26 第二話「遠い日」 対岸の鵺
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「ぬ、鵺っ!」
鵺がいた。
対岸の岸辺を一歩一歩ゆっくりと歩いて来るのが見えたのだ。
有紀の鵺とは外観が異なっていた。色は黒ではなくて、グレーの身体を持つ人型サイズの鵺だ。
「……でも、鵺ってことは誰かの悪夢ってことよね」
私は鵺の様子をうかがいながら、そっと立ち上がる。そしてこっそりと立ち去ろうとした。
「……どうか見つかりませんように」
私はそう祈りながら元来た道へと足を進めた。
そのときだった。
「……グボボボボッ」
と、静寂を破るような叫び声も聞こえてきたのだ。
「……ひっ」
思わず身を固くした。怖くて怖くて、涙が出てきた。間違いなく鵺は私に気づいたに違いない。
そして振り返ると鵺が対岸の正面に立っていた。
「……に、逃げようっ!」
この川は浅い。たぶん私の膝下くらいしかない。だから鵺がその気になれば、あっという間に渡りきってしまうに違いない。
「えっ?」
私は後ろずさりながら、驚きの声を上げていた。
鵺はそれ以上近寄ってこなかった。
川面をながめて躊躇した感じになって、そして頭を上げると恨めしそうな雰囲気で私をじっとながめているのだ。そして手を伸ばしてなにかを探すように宙をさぐり、そしてなにかに弾かれたように手を引っ込めることを繰り返しているのだ。
「ど、どうして?」
私は不思議に思った。なにか鵺の前に見えないバリアーみたいなのがあって、それが鵺をその場に押しとどめている感じなのだ。
すると私は大胆になった。
後ずさりを止めると座っていたベンチまで引き返した。
そして座った。
それは鵺を挑発する訳じゃなくて、もっと様子を見たいと思ったからだ。
私がベンチに腰掛けると鵺も動きを止めた。そして私と鵺は幅三メートルを挟んで対峙した形になったのだ。
「ねえ、あなたは誰の鵺なの? どうして鵺を夢に登場させたの?」
私はそう話しかけてみた。
鵺には必ず鵺を登場させる夢主がいる。それは有紀の悪夢ですでに実証済み。だとすると今度も誰かの悪い夢であるに違いないからだ。
でも鵺はなにも言わなかった。ただ静かに立ち尽くしている。そんな感じだったのだ。
「もしかしたら、私の言葉がわからないのかな?」
鵺は誰かの良くない思いが具現化したもの。有紀の鵺に言葉が通じなかったことを私は思い出す。
そのときだった。
「えっ? ええ?」
今は九月だ。だから鵺の背後にある桜並木は緑の葉をたくさん茂らせている。だけどそれが一枚一枚と茶色に色づいて、やがてはらはらと落葉し始めたのだ。
私はあわてて辺りを見回す。するとその現象は私の方の桜には発生してなくて、ふつうに緑の木々のままだった。
私はもう一度対岸を見る。すると鵺の方の桜はすっかり葉が落ちていた。そして見ていると変化はそれだけじゃ終わらなくて、すっかり葉っぱが地面に落ちて桜の木は裸になった後、細かい枝から新芽がふつふつと膨らみ始めるのがわかった。
「ど、どういうこと?」
私はそのとき鵺のことを忘れてしまっていて、桜の枝を注目する。
「う、嘘っ」
――咲いていた。
そしてそれは一輪だけじゃなくて、見る見るうちに満開になり一面桜色に染まったのだ。
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私の別作品
「生忌物倶楽部」連載中
「いらぬ神に祟りなし ~少子化問題解決します~」連載中
「四季の四姉妹、そしてぼくの関わり方。」完結済み
「固茹卵は南洋でもマヨネーズによく似合う」完結済み
「甚だ不本意ながら女人と暮らすことに相成りました」完結済み
「墓場でdabada」完結済み
「甚だ遺憾ながら、ぼくたちは彼の地へ飛ばされることに相成りました」完結済み
「使命ある異形たちには深い森が相応しい」完結済み
「空から来たりて杖を振る」完結済み
「その身にまとうは鬼子姫神」完結済み
「こころのこりエンドレス」完結済み
「沈黙のシスターとその戒律」完結済み
も、よろしくお願いいたします。




