アンケート
アンケート、アンケート、アンケート、アンケート。
まったく、どこもかしこも、アンケートだらけだ。
教壇に立つ、この老齢の国語教師は、次年度の授業改善のために生徒アンケートを取るらしい。
くだらない。
じゃあ何だ。
僕達が「笑いが足りない」と書けば、次年度この教師は慣れない一発ギャグをやって見せるとでも言うのか。
僕達が「聞いてばかりで眠くなる」と書けば、グループワークの時間が多く設定されるとでも言うのか。
知っている。
こいつに最初から授業を変える気なんてない。
何十年積み上げた授業スタイルを変える気などないことは、こいつの今までの態度を見れば分かる。
現に、去年と今年を比べても、のっぺりとした語り口も、本当に目の前の僕達が見えているのか怪しい目線も、変化のないままだ。
どうせ僕達が3年生になっても変わらない。
この老人は、アンケートを取ることを目的としてアンケートを取っているのだ。
無力感が身を包む中、僕は「まったく当てはまらない」を選び続ける。
質問内容などそっちのけで、ただマークシートの④を塗り潰し続ける。
……そういえば、SNSのアンケート機能で結末が変わる、あの漫画にも腹が立つ。
昔から、あの手の漫画家は大衆の望むものを描く為に存在するのだろう。
だが、ああも露骨に可視化されると、こちらも興醒めである。
何一つ裏切られることのない、希望通りの展開。
僕達はバッドエンドの裏側にあるハッピーエンドを望むのであり、
ハッピーエンドしか約束されていない世界に興味はないのだ。
無意味なアンケートを取る、目の前の国語教師は無論のこと、
アンケートをコンパス代わりに使用している漫画家にも腹が立つ。
お前の意思はないのか。
アンケートの通り描いたとして、それはお前の作品と言えるのか。
……しかも、あの漫画は僕が希望した結末にはならなかった。
それも相まって、やはり腹が立つのだ。
漸く書き終わった、等間隔に黒く塗り潰された不自然なマークシートを、教卓前の封筒に入れる。
程なくして休み時間になり、スマホを取り出す。
1年ほど続けているスマホゲーでも、最近人気投票が始まった。
1位のキャラクターは、ガチャの排出率が上がるらしい。
何万という投票数に冷めてしまって、結局投票していない。
家に帰ったときの、母親の「晩ごはん何がいい?」という質問も然りだ。
結局希望したものは「面倒臭い」と切り捨てられるから、ここ最近は何も答えない。
ここまで空想して、徐々に気づき始める。
僕が何に苛立っているのか、その本質に。
「西原」
不意に、名前を呼ばれる。
目の前には同じクラスの女が立っていた。
「さっきのアンケート、国語係で職員室に持って行くんだって」
「そうなんだ」
「一緒に持って行こうよ。西原も国語係でしょ」
何でだよ。一人で持って行けるだろ。
「一人だと、係で仕事してる感がないからさ」
「……」
渋々、特段仲が良いわけでもない、この女について行く。
「意味ないよね、このアンケート」
抱きしめるように封筒を抱えながら、女は言った。
それは既に僕の中にあった発想だ。
だが、先程とは違い、女の言葉は僕の腹の黒さとは相容れなかった。
相手の言葉を、体内でもう一度消化する。
「……それ、持つよ」
「え?……ああ。じゃあ、はい」
怪訝な顔をする女から、さして重いわけでもない封筒を受け取る。
封筒と一体化しているかのような錯覚に陥る。
下心から半端な優しさを見せたと思われているなら癪だが……。
まあ、いいか。