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50.君の口から聞きたくなかった

 



「いらっしゃいませお嬢様ー」

「少々お待ち下さい」


 文化祭最終日。

 昨日の午前よりは落ち着くと思ってた客足は、俺の予想を良い意味で裏切ってくれた。

 おそらく昨日の様子が噂になったんだろう……開店前から待ってる人達は昨日より多くて、客層も明らかに若い人達メインに変わっている。


「ご注文は決まりましたか?」

「えっとーじゃあ麗しのBセット2つ下さい」

「かしこまりました」


「来栖、うるB2つ頼む」

「了解」


 ふう。メイドと執事衣装の効果なのか? 昨日より客が多いじゃねえか。おそらく昨日の様子が人伝いに伝わったんだろうな……10人待ちとか全然考えてなかったわ。


「おい、栄人。待ってる人達には何か考えあるのか? ただ待ってもらうってのもあれじゃね?」

「あぁ、それなら大丈夫。琴にメニュー持って行ってもらって、あらかじめ注文聞いてもらってる。あと、軽く雑談とかも任せた。琴なら何とかしてくれるだろ」


「なるほど、けど早瀬さんの負担でかくねぇか?」

「その辺は大丈夫。俺と交代でやる予定だから。今待ってるお客さんは、男の人多いみたいだからなぁ。その辺は様子見て臨機応変にね……っと、ご注文はお決まりですか?」


 ほほう、さすが栄人だ、こういう機転はよく利く。まぁ予想外の問題だったけど、今後の課題にはした方が良いかもしれないな。来年こんなに繁盛するかは分からんけどね。


「ツッキー、2番テーブルの注文お願いして良い?」


 ん? 


「あぁ、分かった」


 そう言えば今日は午前中に学級委員勢揃いだな。まぁ昨日はこいつの働く姿見なかったし、本当にちゃんと出来てるのか? 


「お待たせしましたぁ。メイド・イン・Bセットです」


 一応今の所は大丈夫みたいだけど……なにもやらかさないでくれよ? っと、2番テーブルの注文だった……行きますか。




「ありがとうございました」


 よっし。待ってるお客も居なくなったし、テーブル客もまばら。ようやく一区切りって感じかな。目立った問題もなかったし、後は心おきなく引き継ぎをするだけ……


「いらっしゃいませ」


 ん? いらっしゃいませだけって事は、男女のお客か? 今の時間珍しいな。まぁ、今までの感じだと日城さんに任せて大丈夫だろ。


「来栖、ケーキとかどの位残ってる?」

「あと……10個前後かな? ストックもあと2箱しかないみたい」


 なるほど、午後の事も考えればなんとか売り切れそうか? まったく三月先生も大量に買いすぎなんだよなぁ。こんなに繁盛してなきゃ絶対売れ残って……はっ、まさかこうなる事を想定しての買い付け? いやいや、さすがにそれは有り得ないか。


「おぉ、栄人! 久しぶりだな!」

「おっ、菊池に立花さん。久しぶり」


 ん? 菊池? それと……立花……さん? 


「あっ、蓮も居るぞ? おーい蓮」


 栄人が俺を呼ぶって事は……間違いない、その2人は……


「おぉ、蓮! お前もその格好似合ってるな」


 やっぱりか。同じ中学校だった菊池、そしてその彼女の……立花……さん。にしても、なんでこいつらが文化祭に? たしか春ヶ丘に行ったはず……


「おっ、おう久しぶり」


 とりあえず、普通に接しないと。


 菊池は2年3年と同じクラスで、そのせいか普通に仲も良かった。俺が鳳瞭を受けるって言った時も、応援してくれたし、菊池と会うのは問題ないしむしろ嬉しい。だが問題は……


「月城君だ。久しぶりー」


 立花。中学の時からの菊池の彼女であり……凜と同じ生徒会に所属していた。

 俺とは2年の時一緒のクラスだったから、もちろん面識はある。けど、それも過去の話だ。俺にとっちゃ桜ケ丘中の女子は全員……トラウマの対象でしかない。


「あっ、あぁ久しぶり」


 ヤバいな。話し掛けられただけで口が震える。俺はちゃんと言えてるのか? それすら不安だ。


「2人とも相変わらずみたいで安心したよ。それしても鳳瞭学園ってでけぇなぁ」

「だろ? かなり充実してるぞ? なっ、蓮」

「あっ、あぁ」

「いいなー春ヶ丘と建物の新しさからして違うもんね」


「そうなのか?」


 いいぞ栄人。このまま話し続けてくれ。俺は出来れば菊池の相手したいんだ。


「ところで菊池、どうして文化祭に?」

「あぁ、杏がどうしても来てみたいって言うもんだからさ。それに、俺も蓮と栄人に会いたかったし」


「なるほどな、だったらストメ位しろよなぁ」

「すまんすまん、いきなり行った方がサプライズ的でいいだろ?」


「お前がサプライズでも嬉しくねぇよ」

「あっ、ひでぇ」


 まったく菊池は変わらずだな……少し安心した。


「それよりさ……」

「ん? どした? 杏」

「あの子、凜に似てない?」


 凜……その名前を聞くだけで、未だに胸が締め付けられる。そんな自分が嫌で嫌で仕方ない。

 そして、そう言って目配せする立花の目線の先に居たのは……日城さんだった。


「あぁ、確かに! 俺も思った。でも高梨さんは鳳瞭じゃないだろ」

「そうなんだよねー。でも似すぎでしょ? クラスメイト? だったら2人とも最初びっくりしたんじゃない?」

「あっ、あぁ。日城さんか、確かに最初はびっくりしたよ」


 止めてくれ……


「日城さんっていうのか。まったくの別人だとしたら凄いよな? ドッペルゲンガーってやつ?」

「それありえるかもー」


 もう……止めてくれ。彼女の名前を言わないでくれ。


「ははっ、けど確か高梨さんも春ヶ丘に行ったんだろ?」


 彼女を思い出させないでくれ!


「えっ、栄人すまん。俺ケーキ取ってこないと! 菊池に立花さん、悪いね!」


 くそっ、くそっ。もう彼女の事なんて完全に吹っ切れてたと思ってた。けど、なんだよ立花に会っただけで症状出まくりで……何も変わっちゃいない!


 高梨凜。

 その影から逃げるように、俺は教室を出て家庭科室へと足を向けていた。早急にケーキが必要な訳じゃない、けどどうしてもあの場に居たくはなかった……聞きたくなかった。

 高梨凜という名前も、情報も……その全てを……。


 胸が苦しい。心臓の音が体全体に響き渡る。寒気が止まらない……今すぐどこかに座りたい。

 ダメだ。こんな人がいっぱい居る所で座りこんだら、たちまち注目の的になる。どこか……そうだ家庭科室。あそこに行けばほとんど人が来る事はない。あそこまで急ごう。


 どうだ、大丈夫か? 周りの人から見たら俺は変じゃないか? 普通に見えるか? あと少し、あと少しで座れる……頑張れ俺!


 ガラガラ


 はぁ……なんとか着いた。とりあえず何処でも良い……座りたい。

 家庭科室まで辿り着いた安堵感で、俺の心は安心しきっていたのかもしれない。ゆっくり地面に座り込むと大きな冷蔵庫にもたれかかって……静かに目を閉じた。


「はぁー、ふー」


 自分を落ち着かせようと、自然と深呼吸を何度も繰り返す。それを何度かする内に、さっきまで感じてた体の怠さも少しずつ治まっていった。


 はぁ、なんとか落ち着いたぁ。結構危なかったかもしれない。

 そんな安堵感に充たされている時だった、


 ガラガラ


 はっ、まずい! 誰か来た……って、嘘だろ?


「あっ……」


 なんで、ここに居るんだ? 凜…………


「ツッキー!」


 扉の近くで俺を見渡していたのは、彼女……のはずだった。けど、聞こえてきたツッキーって声が耳に入った瞬間……彼女の影はさっと消えて、目に写ったのはピンク色のメイド服。そう、それを着ているのは1人しか居ない。


 ツッキー……? あっ、違う違う。そこに居たのは……


「日城……さん?」

「ツッキー! どうしたの?」


 心配そうにこっちに近付いてくる日城さんだった。

 まずいなぁ、嫌なとこ見られた。


「だっ、大丈夫。サボってただけだから」

「サボってたって……苦しそうにしてたじゃん!」


 バッチリ見られてるー!


「大丈夫だって……よっと。ほら、普通に立てるだろ?」

「でも……疲れ出てたんじゃない? 保健室行く?」


「大丈夫だって。大袈裟だなぁ」

「だって……」


 あぁ、そういう泣きそうな顔止めてくれ。女恐怖症でも、女の子のそんな顔は見たくない。


「ケーキ取りに来たんだけど、ちょっと眠くなっただけ。それより日城さんはなんで家庭科室に? なにか取りに来たんじゃないの?」

「わっ、私は……そう、生クリームの予備を!」


 マジか。てか、どうして毎回人が弱ってる時にタイミングを見計らったかのように来るんだろうね。狙ってんの? 日城さん。


「もう、生クリームないのか。こりゃ俺もサボってる場合じゃないなぁ」


 よしっ。これで教室戻る流れは出来たな。どれどれ? 日城さんの顔も普通な感じに戻ってるっぽいし……ケーキとか取って戻るか。菊地達ももう居ないだろ。


「よしっ、ケーキ出すかぁ。生クリームも取るよ?」


 冷蔵庫開けて……


「ねぇ、ツッキー」

「ん? どした?」




「高梨凜さんって……どんな人?」




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