クズになれなかった男 しょうもな度☆3
僕は好きではない。
僕は、クズにはなれなかった。クズが言いそうなことは何となくわかっていた。ここでこう言えば曖昧な関係に持って行ける、こう言えば誤魔化せる、なんてこともわかっていて、やれなかった。少しやってみたいという気持ちはあったが、僕にそんな勇気は無かった。良心が傷んだ、と言いたいところだが、人を傷つけることが怖かっただけだ。人を傷つけて自分が罪悪感に苛まれるのが嫌だっただけなのだ。そんなクズにもなりきれないゴミみたいな僕にもついてきてくれる女性はいた。可愛くて、性格も合っていて、趣味も被っていて、でも全部同じな訳でもない、最高の彼女だった。
ある日、尋常じゃない痛みに襲われ、僕は倒れた。すぐさま病院に運ばれ医者にこう言われた。
「この状態で今まで普通に生きていたのが奇跡というレベルです。言いづらいですが、余命はだいたい3ヶ月くらいでしょう」
僕は呆然とした。当たり前だ。死に向き合ったことなんて1度もなかった。他の誰かの死に向き合ったこともない。ただ真っ先に浮かんだのは彼女の顔だった。彼女を悲しませたくなかった。死ぬことなんて言いたくなかった。幸いにも彼女のいない場所で倒れたので知られることはなく、そのまま僕は隠し通そうとした。思ったのだ。大切な人が死ぬ体験なんて、彼女にさせていいものだろうか、と。このままどこかへ消えれば、僕が死ぬ悲しみを味わわせずに、ただ恋人がいなくなった悲しみだけ感じて普通に生きていけるんじゃないか、そう思った。そこから僕は計画を練った。といっても、ただ浮気の現場に鉢合わせさせるといういたって簡単な方法だ。そこからすぐに引っ越せば、終わる話だ。それなのに、考えているとどうしても涙が出てくる。でも、やらなければならない。
そして決行の日になった。
本当に浮気をする気にはなれなかったのでお金を払って浮気相手役を用意した。彼女が来るであろう時間の前に家に呼び、ベッドに一緒に寝る予定だ。雇った浮気相手役も来た。もうすぐで彼女を解放できる。セリフもある程度用意した。演劇をやった事があるため、演技には少し自信があった。
約束まであと1時間だ。そして僕は何とも言えない焦燥に駆られている。本当にこれで正しいのか。裏切る形で傷つける方が悪いんじゃないか。そう思ってしまった。この思考を僕は止められない。途端に怖くなった。この僕の思考を誰かが知っていたら、間違いなく僕をクズと呼んだだろう。彼女のためを思って、なんて言葉を吐いたくせに結局は彼女が傷つく顔を見たくないだけだ。自分が悪者になりたくないだけだ。でも、それでも、僕は自分をクズだと思いたくなかった。もう、限界だ。こんなものを抱えて一人で残り少ない人生を生きて行けるはずがない。告白しようと思った。浮気相手役の女性にお金を満額払って帰ってもらい、ただ彼女が来るのを待った。
彼女が家に着いてインターホンを押し、応える。鍵を開けて、彼女が入ってきて、ドアが閉まる。途端に抱きしめた。その一瞬がとても怖くて、愛しかった。普通の恋人としての最後のスキンシップだと思ったからだ。
そのまま全てを話した。病気のことも、今日しようとしていたことも。怖くなってやめたことも。彼女は泣いた。僕も泣いた。向き合うことは傷つくことだと、身をもって知った。ああ、ありがちだな、とも思った。だからこそ僕たちは人間たりうるのだろう。
そこからは好きなことをした。出かけたい場所に出かけて、一緒にゲームをした。普通の暮らしだ。それを噛みしめて生きることなんて無かった。
最後は、幸せに逝かせて貰えた。僕は、クズにならなくて、なれなくて良かったと思う。