02.エンカウント(2回目)
微かに震える手。落ち着かない心臓。
それらを必死に抑えようと、
ひぃと、すうぅ。
ひぃと、すうぅ。
ひぃと、すうぅ。
俺は男子トイレの個室に籠り、必死に人という字を手のひらに書いてそれを吸ってます。
なんでだ! なんであいつがに居た! 地元の高校に行ったはずだぞ……間違いない! だけどあの目に、あの鼻、あの口……やばい! 思い出しただけで寒気がする! 落ち着け落ち着け。
ひぃと、すうぅ。
ひぃと、すうぅ。
ふぅ。なんとか落ち着いた……
だいぶ心が落ち着いたところでトイレから出ると、俺は自分のクラス1年3組の教室に向かって歩き出す。
いやぁ、でも焦ったなぁ。あれから全速力で学園まで来ちゃったし、おまけに正門のセキュリティチェック無視しちゃったみたいで警備員に追われるし、高倉先生居なかったら確実に自我を失ったままだったわ……あっ、高倉先生ってクラスの担当の先生ね。
まぁ、そんなこんなで無事クラスまで辿り着いたし……。ここからやっと俺の平和な高校生活が始まるんだぁ。ガラガラっと。
期待に胸を躍らせながら、3組の扉を開ける。その先には知らない人、知らない人、知らない人。紛れもなく俺が知らない人だらけで、なおも心が躍りだす。
「おぉ、蓮! おはよう!」
あっ、一部例外あり。
「あぁ。おはよう。」
「なんだ? テンション低いなぁ。でも、まさか一緒のクラスとはなぁ。やっぱ知り合いが居ると落ち着くわ~。よろしくな!」
「色々あってな……。まぁその気持ち分からなくもない。よろしくな」
こいつの名前は片桐栄人。数少ない同じ中学校からの入学生だ。いわゆるスポーツ推薦とやらで進学が決まったバリバリのスポーツマンで次期陸上短距離界のホープとして一目置かれている。まぁ俺としては、栄人が一緒のクラスで助かった。その影に隠れてるだろうし、そうなると必然的に目立たない。そう、目立たず騒がれず平和な高校生活を送る為の生贄なのだ。
「はぁい、皆さんおはようございます。早速ですが、入学式が行われますので廊下に整列してください」
前方の扉が開いたと思うと、颯爽と現れた高倉先生が早口で指示を促す。その指示に、教室にいた生徒たちはぞろぞろと廊下の方へ向かって行った。
短髪、眼鏡、見た目優しげで細身。とりあえず、担任が男でよかった……って決してホモではないぞ? 女の子は好きだ。ただし2次元に限る。とまではいかないけど、できるなら画面の中とか雑誌の中で見ていたい。
廊下に並ぶ大勢の1年生。目の前の人数だけでも相当なのに俺たちの後ろにあと7組もあるなんて想像しただけで気持ちが悪い。けど、それが名門校たる所以なんだろう。
「――――――であるからして、新入生のみなさ――――――」
話なげぇよ。
ふぅ。やっと終わったぁ。
長時間に渡る校長の睡眠魔法から解き放たれたおれは、他の生徒達の流れに乗りながら教室まで戻ってくると、割り当てられた自分の席に腰を下ろす。
運が良かった。教室の席順、運命の初期位置。高倉先生曰く、出席番号とか関係なしにランダムだから~って言ってたけど。ランダム最高! まさか最後尾窓際に選ばれるとは。いい天気だぁ~。
「蓮、ちょっといいか?」
せっかくの気分を邪魔するこの声は、栄人か?
「ん? どうし……うっ!」
栄人の隣、そこにいるのは紛れもなく女。迂闊だった、後ろで端っこという最高の席に浸りすぎて完全に注意散漫だった。
「こいつ、一緒の中学だったんだ」
「えぇ、そうなんだぁ」
おい、人を指差すんじゃない。それにしても誰だこの女? 早速目付けたのか……早すぎだろ! どれどれ……黒髪長め、顔は上の中ぐらいか? 悪くない。身長普通、全体的なスタイル良さげ。
「初めまして、私早瀬琴って言います。栄人君とは前から合宿とかで一緒だったから知り合いなんです」
合宿……? ほほぅ。ということは選ばれしアスリートってことか。そんな感じにはぱっと見見えないけどな。
「知らない人ばっかりで不安だったけど、栄人君見つけて安心しちゃって。それで栄人君から同じ中学校の友達がいるって聞いて、御挨拶しに来ました」
なかなか、性格は良さそうか? だが裏の顔を持っている可能性も否定できない。こればっかりは見定めるのに時間がかかるな……。けど、用心に越したことはない。
「あぁ、月城蓮です。よろしく」
なぁ、なんかめちゃクールに話したと思うだろ? それだったらめちゃくちゃカッコいいよ。なんせこれが俺の限界。クールに聞こえるけど、実際はガチガチに固まって言葉が出てこなくて、無理やり頑張った結果の端的、短文。声も出ないから少し小さい。
「蓮君かぁ。これからよろしくね? ところで栄人君……」
とりあえずファーストコンタクトはこんなもんか……。できれば話したくないけど、昔に比べればマシになった方だな。
イチャイチャしてる2人を横目に、頬杖しながらボーっと前の方を眺めていると、
ガラガラ
その音と共に前方の扉が開く。
ん? 先生来たか? 早く隣のイチャイチャ止めてくださ…………はっ!
一瞬で息が止まる。朝と同じ強烈な寒気が体を走って、心臓の音が、鼓動がはっきり聞こえる位強く、速くなる。
何でだよ? 嘘だろ? いやいやマジであり得ない。信じられない! 信じたくない!
開いた入り口から姿を現したのは、朝ここに来る途中でぶつかってきた女。おれに悲しみを負わせ、忘れようにも忘れられない、女性恐怖症の原因にもなった、宿敵、天敵。
そう、それは……その人物は、俺にとってトラウマ幼馴染だった。