻きにされている。そして目は閉じられていた。
「……でもね。約束は半分だけしか守れなかったの」
「は、半分……?」
「ええ。……鬼平くんの腫瘍は確かに除去できた。そして術後の経過も悪くはないわ。……でもね、意識が戻らない可能性があるの。……いや、高いのよ」
「……っ!」
私は思わず絶句した。それが意味するのをおぼろげながらも理解したからだ。
「……そ、それって」
後は言葉にはならなかった。
「植物状態……なのよ」
そう言って先生はうつむいた。重々しい空気がこの部屋を支配した。私も鬼平くんのお母さんも、園絵も有紀も瞬くんも東田先生が言う意味を理解したのであった。
「……鬼平くんは息もしているし、心臓も動いている。……だけど」
意識が戻らないのだ。……つまり鬼平くんは戻って来ないのだ。
私はへなへなと崩れ落ちそうになった。
だけど必死にこらえた。私なんかよりもずっとショックを受けているはずの鬼平くんのお母さんが涙を浮かべながらも、取り乱さずにしっかりとその重みを受け止めているのが見えたからだ。
「……な、なにか方法は……?」
私は頬に伝わる涙を拭おうともせずに、東田先生を見た。
そう尋ねながらも、私は最悪を覚悟していた。植物状態になった人間はずっと意識が戻らなくて、ずっとそのままだと言うことが多いのも、私は聞いたことがあるからだ。
……だから、たぶん……無理。
私はうつむいた。
足元の床に涙のしずくがぽたりぽたりと落ちるのを、ただぼんやりと他人事のようにながめていたのだ。
すると声が降って来た。それは東田先生の静かだけど、良く通る声だった。
「……手立てはないわけじゃないわ。だから、私はみすずさんにこの話をしたのよ」
「……ええっ」
私は頭を上げて先生を見た。見ると先生はうっすらと微笑を浮かべている。
「あなたにしかできないことなの。……鬼平くんを取り戻すには、私の力はもう及ばないのよ」
そう言うのだ。
「……ええっ? ど、どういうことですか?」
私は思わず勢い込んで、そう尋ねていた。そのときの私はここは病院で、しかも重体の鬼平くんがいる病室であることへの思慮も欠けていて、大声で叫んでしまっていたのだ。
「鬼平くんは、今、夢を見ているのよ。……だから、わかるわよね?」
そう東田先生は言った。
「あ、……わかりますっ!」
私はその意味を理解した。鬼平くんの意識は夢の中にあって現実世界に戻って来られないのだろうと思ったのだ。
するとそれは正解だったようで、東田先生はゆっくりとうなずいたのだ。
「あ、あの……。私、実は鬼平くんの鵺と会っているんです」
「鵺? ……本当なの?」
先生は驚き顔になって私に尋ねてきた。
「はい。……鬼平くんが学校のグランドで倒れてからなんです。それから私の夢に鬼平くんの鵺が現れているんです」
私は私が見た夢を詳しく説明した。それはいつも学校の屋上にいる夢で、真っ白な鵺は鬼平くんの背丈や輪郭がそっくりなことや、うめき声をあげて苦しそうにしていることなどだ。
すると東田先生は満足そうにうなずいた。
「それは間違いなく鬼平くんの鵺よ。鬼平くんはあなたに助けを求めているのね……」
そう言うのであった。
「で、でも鬼平くんの鵺は、しっかりと言葉をしゃべれないので、なにをして欲しいのかわからないんです」
「それはあなたが見つけるしかないわ。……あなたが自分で答えを見つけて、鬼平くんを取り戻す。それしか鬼平くんを救う手段はないの」
「……わ、わかりました」
私は返事をした。そして見回すと鵺とか夢世界とかの事情を詳しく知らない園絵や瞬くん、鬼平くんのお母さんが不思議そうな顔をして私を見ているのに気がついた。
いや、違う。
鬼平くんのお母さんは鬼平くんがそういう体質なのは知っているだろう。だけど私までも夢見る体質なのを知っている訳ではないから、そういう表情になったのだろう。
唯一の例外は有紀で、私と鬼平くんとは有紀の見た夢の世界で会っている。その有紀は私を見て、深くうなずいてくれた。
そして東田先生の手配で、鬼平くんの病室にベッドが運ばれた。看護師さんたちが車輪のついたパイプベッドを持って来てくれたのだ。
そして私は横になる。
「じゃあ、行ってきます」
私はそう告げた。すると東田先生がうなずくのが見えた。
「すぐに眠れるかしら? ……無理なようなら睡眠剤を用意するけど」
だけど私は首を横に振る。確かに私は今、興奮している。そして同時に不安も感じる。どうしてかと言えばそれは責任感だ。
今の鬼平くんを助けられるのはこの世に私しか存在しない。
だけど幸い、私は眠るのだけは得意なのである。そんな私に薬など必要はないと思ったのだ。
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私の別作品
「生忌物倶楽部」連載中
「いらぬ神に祟りなし ~少子化問題解決します~」連載中
「四季の四姉妹、そしてぼくの関わり方。」完結済み
「固茹卵は南洋でもマヨネーズによく似合う」完結済み
「甚だ不本意ながら女人と暮らすことに相成りました」完結済み
「墓場でdabada」完結済み
「甚だ遺憾ながら、ぼくたちは彼の地へ飛ばされることに相成りました」完結済み
「使命ある異形たちには深い森が相応しい」完結済み
「空から来たりて杖を振る」完結済み
「その身にまとうは鬼子姫神」完結済み
「こころのこりエンドレス」完結済み
「沈黙のシスターとその戒律」完結済み
も、よろしくお願いいたします。




