35 第二話「遠い日」 理由
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「あ、そうだ。……今日の昼間、私の高校の屋上を調べたの」
「調べた? なにをかしら?」
「うん。屋上のフェンス。……フェンスが二重になってたの。高さが胸元までのステンレス製の手すりが元々あって、その後に背の高い金網のフェンスが設置されたのがわかったんだ」
「へえ。じゃあ、それって、……過去に誰かが飛び降りをしようとした可能性があるんじゃないかしら? それで後から背の高いフェンスが作られた可能性があるわね?」
「うん。鬼平くんもそう言っていたんだ」
「おにへいくん……?」
千葉さんがそう尋ねてきた。
私は、あっ、と思った。鬼平くんのことは千葉さんにまだ話していないことを思い出したのだ。
「え、えと……。鬼平くんて言うのはクラスメートの男子。……別に全然関係ないから……」
私はそうあわてて答えた。すると千葉さんは、へー、っと流し目を送ってくる。
「……まあ、いいわ。そういうことにしておきましょう」
そう言うのだ。私は仕方なく空咳をひとつして場を繕った。
「……で、その鬼平くんが意見では、それこそがパラレルワールドの証明じゃないかって言うのよ」
「……するどいわね、その男の人。……確かにそうかもしれないわ。私がいる大沼東高校では屋上は出入り禁止。でも浅井さんが通う大沼東高校では屋上には背の高いフェンスが増設されている。……それこそがまさにパラレルワールドの証明ね」
そう言って千葉さんは腕組みをして考え込んでいた。
「あ、あのさ、……今日は話があるんだよ」
すると腕組みを解いて千葉さんが私を見た。
「話? なにかしら?」
「うん。……この間、言ってたよね? 好きな人にどうしたら気持ちが確認できるかわからないってさ」
「うん、言ったわ」
「あのね、私のクラスで付き合っている人たちがいるの。小泉園絵って女の子と松田瞬くんって言う男の子なんだけど……」
「小泉園絵さんと松田瞬くんね?」
「うん。でね、その園絵たちに訊いたんだ。付き合い始めたきっかけってなに? って」
「うん」
「そうしたらね。きっかけは自然なんだって」
「自然?」
すると千葉さんは意外なものでも見るような視線になった。
「うん。時が来たら自然にそうなるものらしいんだ。……園絵たちの場合は中学が別々になるかもしれないってことから、互いに告白したみたいなんだけど、それでも気がついたら自然になんだってさ」
「自然ね。……いいわね。そういうの好きだわ」
千葉さんはにっこりと笑うと遠くを見つめる目になった。
「……私たちもね、もしかしたら卒業したら別々になっちゃうかもしれないのよ」
「卒業したら? 引っ越しでもするの?」
「うん。……もしかしたらそうなるかもしれないの。……進路が違うのよ」
「進路? ……ああ、大学の話ね」
私も千葉さんと同じ高校二年生だ。だけど私なんて進路を真剣に考えたことなんてない。進学するか就職するかも決めてないのだ。だけど千葉さんにははっきりと目指す道があるらしい。
「あのね。……私、お医者さんになりたいの」
「お医者さん? ……大変じゃない。受験が難しいんでしょ?」
「うん、大変よ。……それに私の家はお金持ちじゃないから、国公立じゃないと進学させてくれないの」
「ええっ? じゃあ五教科全部勉強しなくちゃいけないんでしょ?」
「うん。……私は英語や理数系は割と得意なんだけど、古文と歴史が苦手なのよね。だから毎日そればっかり勉強してるのよ」
「古文と歴史って難しいよね」
私はそう言ってうなずいた。確かに私もその教科は苦手だった。……いや、それに限らずにだけど……。
そこで私は訊きたいことがあった。
それは千葉さんが、どうしてお医者さんになろうと思ったのだろうと言うことだった。
私にとってお医者さんと言うのは、理数系の人が目指す進路としては、考えられる限りの上でかなりのハイレベルだ。
文系で言えば司法試験に合格して弁護士になろうってのと同じぐらいじゃないかと思っている。
大手企業の正社員や公務員になるのだって難しいって話なのに、よりによって最難関に挑戦する気構えみたいなものが気になったのだ。
「ねえ、……どうして千葉さんはお医者さんになろうって思ったの?」
すると千葉さんは左手を見せてくれた。
「へ? ……な、なに?」
「よく見て。……私の左手の親指に縫い跡があるのがわかる?」
そう言われた私は千葉さんの細くて白い指先を見つめた。その指先に指紋とは異なるかすかな細い線が発見できた。
「……あ、ある」
「ね、あるでしょ?」
「どうしたのこれ?」
すると千葉さんはその指を愛おしく右手で包み込んだ。
「これはね、私の医者へのあこがれ。……これのお陰で将来は医学部に進もうって思ったのよ」
「あこがれ?」
「ええ。……これはね、私がうんと小さい時に怪我した跡なのよ。……鉛筆を削ろうとしてね、ナイフを使ったの。そしたら……」
「指を切っちゃったんだ?」
「ええ。……左手に鉛筆を持ってナイフを右手に持ってね。……そしてこうしてやっちゃったのよ」
幼い頃の千葉さんは鉛筆の削り方を知らなくて、先を削ろうとして、ナイフの刃先を向こうではなく手元の方に引いてしまったのだ……。
「い、痛かったでしょ?」
「ええ。指がすっぱりと切れたわ。血がとても出て、お母さんが言うには指がちぎれそうになったらしいのよ」
すでに遠い過去の話なのだろう。千葉さんはさわやかな笑顔でそう告げた。だけど私はその痛さを想像してしまった。きっととんでもない痛みだったに違いない。
「……大丈夫だったんだよね?」
「ええ、もちろん。……そのとき近所のお医者さんに駆け込んだのよ。個人医院でおばあさんのお医者さんだったの。いつもかかりつけのお医者さん。……で、あっというまに縫い合わせちゃったの」
「へえ……」
「それでね。幼い私だったけど、将来は絶対に医者になろうって決めたのよ」
そう千葉さんは宣言した。なんだか颯爽としたその姿勢に私は圧倒された。
よろしければなのですが、評価などしてくださると嬉しいです。
私の別作品
「生忌物倶楽部」連載中
「いらぬ神に祟りなし ~少子化問題解決します~」連載中
「四季の四姉妹、そしてぼくの関わり方。」完結済み
「固茹卵は南洋でもマヨネーズによく似合う」完結済み
「甚だ不本意ながら女人と暮らすことに相成りました」完結済み
「墓場でdabada」完結済み
「甚だ遺憾ながら、ぼくたちは彼の地へ飛ばされることに相成りました」完結済み
「使命ある異形たちには深い森が相応しい」完結済み
「空から来たりて杖を振る」完結済み
「その身にまとうは鬼子姫神」完結済み
「こころのこりエンドレス」完結済み
「沈黙のシスターとその戒律」完結済み
も、よろしくお願いいたします。




