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66.隣

 



 空の彼方から深々と降ってくるそれ。


「すごい! ツッキー雪だよ」


 はしゃぐ恋に、すぐ同調できない自分がもどかしかった。

 滅多にお目に掛かれないこの光景は美しくて幻想的。ただ、何処か頭を過ったのは……あいつと過ごさなかった1年前のクリスマス。


「ホワイトクリスマスだね? ツッキー」


 去年も確か雪が降ってた。窓の外に見えたそれは、今降り注いでいるものと同じ。

 けど結局俺は、それを肌で感じる事は無かった。ただひたすら、ベッドに横になっていたっけ。


 あの告白失敗から、初めて過ごすクリスマス。

 あの噂が広まって、関わる事を辞めて初めて迎えたクリスマス。


 正直後悔もした。告白なんてしなければ、凜と中学の奴らと一緒に春ヶ丘に行って、いつも通り一緒に登校していたんじゃないか。いつも通り誕生日とか祝って、そして今日もいつも通りクリスマスを過ごし、そしていつまでもある程度幸せだったかもしれない。

 でも全てはたらればで……それに告白した事で分かった事もある。それはとてつもなく重要で、とてつもなく大事な事……


 どうあがいたって……凜と付き合える可能性は0だったって事。


 そうなると実に簡単だ。

 非情な現実を知る時期が去年だったか、もっと後になるのか只それだけ。もちろん、高校生になって心境の変化があって……とかそんな可能性の話もあると思うけど、少なくとも約11年間で変える事の出来なかった心情を、今後変えれる自信なんてない。


 ふぅ。なんか改めて考えると、実に滑稽だな。想い焦がれて青春を無駄にする事がなかったなら、ぶっちゃけ俺の選択は正しかったのかもしれない。おかげで、鳳瞭学園にも入れたしね。


 つまり結論から言うと……、


「ツッキー?」


 色々と厄介だけど、楽しい皆と……


「ホワイトクリスマスなんてラッキーだよな? 恋」

「そうだよね!」


 こんな笑顔に巡り合わせてくれてありがとう。去年の俺。


「じゃあ行こうか」

「うん」


 そう去年とは、ほとんど違う。


「んで? 何おごってくれるの?」

「ツッキーの好きなものでいいよ? まぁ私の一押しは……」


 今の俺は……




「うー食べたぁ!」


 なんでお前が満足そうにしてんだよ! 俺へのお礼だろ? そうなんでしょ? そんな事言われたらやっぱりこっちとしてはかなり恐縮しちゃうから程々に頼んだのに、これだとどっちの為のお礼か分かんないよ! まぁ、お金払ったのは恋なんだし、金銭面では文句言う事はないけど。


「美味しかったけど、お金大丈夫なのか? 俺っていうか、むしろ恋の方がめちゃくちゃ注文してたけど?」

「ん? 大丈夫大丈夫。それよりツッキーが予想通りで安心したよ」


 予想通り? なんのこっちゃ?


「予想通りって?」

「いやー、ツッキーの事だからお礼って言われても、遠慮してあんまり注文しないと思ってさ! 予想的中! にしし」


 こいつ……さらっと言ってるけど、まさにその通りなんですけど。なにそれ、怖いんだが。人の心を読みすぎじゃね? 

 こいつまさか烏山で何か力に目覚めたのか? そういえばあれから更に勘の鋭さとか磨かれてる気がするし! おぉ、恐ろしい。


「だからあんなに注文したのか? にしても少しは加減しろよ? 俺食べ切れなかったらどうするつもりだったんだよ?」

「ん? なんとなくツッキーならこれ位食べれるかなって」


 なんとなく? なんとなくで俺の食事量まで分かるというのか!? 確かにほぼほぼ満腹状態な訳だけど、やはり恐ろしい!


「それにさー」


 ん?


「今までツッキーが食べてるの見てたら、大体分かるよ?」


 マジで!? はっ! 

 その瞬間、胸を締め付けられるような感覚に襲われる。

 なんでこんな時に症状出るんだ? 今まで何ともなかったじゃねぇか! もしかして、こんなサイコメトラーみたいな能力を有する恋に警戒しろって合図なのか!? 


「んー?」


 いかん、これを悟られてはならない。もしかすればこの状態ですら読み取られるかも!


「あぁ、なんでもない。でもマジで分かるのかよ」

「大体だよ大体ー」


「そっか! じゃあとりあえずブラブラする?」

「うん! ちょっと買い物もしたいかなぁ」

「了解」


 ふぅ。なんとか乗り切ったか? にしても、最近は症状あんまり出なくなったけど……寒気より心臓に現れるんだよなぁ。動悸ってやつ? なんでだろう、寒気よりタチが悪くね? 


「あっ!」


 うおっ、なんだなんだ?


「どした?」

「クレープ売ってる!」


 クレープ? ってめちゃ目がキラキラしてる! これはまさか……


「食べたいの?」

「うん!」


「ご飯の後なのに?」

「うん!」


 はは……忘れてたよ、甘いものは別腹精神。じゃあここは俺が、 


「甘いものは別腹って? じゃあここは俺が買うよ」

「いいの!?」


「いいよ? 好きなのどうぞ」

「やったー」


 全くもって凄いな。よくあれで太らないなぁ……


「すいませーん! ダブルストロベリートリプルキングダムスペシャル……2つ下さい!」


 おい! 聞いてるだけで胸焼けしそうだぞ! ……ん? 待てよ? 今2つって言ったか? まさか俺の分じゃないよな? 違うよな? 待て待て、待ってくれー!




「いやー美味しかったね。いい感じにウィンドウショッピングも出来てるし実質プラマイゼロー!」


 うぅ……恋が居る手前、残すなんてのはプライドが許さないから全部食っちゃったよ。軽く胸焼けがするー。

 そしてお前のその元気はどこから来る? てか胃はどうなってる? 胃袋は宇宙だーとか言うんじゃないだろうな? ハッキリ言おう。お前はあらゆる面で恐ろしい。


「あっ!」


 おい! 今度はなんだ? アイスはダメだぞ? たい焼きもダメだぞ? むしろ食べ物全般もはや見たくないんですけどー!


「これも可愛いー」


 可愛い? どれどれ?


 その言葉から食べ物ではない事に安心した俺は、そっと目を向ける。何かを握りながら何とも言えない顔をしている恋の手の中にあったのは、見覚えのあるものだった。


 あれ? あれってもしかして、ストレス発散アニマル最新モデルのキツネじゃね?

 恋の手に持ってる物。それは見覚えのある所か、密かに俺も所有しているストレス発散グッズだ。まるで低反発枕のような柔らかさのそれは、ニギニギするだけで最高の安らぎを与える。


 あれに目を付けるなんて、恋もなかなかやるなぁ。それに、もう1つの最新モデルであるタヌキを俺はクリスマスイブパーティーのプレゼントとして用意した位、俺からの信頼も厚いぞ?


「ねぇツッキー! これ見て? こっちも可愛い」

「そりゃそうだろ? 最高のストレス発散グッズだぞ?」


「えっ、ツッキー知ってるの?」

「もちろん。昨日のクリスマスプレゼントにはそっちのタヌキを用意した位だし、別シリーズだが俺も愛用してる」

「そうだったの? そっか……」


 ん? どうした? そんなにキツネを見つめて……はっ! これはもしや無言の買って買ってアピール? 考えすぎか? しかし、恋なら欲しいと思ったら素直に言うはずだが……? 

 バカ! そんな感じだからヨーマにイジられるんだよ月城蓮! ここは女の子の気持ちを汲み取ってだな……


「欲しいの?」

「えっ?」


 あっ、マジ? この表情は当たりじゃねぇか! 成長したな俺! まぁ、値段的にもそんな高くないし、結構な額おごってもらったわけだし……いいよな?


「おごってもらったし、買ってあげるよ」

「えっ、そんな……」


「持ってるキツネで良いの?」

「うっ、うん」

「はいよー」


 おぉ、やっぱり持っただけで分かるぜ! 素晴らしさ!


「いらっしゃいませー」

「これください」


 あっ、そいえば俺のプレゼントって誰に渡ったのかな? てか、俺もプレゼント開けてないわ。



「ほいっ」

「あっ、ありがとー!」


 そんな満面の笑顔見せないでくれよ、大した事してないって。


「でも、これじゃあお礼の意味なくなっちゃね?」

「そうか?」


「んーそうだ! じゃあ私のお気に入りの場所教えてあげる!」

「お気に入りって……」


「ささっ、行こっ!」

「おっ、おい」


 恋ってこういう所、意外とマメだよなぁ……。




 んで? 結構戻って来たわけだけど? 懐かしいなぁ、この道入学式の時通ったんだよなぁ。あの時はバッチリキャラ設定考えてて、それでも新しい学園生活が楽しみで……ってあれ? 今とそんなに変わんなくね? いや、表面上はだよな? 中身は……絶賛女性恐怖症発症中だったし。


「結構学園近付いて来たけど? 意外と近場なのか?」

「うん。そうだよー、えっとここ曲がって?」


 ん? ここって……あっ! 恋とぶつかったとこじゃねぇか!


「覚えてる? 入学式の日の事」


 忘れられるわけないだろ?


「当たり前だろ? 鮮明に記憶に残ってるよ」

「本当? 私も! なんてったってパンツ……」

「ゴホン!」


 全部言うんじゃないよ! 誰かに聞かれたらどうすんの!


「ふふふ。あっ、この階段上ったらすぐだよ?」


 階段って……結構長いなぁ。


「頑張ります」


 少し長めの階段は周りに遮る物がなくって、どんどん景色が小さくなっていく。恋の秘密の場所、秘密という言葉に何かしら思う所はあるけど、そんなのはこの際どうでもいい。なんてったって……


 恋……ここからスカートの中見えそうなんだが?


 短くはない、けど長くもないスカートである今日の恋。もちろん黒いストッキングを履いてるから直では見えないけど、なんというか一種のチラリズム的なものだろうか? そこにあるであろう場所が薄っすら暗くて、見えそうで見えなくて、色が分かりそうで分からない……それがまた……


「着いたよ!」


 はっ! 何にも考えてませんよ? 何もジロジロ見てませんよ? いきなり振り向かないで下さい!


「どうかしたの? ツッキー」

「ん? いや、何でもないよ?」


 あぶねぇ……バレてはないようだな?


「そう? じゃあ紹介するね? ここが私の秘密の場所」


 そう言って、恋は手を広げながらどんどん奥へと進んで行く。

 階段を上り終えた先、そこはなんというか小高い山の上にある休憩所って感じかもしれない。屋根の付いたそれらしきものが中心に佇み、そして……


「すげぇ……」


 辺り一面を見下ろせる絶景が、俺の目の前に広がっていた。


 こっちが鳳瞭学園で、あっちが町じゃん? すげぇ夜景だ! けどなんか……


「どう? すごいでしょ?」


 あの場所に似てる……


「あぁ、滅茶苦茶凄いよ」


 あの日、あの時の場所。

 俺があいつに告白した……

 夏祭り会場から少し外れた所にある……公園に。


「でしょ? あんまり知られてないんだー。夜にはこんな綺麗な夜景が見れるのに。まぁ、あんまり知られて人が来たらそれもそれで嫌なんだけどね?」


 あぁ、ダメだって。


 嫌なはずなのに、もう忘れたはずなのに……そこにあの記憶が蘇ってくる。


 そこに立っちゃダメだって。そこはあいつが……凜が……


「ツッキー?」


 恋の姿に、凜の影が重なって来て……


「どうしたの?」


 覆われてしまう……


 そんな時、鼻に感じる冷たい感覚。それを感じた瞬間、辺りの影が瞬く間に消えていく。

 さっきまで止んでいた雪がもう1度降り注ぐ中、俺の目の前に居たのは、心配そうな眼差しで俺を見つめる……恋だった。


「ツッキーどしたの!? ボーとして? もしかしてこの場所、なんか嫌な感じとか……する?」


 焦るような恋の声、それだけで俺がどんな状態だったか理解するのには十分だった。

 やばっ、俺また思い出すところだった! もう、ケリつけたと思ったのに! くそっ! とっ、とりあえず恋を落ち着かせないと!


「あっ、ごめん! 大丈夫!」

「うそっ、あの時みたいだった! 初めてマリンパーク行った時の……倒れる前のツッキーにそっくりだった!」


 あの時と……? やっぱりか。


「大丈夫だって。ほらっ、倒れてないだろ?」


 あんまり見た事のない、慌てる様な恋の目に……だんだんと溜まっていくそれは、紛れもなく涙だった。

 そんな状況にまで追い詰めた自分が恥ずかしくて、腹が立って……けど、どうしたら恋を落ち着かせれるかなんて分からない! どうしたら、どうしたら……


 トンッ


 その瞬間、胸の辺りに感じる優しい感触。

 そして脇の下辺りが強く引っ張られて、体が……柔らかい何かに包まれた。何が起こったか最初は分からなかった……けど、じんわりと体が温かくなってくる内に、今がどんな状態なのか自然と……理解できた。


 この感覚……ったく、驚いた。まさか恋に抱き着かれるとは……。本当ならこんな状況恥ずかしくて、滅茶苦茶動揺するはず、けど……


「ぐすっ」


 恋の……優しい行動が、俺を安心させる。

 その安心できる温もりを、優しい安らぎをもっと感じたくて、俺は自然と恋を抱き寄せていた。


「恋、正直言うよ。この場所そっくりなんだ……俺が高梨凜に告白した場所に」

「やっぱり……ごめ……」


「でも、恋が助けてくれた。2回も」

「でも……」


「ありがとう」

「ぐすっ」


 はぁ……俺ってばなんて弱いんだろう。さっき考えてたばっかなのに。

 あの時とは違うって……


 場所だって違う、

 環境だって違う、

 そして目の前に居るのだって……


 全然違う!


 声がでかくて、うるさくて、ヨーマと共謀して俺をおとしめる時もあるけど……


「恋……」

「えっ……? きゃっ」


 明るくて、常にみんなの真ん中に居て、友達思いで……


「ちょっ……ツッキー?」


 まるで太陽のような……


「もうっ……苦しいってばぁ」

「ふっ、やっと泣き止んだか?」


「もう……ばか……」


 笑顔を見せる日城恋だ。


「ごめんごめん、よっと……」

「ぷはー、もう! 死ぬかと思ったよ!」


「それ言い過ぎ!」

「言い過ぎじゃないよ! 可愛い顔に線とかついてない?」

「可愛い顔?」


 …………


「「ぷっ、ははは」」


 笑いながら、いつも通り俺に話し掛けてくれる恋。


「ツッキーは……変わったよ?」


 変わった? 何の事だろう? でも……


「俺は変わってないよ?」

「えっ?」


 そう、俺は変わってない……むしろ……


「戻ったんだ。全てが起こる前の自分に……恋が戻してくれた」


 そう思えた瞬間、体の奥底から消えていく何か。具体的には何なのか分からないけど……確かにそれは俺の中にあって、確かにそれは俺の中から消えていった。



 まるで太陽に照らされた雪が、融けて無くなる様に……静かにゆっくりと……




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