一木式ジャンケン必勝論 〜勝ちたければチョキ出すな〜
皆さんこんにちは、春早々蚊と奮闘していました一木です。
皆さんはジャンケンをやったことはありますでしょうか? かくいう私も何かにつけてジャンケンで決着をつける節がありまして、私の人生においてジャンケンというものとは切っても切り離せない重要な立ち位置となっております。
そんな私ですが、過去1498戦中、1340勝と言うかなりの高い勝率を誇っており、それなりにジャンケンは強い人間であると自負しております。
私自身はアマチュアですが以前はプロジャンケン選手にも勝利したことがありその実績は折り紙付きとも考えております。
今回はそんな私が伝授する『ジャンケン必勝法』についてお話したいと思い本作を執筆したものです。
さて本題に入る前、皆さんはジャンケンに対してどんな思いを持たれておりますでしょうか? このような質問を一度投げかけてみましょう。
多くの方はこう言うのです。
「子供の遊びだ」「勝ったところで何になる?」「勝ち方を知っても大人になったら使えない」などなど……
悲しいことにジャンケンに対して価値を見出せていない方々が多くおられます。ただ、これは仕方のないことなのです。世は学歴社会、子供に「勉強しなさい!」と都度都度言い聞かせる親はいるものの、「ジャンケンを強くしなさい」という親は私自身ほとんど見たことがありません。
「ジャンケンなんて強くなっても将来のためにならない」そんな思想を持った人間が多く存在しているのが現実なのです。
とはいっても、一度考えてみてください。もし、自分がジャンケンに弱かったら……?
いや、言い換えてみましょう。「もし、一世一代の大勝負。そんな時ジャンケンで敗北してしまったら……?」
ジャンケンは勝ち負けを争う国技です。人を肉体的に傷つけることなく勝負が明白になる競技です。それ故、ジャンケンというものは日本全国、ありとあらゆる決め事に使われてきました。
「給食で余った1つのプリンを争う」、「鬼ごっこの鬼役を決める」ような事案…… この程度でしたら軽視されるのも頷けますね。
しかしながら、もし、その場面が自分の運命を左右する出来事であったら……?
ジャンケン一つで自分の命運が決まってしまうような出来事に遭遇したら……?
負けた時のこと、考えたくないですよね。
私の知人で、子供の名前をジャンケンで決めたという夫婦がいます。
夫は自分の子の名前を「きび団子ジュニア」という名前にしたかったようですが、妻側は「優介」を譲らなかったという場面がありました。しかしながらお互いに全く折り合いがつかず結局この名前を「ジャンケンで決める」ことになってしまいました。
そんな中、その子供の妻が私に対して涙目で「絶対に旦那にジャンケンで勝ちたい」となきせがまれ、教えを請われたことがありました。当然です、己の敗北によって子の名前が「きび団子ジュニア」になってしまう事態が発生してしまったから絶対負けられない気分になったのでしょう。
子の名前が両親のじゃんけんによって決まってしまう…… そんなことが起こってしまうのがこの令和の世の中なのです。
幸い、妻側が勝利し子の名前が「優介」に落ち着いたのでよかったのですが、もし、仮に夫側が勝利し子の名前が「きび団子ジュニア」になってしまったら……?
それこそ、目も当てられないですよね。名付けられた子も気の毒です。
これはほんの一例ですが、忙しい現代社会になるにつれジャンケンの立ち位置が徐々に大きくなっているのが現状なのです。
肝心な勝負に必ず勝つ…… 上記事例を見て少しでも背筋が凍ってしまった方は本書をご覧になっても損はしないことでしょう。
本書は歴戦で勝ち抜いた私自身の経験と知識、理論から基づいた「誰でもできる」ジャンケン必勝法になります。肝心要で敗北しないように、本書を読んで是非ともジャンケンに委ねられた己の運命に抗っていただければと思います。
さて、前置きが長くなってしまいましたがここより本題であるジャンケンの勝ち方についてお話していきたいと思います。
先に結論だけ申し上げますと本作タイトルにも記述されております通り『チョキを出さない』に尽きないです。
「えっ、それだけ?」と驚かれた方々も多いと思います。それだけなんです。チョキを出さない、それだけで上記のような戦績を出すことができるのです。
「どうして?」「なぜ?」そんなお声が多数かと思われます。その理由を下記にて簡潔にご紹介いたします。
・『チョキは動作までに他の手と比較して若干ディレイがある』
比較的出しやすいグーやパーと比べてチョキは60分の3秒程出し遅れてしまうという欠点があります。これを俗にいう『フレーム不利』というものです。
この理由は色々ありますが、一説では『人体構造上』の問題であるということです。つまりは、相手が人間である限り誰でも該当すると読み取れますね。
チョキは『フレーム不利』である。これすなわち読まれやすいという結論に導かれてゆきます。
「ジャンケン」と同時に出される手。慣れてしまえば相手がチョキが出ると判断した瞬間、グーを出すことは可能です。グーは出しやすくパーに比べて若干『フレーム有利』なので、頑張れば目押しで間に合います。
これがチョキが不利たる所以、そしてチョキを出してはいけない理由の一つ目です。
・『最初はグーの初手で敗北』
かつて日本を風靡したコメディアン。そんな彼が編み出したジャンケン術『最初はグー』は皆様もご存じでしょう。
この戦法は発案当初からあまりの強さにより瞬く間に広がり、初手グー1強の環境と化してしまいました。その環境は未だ是正されることはなく継続されており、逆にそれと平仄を合わせるべく今となっては「最初はグー」があたかも合言葉のように前置きをして次手にて勝敗を決めるという流れとなってしまいました。
そんな環境下、愚かにも「最初はチョキ」をしてしまった場合はどうなるのでしょうか?
言うまでもなく敗北ですね。「最初はグー」が流布されている中、そんな愚かなことをする奴は救いようがないことでしょう。
「最初がパー」をしてしまえば、現代日本では「ズル」と裁定され、その勝負結果は反故にされてしまう傾向があります。
しかしながら「最初はチョキ」をしてしまった時は、大体その結果がそのまま有効となることが多いです。一見理不尽に聞こえますが、相手方が基本『善意』であるため保護されてしまうからです。大体初手でグーが出ることがわかっている中チョキ出す奴なんて助ける必要ないでしょう。
上記傾向から判断して初手で敗北が確定しているカードを『強い手』と下すのは些か難しいと思われます。弱い手は出さない、これがチョキを出してはいけない理由の二つ目です。
・『チョキは小さな子が出せない』
はいはいからよちよち歩きに至るまで…… 概ね、0歳〜1歳にかけての乳児とジャンケンをすることを想定いたしましょう。
ジャンケン界隈では、英才教育が浸透しており幼少期からジャンケンの訓練をする赤ちゃんも最近多いようです。「パパ」「ママ」の単語を覚えた次は「ジャンケン……」という言葉を覚える赤ちゃんが増えてきました。
少しばかり話が逸れてしまいましたが、幼少の子供とジャンケンをするとき、とある懸念事項がありました。
それは、「パー」と「グー」は出せるのに「チョキ」が出せない…… あるいは出しにくいという事です。
これは「パー」及び「グー」が単純な手であるものと比較して「チョキ」は人差し指と中指を立てなければならず複雑な手であることが要因です。
また、「小さな手」にとってな中々「チョキ」を作るのは苦しいようで、赤ちゃん界隈では「チョキ」を敬遠する傾向が多発しているようです。
仕方のないことです。「チョキ」は小さな子供にとって優しくない。これは明白であり自然の摂理でもあります。むしろジャンケンで「チョキ」を採用してしまった方に問題があるのではないかと思惟いたします。
「だからどうした……?」こういった身勝手な考えはすぐさま見直すべきだと私は思います。幼き、弱き子に対して嫌味のような複雑な手を強いる「チョキ」。弱者に対して苦痛を強いる「チョキ」こんなのをどうして出して良いのでしょうか。
これがチョキを出してはいけない理由の三つ目です。
・『チョキはバトルスタイルがあまりにも悪道すぎる』
ジャンケンに関するバトルスタイル理論というものを時折新聞などで話題となることがあります。ジャンケンで繰り出した手はそのまま戦える。場合によっては自身の窮地を救うものとなり得る…… そういった記事がひと頃は散見されました。
グーはさながら「ゲンコツ」です。嫌なことがあれば相手を殴る。己の意志を貫き通したい時はその意志を手にこめて思い切りパンチする。正義感の強いバトルスタイルであると定評があるのは皆さんもご存知でしょう。
パーは平手打ち。ふざけた考えをもつ方の目を覚まさせるべく「ビシッ」と叩くのが王道のようです。魔に刺された相手を元に戻す。グーよりは火力が弱いですが、何よりやられた相手は「はっ」となります。幻惑から、誘惑から、錯乱から目を覚ます。攻撃的な面も評価できますが、何よりそういった治癒的な意味を持つのが大きな魅力です。
ワケの分からないことをいう輩がいたら平手でピシャッと一撃かましてやりましょう。このバトルスタイルもグー同様に評価が高いです。
対して「チョキ」…… このバトルスタイルといえば目つぶしに他なりません。
目つぶしですよ、目つぶし。場合によっては冗談では済まされない事になりうる可能性がとても高い戦法です。
……悪道すぎませんか? これは流石に嫌らしいと感じました。確かに「グー」「パー」による攻撃を受けたら痛いです。しかしながら「チョキ」はヒットしたら痛いじゃ終わりません。あまりにも外道すぎます。これをやる人は真の卑怯者であると見て良いでしょう。
また、非常に脆く、突き指してしまう確率がとても高いです。諸刃の剣…… そんなクセして邪道戦法。使用箇所も限定的である為、評価はマイナスの一途です。
喧嘩で勝てないものはジャンケンでも勝てない。私の師匠が生前このように仰っていました。
「チョキ」は心の弱い、卑怯者が使う手です。そんな人はきっと喧嘩もジャンケンも弱いことでしょう。
これがチョキを出してはいけない理由の四つ目です。
・『グー→拳、パー→掌、チョキ→??』
日本には漢字という素敵な文化があります。『拳』かっこいいですよね、まさにグーの象徴と言うような力強さを感じます。
『掌』…… どことなく、穏やかで、優しいパーを表す漢字ですよね。
そして、チョキは象徴する漢字がありません。これは恥ずべき事です。伝統ある日本文化の一つである漢字にもならない『手』。これを出す人もまた恥ずべき人物と思った方が良いでしょう。
「漢字はジャンケンの強さに関係ない」…… こう思われた方は一度落ち着いて考えを改めていただいた方が良いかと思われます。ジャンケンはこういった事細かなスタイルが大事であり、勝ち負けにダイレクトに響いてくるからです。
そもそも「チョキは漢字にされなかった」…… こういった事実からも読み取れることが多数ありますね。つまりはそういうことなのです、「長い時間の中、チョキだけが漢字にならなかった」……歴史が全てを物語っています。
これがチョキを出してはいけない理由の五つ目です。
・『理論上、パーはチョキに勝つことは可能』
愚かなチョキがそれでも唯一勝てる相手がいます。それは『パー』です。
「どうして勝てるの?」この由来は皆さんご存知でしょう。
ジャンケンの由来からある通りチョキはハサミを模しています。そしてパーは紙を再現しております。
「紙はハサミに切られてしまう。だからチョキはパーに勝つ」と……
さて、この考え、どうも私は首を傾げてしまうのです。
上記理論に基けばどうも勝ち負けは紙が切られてしまうか、そうでないかのようです。なるほど、切られてしまった紙は無惨にも負けを認めるしかないようです。
でも、ハサミって基本的に紙を切る為に存在するものですからそりゃ当然だって話ですよね。後発メタな存在が故にはっきりいって「後出し」と等しいものと私は思っています。その理論だと勝てるわけないじゃないですか。勝敗判定があまりにもチョキ有利であると思考致します。
話は少し変わって「パー」が「グー」に勝てる理論をおさらいしてみましょう。ご存知「グー」は石を表しています。
「石は紙に包まれてしまう。だからパーはチョキに勝つ」
重く、硬い頑強な石でも広く大きな紙の前では包まれてしまい無力のようです。
どうも、パーの勝敗は「その物体を包めるかどうか」で決まることが伺えます。なるほど、紙で包めるものであればパーの勝ちであると……
この理論に基けば……紙でハサミも…… 包めますよね。
理論上、パーでもチョキに勝てるんですよ。
とはいっても現在のルール下に基けばどんな正論を翳そうとも「パー」は「チョキ」に勝てない事になっております。
まぁ、将来この状況が長く続くとは考えにくいのですが、現状のルールがそうであるのなら従う他ありません。
人々の考え方が変わればいつか、パーでもチョキに勝てるという日が来るということです。そう遠い将来ではないと私は予見しております。近々パーがチョキに勝つ…… そんな日が来るとわかっているのにも関わらず未だにチョキ専をやっていること自体嘆かわしいことであると私は認識しております。
少なくとも今後「チョキ」に対して追い風がくることはまずありません。今すぐにでもチョキを出すことを改めるべきであると考えます。
これがチョキを出してはいけない理由の六つ目です。
・『そもそもチョキ派は人格破綻者が多い』
ジャンケンには3つの派閥が存在します。グーを軸にして戦術を展開する「グー派」、同様に「パー派」「チョキ派」の3つです。
この中で、一番悪徳を持つ輩共が「チョキ派」であると思っております。
破綻している…… 本当に性格が終了っているのです。いやもう…… 本当に滅亡ってます。
こんなことを言ってしまったら「元も子もない」と言われてしまうのは承知の上、炎上覚悟で申し上げておきますが……
『チョキ派は本当に人格破綻者が多いです』
そもそも数ある手の中にチョキを選択するというヒネクレっぷりが性格に現れていますよね。なんでチョキ派になるのが私にも理解できません。
根拠もない暴論だ! という方々に私のエピソードを一つご紹介いたしましょう。
とある日の事、私は商談をすべく企業先に訪問したのですが、その時とある人物と会いました。
「はじめまして」と私が挨拶をするとその人はあろうことか、挨拶を返さず無言で後ろへ振り返り無礼にも初対面の私に向かって放屁をかましてきました。
この時点で私は「あ、こいつチョキ派だな」と確証を得てしまいました。チョキ派は下品で失礼な奴、そのテンプレそのままの行為に私は怒りを覚えるどころか失笑してしまいましたね。
そして私の「商談の行方をジャンケンで決めよう」という安い挑発に向こうは引っかかり商談の決着をジャンケンで決める事になりました。
案の定私の勝利。「グー」を出す私に対し相手は「チョキ」…… 絶対にチョキを出すと分かっていたので勝負をする前から決着は既についていました。
本当、チョキ派ってどうしてこうも道を誤ってしまうのでしょうか。本当に親不孝者です。
チョキ派は人格破綻に陥りやすく、すぐグレて親を泣かせてしまいます。
親を悲しませたくなければすぐさま「チョキ派」に属するのはやめるべきです。絶対にお勧めしません。
これがチョキを出してはいけない理由の七つ目です。
いかがでしたでしょうか? チョキを出してしまうと「勝てない」のではなく「負けてしまう」のです。
「チョキを出さない」それだけであなたのジャンケンの勝率はものの見事に上昇していく事でしょう。
人生最大の勝負に勝つ……
皆様が本書を手に取りジャンケンで勝ち進み、栄光の未来を勝ち得ることをお祈りして本文の締めといたします。
『ジャンケンに委ねられた運命に抗え』
一木 川臣




