93.上回る風情
「うおー着いたっす!」
「着いたぞー!」
はい、止めてください。公衆の面前で大声出すのは止めてください。俺達まで変な人達だと思われるんで。
「ふぅ、時間通りね。朝一の新幹線で来た甲斐があったわ。そして見なさい? あの前方に見えるのがお花見場所よ」
「まだ午前中ですもんね? んー? 前方って……近っ! 彩花先輩、意外と近くないですか?」
「へぇ、あれが後黒公園かぁ。噂通り、駅から結構近いね。そして、垣間見える桜の木……確か様々な種類の桜の木が3000本近く植えられてるらしいよ?」
3000本? そんなに? てか、俺恥ずかしながらここの事全然分からないんですけど。
「3000本も? 凄いね六月ちゃん!」
「うん! でも……本当にいっぱいありそう。この感じだと、お堀の周りはもちろんだし……あれ? もしかして中央に天守閣っぽいのあります?」
「おっ、正解。中心には後黒城があるみたいだね」
「へぇー……って、六月ちゃん! ここからその天守閣見えるの?」
「うん。少しだけど」
おいおいマジか? そんなのぼやけて全然見えないんですけど? お堀? そこの桜しか見えないんですけど?
「じゃあ早速行きましょ? どうせなら間近で見ないとね?」
「了解ー! 楽しみだねぇ」
「うん、ホント楽しみだよ恋ちゃん」
「うおー! 一番乗りだ!」
「負けないっすよ! 片桐先輩」
はい止めてください。歩道を全力で走らないでください! 頼むから黙って歩いてくれぇー!
「「「「うわぁぁ」」」」
確かに……こりゃ皆の声がハモるのも無理はない!
駅からさほど距離はないとはいえ、近くで見るそれは……圧巻だった。お城を囲むお堀になぞられる様に植えられた桜の木。絶え間なく続くピンク色の花弁は、まるでお城を隠すカーテンの様に俺達を待ち構えていた。
「この景色、変わらないわね」
ん? 変わらない?
「えっ? 葉山先輩来た事あるんですか?」
「小さい頃にね? 記憶が正しければ、中はもっと桜の木で溢れていたはずよ?」
「本当ですか? 早く見たいです! ねぇ六月ちゃん」
「うん!」
「慌てないの、それじゃあそこの門から園内に入りましょ?」
「はぁい」
「はーい」
でも、これ本当にすごいな? ただ歩いてるだけなんだけど、右側には常に桜の花があるから、まさに桜街道って言葉がぴったりだわ。しかも、あの門もでけぇ! てか、戦国ゲームに出てくる門そのまんまじゃんか!
「園内はあの門の先らしいな」
「これは急ぐしかありませんね!」
なにをそんなに急ぐ必要あるんだよっ!
「よっと、着いたぁ! この門潜ったら園内ですよね?」
「そうよ。おそらくもっと凄いと思うけど?」
目の前にまで近付いた、身の丈をはるかに超える大きな門。ヨーマが言うにはその先は、お堀の桜よりも凄い光景らしい。まぁ、そんな事を聞いて、女性陣は黙って居られるはずもなく。急ぎ足で歩き出す。
速っ!
そんな彼女らに置いて行かれないように必死で着いて行くけど、どうもそこまで急がなくても良かったみたい。なぜなら、門を潜った辺りで女性陣がいきなり立ち止まってたから。
ん? どうし……た?
「すごい!」
「道の両側に桜の木があって、まるで桜のトンネルみたい!」
まさにその通りだった。門を抜け右へと曲がる道の先、その両側から余すことなく突き出た桜の枝が重なって、まるでトンネルの様な姿を見せる。
右から左、上に至っても一面桜の花びらで覆われ、まるでおとぎ話に迷い込んだ様な……そんな錯覚さえ覚える。それ位、見た事の無い光景が広がっていた。
「綺麗……」
「本当に綺麗……」
あの男2人でさえこれだ。ぶっちゃけヨーマの言ってた凄いって意味がちょっと分かんなかったんだけど……こりゃ納得。想像をはるかに上回る凄さだよこれは! しかも入り口からこれって、中は一体どうなってんだ?
「はいはい、公園マップだよ?」
「先輩! はいどうぞ!」
何なんだよ男2人! ホントに風情ってもんが無いよね? いや、マップ貰ってきてくれたのはありがたいよ? でもさ、お前らも少しは感動しなさいよっ!
とまぁ、こんな賑やかさのまま、俺達は目の前の桜を堪能しながら、マップを頼りに公園内の散策を始めた。
「見て! こっちゃん、凜! 赤い橋!」
「中にもう1つお堀があるんだぁ」
「内堀ってやつかな? でも木製のアーチ橋、水辺に桜ってなんか雰囲気合いすぎだよね?」
確かに、なんかばっちり合ってるよなぁ。
「皆で写真撮ろう!?」
「良いわね、皆集まって? あっ、シロ? 皆のスマホのシャッター頼むわね?」
えっ、俺は入れないんすか? カメラマン決定ですか?
「おい、相音! 見ろ、ウルトラトリニクボーだってよ!」
「男のロマンじゃないっすか! 早く食べましょ?」
おぃ! そこの2人! どうせならお前らのどっちかがシャッター押せよ!
「見て! 下に垂れてるよ?」
「おぉ! 枝垂桜ってやつか!」
「やばいっすね!」
「こらこら、待ちなさぁい! 歩いて行ってねー?」
結構な人混みなんだからさぁ、頼むから歩いてくれよぉ。ったくなんで高校生の心配しなきゃいけないんですかね? とりあえず凜、蓮と男2人頼んだわ。
……ん? なんかあそこに建物あるぞ? 似つかわしくないと言えばその通りなんだけど……
「あれっ? 葉山先輩、あの建物って何なんですか?」
「ん? あぁ早瀬さん、あれはね? 後黒芸術大学よ」
「芸術大学って……あそこ大学なんですか?」
へぇ、この公園の中にあるのか。
「えぇ、まぁそれに関しては采の方が詳しいと思うわ? そうでしょ?」
「まぁ、月並みの事は知ってるよ。でも実際に見たのは初めてだけどね?」
月並み? それにしても、桐生院先輩とこの大学にどんな関係が?
「采先輩、なにか関係でもあるんですか?」
「そこまで深い関係って訳じゃないよ? ただ……」
ただ?
「父さんの母校なんだよね」
父さん? あれ? 確か桐生院先輩のお父さんってデザイン会社の社長さんだっけ? 待てよ? だったら、そんな凄い人が卒業したとなると、かなり名の知れた……
「け……ゴホン! 采のお父さんが卒業したって事は大体のレベル分かるでしょ? ここはね、芸術・デザインに関しては鳳瞭や京南をも凌ぐのよ」
「えっ、マジですか?」
「ははっ、まぁ話に聞く限りだけどね? ただ、実際に見てみるとその話もあながち間違ってないかもね」
ん? どゆ事?
「先輩それって……」
「父さん言ってたんだ。春は桜、夏は青葉、秋は紅葉、冬は木々の枝に雪が積もって、まるで冬に咲く桜。とにかく四季折々を肌で感じて、間近で見て居られる場所でさ、そんな自然の姿見てたらデザインのアイディアが止まらないんだって。でも……実際に来てみると分かったよ、本当に。父さんの言ってた事の意味が」
駅から近いにも関わらず、自然豊かでその変化を間近で感じられる、最高の立地って訳か。
「おーい! 早く! 樹齢100年のソメイヨシノだってよ!」
「ごめんごめん、今行くよー! さっ、行こうか」
桐生院先輩もうちょっと見たかったんじゃないかな? いや、本当に空気読めない奴で申し訳ないっす。
「見て! 黒いこんにゃくだって!」
「すごーい! 買おう買おう」
「六月ちゃん! チョコバナナにイチゴ飴にリンゴ飴だって!」
「すごい綺麗」
「だよね! だったらもちろん?」
「全部くださいー!」
「全部くーださい!」
おいおい、そんな買って大丈夫か?
「片桐先輩! あそこに鬼が居ますよ!」
「なに? だったら退治だ!」
って、お前らは別行動するんじゃないよ! 出店続いてる辺りから滅茶苦茶混んでんだぞ? 迷子だけは勘弁なんだよ!
「にしっ、ツッキー! 楽しいね」
ん? おっ、恋か。
「若干心配な奴らは居るけど、こういう雰囲気は嫌いじゃ……って、トリニクボーとリンゴ飴で両手塞がってんじゃねぇか!」
「だってぇ、美味しそうだったんだもん」
ったく、まぁ恋らしいっちゃ恋らしいか。しかも口に若干あんこらしきもの付いてるんですが?
「なぁ、もしかして串団子とかも食べました?」
「えっ! なんで分かったの!?」
「いや、あんこ付いてるし」
「きゃー、どこどこ?」
「いいよ、俺拭くから」
「えっ……あっ、うん」
えっとティッシュはっと……あった。なるべく優しく拭かないとな?
そーっと……って! やべぇ、なんか当たり前のようにあんこ拭いてるけどこれって結構あれじゃね? いやいや俺的には良いんだけど、こういうのって親しき仲の人がやるべきもんじゃ? しかも恋! 目つぶってんじゃないよ! 一気に恥ずかしくなるじゃねえか!
「よっと!とっ、取れたぞ」
「あっ……ありがとう」
なんか普通に拭いちゃったけど大丈夫だよな? 人前でこんな事ー! とかって言われないよな?
「ねぇ……ツッキー?」
うおっ、なんだ?
「ん?」
「その……スマホとお財布ツッキーの鞄に入れてくれない?」
……はい?
「かっ、鞄に?」
「うん。実は今日急いできたから鞄忘れちゃってポケットに入れてたんだけどね? この人混みだと落としそうでさ? しかも……両手ふさがっちゃった。てへっ」
舌出して、てへっ! じゃないよ。若干の緊張感で溢れた俺の気持ちを返してくれ! まぁ、それ位お安い御用だけどさ。
「そういう事ね? いいよ、じゃあそのリンゴ飴とトリニクボー持つから、俺の鞄に入れて?」
「やった。じゃあ……ちょっと待ってね? ……はい! お願いします」
差し出されたリンゴ飴とトリニクボーを受け取ると、恋はそそくさとポケットの中から財布とスマホを取り出す。そしてそのまま、俺の鞄の中へ。まぁ少し大きめの財布、女の子のポケットに入れとくのは不安になるのも無理はないよな。ひとまず俺の鞄に入れといた方が幾分かは安全だろう。
「ふぅ、なんか軽くなったぁ。ありがとうツッキー」
「どういたしまして。はいよ、リンゴ飴とトリニクボー」
「サンキュー。ツッキー!」
そう言って俺に見せる恋の笑顔は、やっぱり可愛かった。それこそ、ここ最近こんな近くで笑顔を見る回数なんてめっきり減ってたし、久しぶりってのもあるかもしれない。それでも……出来るなら毎日見たい。
「あっ! ツッキー!」
はっ! なんだ!
「どうした?」
「見て見て? お化け屋敷だって!」
おっ、お化け屋敷? あぶねぇ! てっきり俺の考えてた事バッチリ顔に出てたのかと思ったよ! それで? お化け屋敷って……あぁあれか?
昔ながらの妖怪。そんな文字が大きが書かれた看板が掲げられている大きな建物。文字通りザ・お化け屋敷で間違いないだろう。
それこそこの時期限定で作られた簡易的な物なんだろうけど……ぱっと見その面積は結構広いし、入口辺りは暗くて雰囲気もある。それに……さっきからちょいちょい悲鳴のようなものが聞こえてきていた。
「結構人は入ってる感じだよな?」
「だよね? お化け屋敷かぁ……ねぇツッキー一緒に入らない?」
えっ!? マジで? これは願ってもないチャンスじゃないか? 2人きりでお化け屋敷と言ったら……それこそボーナスゲームだろ!?
「えっ? 恋はこういうの得意なのか?」
「特別得意って訳じゃないけど……なんか気になっちゃってさ?」
気になって? こりゃ行くしか……
「恋? シロ? 早く来て? はぐれちゃうわよー?」
「えっ? あっ、彩花先輩、待って下さいー! あちゃー、ツッキー行こうか?」
「あっ、あぁ」
くそっ! 要らない時に呼ぶんじゃないよヨーマ! 久しぶりの2人きりの時間が……
「でもさ、ツッキー?」
「うん?」
「今は無理だったけど、皆で休憩してる時とかに……絶対お化け屋敷行こうね?」
「おっ、おう」
……可愛い過ぎだろ!
まぁそんな感じで、ちょっと楽しみが増えたまま。俺達新聞部御一行は、ワイワイガヤガヤお花見を満喫して行った。
「モチモチフライドポテトだって!」
「よっし、俺買ってきます!」
「じゃあノーマルとチーズの2つお願いするわ?」
「了解です! 葉山せんぱぁぁい!」
「見てください! 臨時のメイドカフェがありますよ!」
「あら、六月ちゃん。ここに約2名経験者が居るわよ?」
「えっ、誰ですか?」
「なんかものすごい勢いで顔をそむけた人が2名……まさか恋さんと琴さん!?」
「ちょっと! 経験済みってどういう事っすか! その辺もっと詳しく……」
「行こう! こっちゃん!」
「うん! 恋ちゃん!」
「あっ、逃げましたぁ!」
「待てー!」
「待つっす!」
文化祭のあれ、結構恥ずかしかったんだろうなぁ? てか、当日はその場の雰囲気もあってノリノリでも、後日思い返すと一気に恥ずかしくなるパターン。分かるわ、その気持ち分かるわ……
「ちなみに執事経験者も居るわね?」
「だっ、誰ですか!?」
そこに反応するんじゃないよ! 凜!
「これはすごいな? 大きな樽の中をバイクが壁走り? サーカスか何かかな?」
「壁走りって……落ちたら……」
「六月ちゃん止めてよ。想像しちゃうじゃん」
「でも面白そうだよなぁ」
「俺も興味あるっす!」
「あら、せっかくだし見ていきましょうか?」
「えぇー!」
「賛成!」
ははっ、確かにバイクの壁走りなんてサーカスにでも行かないと見られなくないか? てかそれにしたって皆楽しそうだなぁ。
「なんか皆楽しそうだな? 恋」
皆の楽しそうな様子、それは後ろから見てる俺にとってもなんだか嬉しくなる光景だった。だからこそ、横に居るはずの恋も同じ気持ちだろうと思って……何気なく話し掛けたんだ。でもさ……
恋からの返事はなかった。
ん? 聞こえなかったのか?
「ん? 恋?」
さっきまで恋が居たはずの場所。俺は横へと顔を向けて、もう1度恋に話し掛ける。けど、やっぱり恋からの返事はなくて……恋の姿もなかった。
はっ? 居ない!?
その場に立ち止まり、急いで辺りを見渡す。相変わらずの沢山の人で溢れ返っているけど、見える範囲でも人混みの中に恋の姿を見つける事は出来ない。
その瞬間、一気に寒気が広がり心臓が早くなる。
前方には、幾ら数えても8人しかいない。どう数えたってあと1人足りない!
まずい……まずい……非常にまずいぞ!
恋と……はぐれたっ!




