43.現世の女神様
「えっ?」
俺の声に反応して、こっちを向いた瞬間にタオルの間から見える顔。それは間違いなく、早瀬さんだった。
やっぱり、早瀬さんか。あぁ、まったく自分が嫌になる。あれだけ女恐怖症だから、極力女の子には話し掛けない、関わらないって決めてたのになぁ。結局無視する事が出来なくて話し掛けてるし。仲が良くなればなるほど……傷ついた時の痛みが大きいって知ってるはずなのに。
「つ、月城君?」
まぁ、良いや。1人位なら良いだろ! 出来ればこれっきりにしたいけどね。となると……さて、ここで上手い事早瀬さんから話聞き出せれば良いんだけどなぁ。まずは、自分を騙さないと。部活の取材で偶然通り掛かった、その設定で行こう。
「やっぱり早瀬さんか。休憩中?」
「えっ? うっ、うん。そうだよ。月城君も……部活?」
「当たり! 取材の途中でさ、使い走りの最中」
「また葉山先輩から無理難題の取材お願いされたり?」
「大正解だよ」
「ふふっ、毎日楽しそうだよね。新聞部の皆」
よしっ、接触は上手くいったな。後はどうにかして話の話題をあれに持っていかないと。いや、待てよ? ここで俺が話聞いたとしても、結局は本人同士が話さないと解決しないよな? だとしたら、ここで俺だけが聞いてもあんまり意味はない。となると……ここは一か八か賭けてみるか?
「そう見える? かなりのブラック部活だよ? 今もほら、早く取材行って来いってストメ」
【日城さんお願い、校庭側の渡り廊下に栄人呼んで来て】
「そうなの? 恋ちゃんと月城君見てる限り、そんな感じしないけどなぁ。本当に楽しそう……」
頼む、ストメに気付いてくれよ? それと……早瀬さんの表情が変わった。これは今の会話で少なからず栄人の事考えてんじゃない?
ピロン
【えっ! ちょっとなにそれ! 意味が分からないけど?】
まぁ、普通はそんな反応ですよね。よし、あんまり気にしてない体でスマホイジリながら、
「早瀬さんさ……」
【部活やってるから早く。渡り廊下に早瀬さん居たから捕まえてる】
「ん?」
「栄人となんかあった?」
ピロン
【そういう事!? どうするか知らないけど、分かった。待ってて!】
「えっ……?」
サンキュー日城さん。後は、じっくり聞き出すまでだ。
「いや、朝から栄人の様子変だったし、それに……教室での2人のやり取り目に入っちゃったからさ。なんかあったのかなって」
ここで素直に話してくれたら最高。でも、日城さんの言う限り多分最初ははぐらかすだろうな。
「やっぱり気付いちゃうよね。恋ちゃんにも言われたんだ」
あれ? 意外にすぐに話したぞ? あれかな? 散々日城さんには嘘ついてたけど、俺にまで気付かれてたから観念したのかな?
「はぁ……月城君ずるいよ。弱ってる所に現れるんだもん」
いや……なんかすいませんね。
「いや、その……」
「まぁいっか。月城君ってそういう場面で姿現すような……なんか不思議な雰囲気持ってるしね」
不思議な雰囲気って……。
「ふぅ……あのね? 栄人君ったら私との買い物の約束破ったんだよ?」
なるほど、まずは栄人の話と一致する。
「それも1回だけじゃないんだよ? 3回もだよ? 今回で3回目だったんだよ? 信じられる?」
「さっ、3回もなのか!?」
「そう! しかもさその理由がね……斎藤さんの自主練に付き合うからって……本当に酷くない? あっ、斎藤さんて同じ1年の陸上部の子なんだけどね」
おっ、おう。酷い酷い。こんなにヒートアップしてる早瀬さんも初めて見るな。
「確かに酷いな」
「でしょ? だから私言ったの、私の約束って栄人君にとって何番目なの? って」
おぉ、早瀬さんの口から出たとは信じられない言葉だ。
「でもね、寮に帰って冷静に考えてみたら……ものすごく傷つくような事言っちゃったんだよなって思っちゃって。でも、栄人君の事許せないって気持ちもあって、どうしていいのか自分でも分からなくなっちゃって……」
「いや、でも今の話を聞く限り100%栄人が悪いんじゃないかな? それ位言って当然だと思うけど……」
「そうかな……」
「少なくとも俺はそう感じるけど? この件に関しては栄人が悪いし、早瀬さんが言った事は間違ってない。その上で、早瀬さんが自分の発言を後悔する必要はこれっぽちもないし、むしろ自分の気が済むまで栄人の事許さなくて良いと思うよ?」
「ふふっ、月城君ってやっぱり不思議だね」
えっ? なに? 結構良い事言ったと思ってるんですけど?
「だってさ、栄人君と仲良いからてっきり許してくれない? とかそういう事言うのかと思ってたのに。まさかそれと真逆の事言うなんて。それに……」
「そっ、それに?」
「普段はボーとしてて、我関せずみたいな感じで、滅多に自分からは話し掛けてこないのに……いきなりこんな感じで声掛けてくれるし」
んー、それに関しては自分でも何とも言えないです。本当はそうしないって決めてたんですけどね。
「いや、たまたまだよ。ほら、早瀬さんは同じ学級委員だしね!」
「やっぱり、皆と仲良くなれて良かったよ」
「ははっ、そっそう?」
とっ、とりあえず愛想笑いでもして、話の主旨を戻さないと!
「あのね、買い物に行きたかっのはね? 実は恋ちゃんと月城君へのプレゼント買いたかったからなんだ。でも恋ちゃんは分かるけど、月城君の喜ぶものが分からなくって……だから栄人君について来てもらいたかったの」
「プレゼント?」
「うん。恋ちゃんも月城君も最初に仲良くなったお友達。2人のおかげで旅行にも行けたし、葉山先輩にも桐生院先輩とも仲良くなれた。2人が居たから今の楽しい学園生活があるんだよ? だから、せめてもの感謝の気持ち渡したくって」
まっ、マジですか!? いやいや、栄人から話は聞いてたけど……直接言われたらヤバい! 聞いてるこっちが恥ずかしくなる!
「いや……なんかその……」
「ふふ。月城君のそんな顔初めて見たかも」
はっ! いかんいかん! キャラを守れ! 俺はクール、俺はクール!
「ゴホンっ。いや、そう思ってくれてるなんて嬉しいよ。でも、その気持ちだけで十分さ」
「ありがとう、月城君は優しいね」
あぁ……ダメだ。なんか早瀬さんには勝てる気がしないよ。なぜにそんな恥ずかしくなる様な事を平然と言えるんだ?
「でも、本当はそれだけじゃなかったんだ」
ん?
「というと?」
「……栄人君には言わないでくれる?」
流れ変わった?
「あっ、あぁ」
ジャリ
ん? 砂の音? 誰か……おっ! 来たぁ! やっと来たかクソイケメン! 日城さんナイスぅ! 奴め、俺と早瀬さんが居るのを見て、校舎の陰に隠れたな? よしっ、チラチラこっち見てるし……計画通り! 今まさに早瀬さんが話そうとしているナイスタイミングで来たもんだ。しばらく黙って見て聞いてなっ!
「月城君は栄人君の誕生日知ってる?」
誕生日? 一応は知ってるけど……
「栄人の誕生日? たしか9月の……」
9月? 誕生日? 買い物? あっ、あれ? もしかしてこれってもしかして……?
「もしかして、栄人の誕生日のプレゼント買ってあげようとしてた!?」
「……うん」
はぁぁぁ! 畜生! あのクソイケメンめ、プレゼントを買ってもらえるチャンスを3度も潰しやがったのか!? しかもこんな女神様からのプレゼントだぞ? 天は許しても俺は絶対に許さんぞ!
「はぁ……なんとなく分かった。つまり、俺達へのプレゼントっていうのは建前上で、本当は栄人に誕生日プレゼントを選んでもらって渡すのが本来の目的って訳だったんだ」
「そうなんだ。なんかごめんね。いいように2人の事利用したみたいで」
「いいよ、別に」
内心かなり傷ついてますけどね、別な意味で。
「こうでもしないとね、栄人君プレゼント貰ってくれないんだよね。中学校の時、合宿で知ってる人居なかった私に声掛けてくれたのも栄人君で、高校入ってからも最初に声掛けてくれたのも栄人君だった。だから私、栄人君にどうしても今までの感謝の気持ちも込めてプレゼント渡したいの。去年とかも話したんだけど、俺はなんでもいいよ。気持ちだけで十分っ! って結局何も渡せなくって。だから一緒に行ったらそこで気に入ったものプレゼントできるかなって思ったんだけど……結局無理だったからさ」
あのー、一発ぶん殴って来ても良いですか? あの校舎の陰に隠れてるやつ。なんか羨まし過ぎて腹が立つし、それを無下にした事にも腹が立つんですけど!? まっ、まぁ今の話、直接本人も聞いてるだろうし、事の重大さがわかったでしょう?
「そっかぁ。なら尚更約束破られたのはショックだったでしょ?」
「うん……3回目となると、結構ダメージ大きかったかな」
おい、聞いてるか? 栄人……おっ、ちらっとこっち見てる。俺の方見ろ! ……よしっ、目合った! 話聞いたか? 事の重大さ分かったか? 良いか? 上手くやれよ!?
コクッ
うむ。ちゃんと伝わったかどうかは分からんが……なんか頷いてたし大丈夫だろう。こうなれば、後は2人に任せて、邪魔者は退散するとしようかね。
「だよね。でも、栄人も自分がしでかした事分かってると思う。あんな元気ない姿、初めて見たしね」
「そう……なんだ」
「別に許してくれとは言わないけどさ、一応あいつの友達だから……あいつはあいつなりに反省してると思う。だからさ、あいつの話も少しは聞いてほしいかな。なにより、あいつと早瀬さんのいつも通りのやり取りがないと、1日が始まった気がしないんだ。だから宜しくね、早瀬さん」
「うっ、うん……」
「じゃあ、俺は行くよ。葉山先輩の無茶ぶり取材の続きしなくちゃいけないしね。よっと」
「あっ、ごめんね。私引き止めちゃって」
「何言ってんの、引き止めたのは俺。これでうまい具合に時間稼ぎ出来たよ。ありがとう」
「時間稼ぎ?」
「こっちの話、じゃあまた明日ね」
おっと、なんとか上手くいったか? さすがに覗きこんで様子を見るのはリスク高いなぁ……栄人の奴上手くやれよ? 声だけでも聞いとくか……
「よいしょっと、部活戻んなきゃ……あれ?」
「こっ、琴!」
「栄人君!?」
よし、逃げなかったな栄人。
「はっ!」
「ちょっと待ってくれ琴!」
「あっ……」
ふぅ……この様子だと上手く話出来そうな感じかな? なんか想像するだけで……腹が立つ光景だ。こんなの直視しなくて正解だったわ、壁越しに声だけで十分。
それにしても……
青春って甘酸っぱいなぁ……
ピロン
【見て見て! 片桐君こっちゃんの手を握って引き止めたよ! キャーなんか恋愛ドラマのワンシーンみたい!】
ははっ……、一応日城さんのおかげでもあるしな。存分に鑑賞してくれ。
【ありがとう、日城さん】




