51.似て非なるもの
高梨……凜……
なんでその名前を、日城さんが知ってるんだ……?
「高梨……?」
「あっ、いやぁ……さっきのお客さんに言われてさぁ。ツッキー同じ中学校だったんでしょ? 片桐君とも話してたし、似てるって言われたら気になるじゃない?」
さっきの……? 菊地か? 立花か? 最悪だ。余計な事を……
「ツッキー?」
はっ、ヤバい。ここで挙動不審になったら、怪しく見える。
……まてまて、日城さんは凜の事を知らない。俺にとってどんな存在だったのかも。だったら、あくまでも普通に……普通にしとけば大丈夫だっ!
「あっ、ごめんごめん。確かに同じ中学校だった人だけど……日城さんが高梨さんに似てるって? んー俺はそう思わないけどなぁ」
「あっ、そうなの? あの人達かなり似てるって言うもんだから……ねぇ、その人って可愛いの? 私に似て」
似ってって……似てないって言ったじゃんか。
「似てるかどうかは分からないけど……」
『蓮?』
「可愛かった……気がする」
「そっか、なんか照れるなぁ。へへっ」
「なっ、なんで照れるんだよ」
よしっ、良い感じで答えられてる……
「あとさ、月城君結構仲良かったんでしょ? その高梨さんって人と」
仲が良かった……? おい、どこまで……どこまで聞いたんだよ。どこまで知ってんだよ。
「なっ、仲が良かった? 誰がそんな」
「えっと、立花さんだっけ? 言ってた。だから多分ツッキーも片桐君も、最初はびっくりしてたと思うよって……本当にびっくりした? 私見た時」
「あっ、あぁ……そうでもないよ? 俺的には似てないと思ってるし」
「ふーん」
くそ、立花……ふざけやがって。どんだけペチャクチャしゃべってやがる。
「ツッキー、なんかごめんね」
ごめん?
「ごめんって何がだよ?」
「なんでだろ……なんとなくっ」
「なんとなくって……」
なんで日城さんが謝ってんだよ……意味分かんねぇよ。
「…………月城君」
「ん? どうした?」
「やっぱり気になっちゃった」
気になっちゃったって……何がだ?
「なんだよ、じれったいな」
「……月城君、どうしてさっきから手が震えてるの?」
「はっ?」
はぁ? 手? 何言ってんだよ手なんて震えて……
そんなはずない。そんな余裕さえ感じながら、俺は垂れ下っている自分の手の方へ視線を向ける。けどその先にあったのは、まるで自分の手じゃないような……そう。日城さんの言う通り小刻みに震えている手。自分が意図していない反応に、自分自身が1番信じられないでいた。
嘘……だろ? なんで手震えて……なんで勝手に震えてるんだよ!
「へへっ、月城君とはまだ会ってそんなに経ってないけど、それなりに新聞部とか学級委員とかで一緒になる機会多かったじゃん? だからさ、なんとなく分かっちゃうんだよ。今日の……っていうか、あの人達が来てから月城君がいつもの月城君らしくないって」
らしくないって?
「なっ、何言ってんの日城さん。いつも通りだって、いつも通りやる気のないダルそうな俺だろ? でしょ?」
そうだ。いつも通り、クールでダルそうなキャラ全開だろ?
「いつもの月城君なら……そんな必死に言い訳しないよ。クールに、日城さんの勘違いでしょ? とかって言うもん。それ位私でも分かるよ」
そっ、そんなに必死に聞こえるのか? 嘘だろ?
「私だってそんな馬鹿じゃないんだからね? その場の雰囲気とか月城君の様子でなんとなく感じるものだってあるんだよ?」
「感じる……もの?」
なっ、何だよそれ……。感じるって……
「ふぅ……月城君? 間違ってたらごめん? 月城君の女性恐怖症とその高梨凜って子……なにか関係あるのかな?」
はっ! なっ、何言ってんだ日城さん? どうしてそうなる? どうしてそういう考えに至る? どうして……そこまで分かった?
「その感じだと当たりみたいだけど?」
その感じって……俺今どんな顔してる? 普通じゃないのか? なんだ? 自分がどんな顔してるのかさえ分かんねぇ!
自分はいつも通りにしているつもりだった。いつも通りの顔をしてると思った。けど、そんな俺を見ている日城さんのどこか悲しそうな……申し訳なさそうな眼差しが目に入った瞬間、そんな俺の考えは後片もなく吹き飛んだ。
あぁ、そんな顔するなよ。なんだよ、日城さんには全部バレてるじゃんか……俺そんなあからさまな反応だった?
だからそんな……そんな顔しないでくれよ。日城さんはかなり知っている? だとしたら……あれ? なんで俺はそこまで黙ってるんだ? そんなに隠してるんだ?
女性恐怖症の事を知ってるんだったら、別に……その原因を話したっていいじゃないか? そうだ……だったらいっその事話してしまえ……。
「まぁね……そんな感じだよ。まぁ過去の事だし、でも名前とかはもう聞きたくないかな」
そんな感情の中で口から言葉が出た時、なんだか気持ちが楽になった。
隠していたから? なかった事にしたかった? 知られたくなかった? 知らず知らずの内に自分で自分に課していた苦しみにも似たものが……抜けていく。
いいんだ。日城さんは女性恐怖症の事知ってる。だったら何を隠す必要がある? 顔が似てる? ただそれだけだろ? 高梨凜じゃなく、目の前の人物は日城恋っていう全くの別人なんだ。だったら……だったら……
「ぶっちゃけさ、仲良かったと思ってたよ? 小さい頃から知ってたし……でもそれとこれとは話が別みたいでさ、振られちゃったんだよね。そんで勝手にショック受けて、勝手にしょぼくれて、勝手に女性恐怖症になって……そんな感じ。だから……俺にとっては過去の人であり、払拭しなきゃいけない影なんだ」
全てをぶちまけったっていいだろ?
「そっ、そうだったの?」
「あぁ、だからあの場に居ても嫌だったからさ……ここまで逃げったって訳。ごめん、心配かけて」
ふぅ。ぶっちゃけたら気持ち楽になったぁ……でも良かったのか? 日城さんには女性恐怖症だって事は言ったけど、詳しい原因とかは言ってなかったしなぁ……あっ、なんか表情がまずいかも? めちゃくちゃ心配そうにしてるじゃんか。
「ううん……でも話してくれてありがとう。でも……だったら尚更ごめんね?」
だから、なんで日城さんが謝るんだ?
「何がだよ、むしろ俺の方が謝らなきゃいけないだろ? わざわざ心配させちゃて」
「違うよ……」
「ん?」
違う? って、どういう……
「へへっ、実はさその人の写メ見せてもらったんだ」
しゃ……写メ?
「自分で言うのもあれだけど……似てた」
写メって……見たのか? 凜の写真を!?
「それでさ、今のツッキーの話聞いて……やっぱりって思っちゃった」
なにがだよ? なんの話だよ?
「私本当に似てたんだよね、ツッキーが女恐怖症になった原因の人に。けどさ、知らなかったとはいえ、女性恐怖症治してあげるとかって言って、結構ツッキーに話し掛けたり……ツッキーの気持ちになったらとんでもなく嫌だったろうなって、迷惑だろうなって」
何言ってんだよ? それは……最初はそう思ってたけど今は……
「ツッキーはさ、変に優しいから……我慢してくれてたんだろうなって」
「それは……」
違う、違うって。
「なっ、何言ってんだよ。凜と日城さんは別人だろ? なんで謝る必要あるんだよ?」
「大丈夫。ツッキーの嫌じゃない、それなりの距離感で話すからさ? だから、新聞部とか辞めないでね?」
違う……今は違う……
「あっ、当たり前だろ? てか本当に気にしてないから」
「ふふ……ありがとう。じゃあ私行くね?」
ちょっと待ってくれよ……なにか誤解……
「えっ、ちょっと……」
「あぁっ! ツッキー生クリームも一緒に持ってきてくれない? お願い」
なんだよ……なんで笑ってんだ?
「わっ、分かった」
「ありがとう……じゃあ先に行ってるね? 早く教室来ないと皆にサボってるの言っちゃうから」
「そっ、それは勘弁」
いや……これは……
「にっしし、じゃあ教室で待ってるから。じゃあね」
「あぁ……」
ガラガラ パタン
日城さん……さっき、
『月城君とはまだ会ってそんなに経ってないけど、それなりに新聞部とか学級委員とかで一緒になる機会多かったじゃん? だからさ、なんとなく分かっちゃうんだよ』
って言ってたよな? その言葉……そっくりそのまま返すよ。
最後に見せてた日城さんの笑顔、それはいつもと変わらないそんな笑顔……だと思った。
日城さんが俺の事分かる通り、俺だってなんとなくは分かるんだよ。表情は笑ってても、今の日城さんの目には……光がなかった。
責任とか……そんなの気にするなよ。日城恋は高梨凜とは全くの別人で、日城さんがそこまで気にする必要なんてないんだ。
だから……
だからさぁ……
そんな偽物の笑顔見せないでくれよ……。




