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115.温もり

 



「ツッ、ツッキー!? 入って来るの早いよっ!」


 その美しさに、どれだけ見惚れてたんだろう。恥ずかしさ全開な恋の声が耳に入るまで、俺はその場に立ち尽くしていたんだから。


 気付けば目の前に、腕でバスタオルを抑えて顔が少し赤い恋が居た訳だし? その瞬間、ハッと我に返ったよね? ヤバい……これはまずいタイミングだったんだって。


「ごっ、ごめん! いやっ、もう大浴場の方行ってると思ってたからっ!」


 急いで顔を横に向けて、苦し紛れの言い訳をしてみたけど……逃れる事の出来ない不安が俺に襲い掛かって来る。

 こりゃ機嫌を損ねたかな? てか絶対ヨーマにチクられるよっ! ヤバい……ヤバイ……

 

「もっ、もう。いいよ? ちょっとビックリしただけだし……はっ! それにさ、よくよく考えたらちゃんとバスタオルで完全防備済みなのだよ? 月城君」


 いやいや、完全に忘れてたでしょ? てか切り替え早くね? ん? という事はつまり……完全防備な今の状態なら本人の目を気にせず見ても良いって事なのでは?


「えっと、それはつまり見ても良いって事?」

「ふふふ、もちろんだよ。いっ、一瞬でも恥ずかしがった自分がバカみたいだぁ」


 おぉ、マジか? あの、確かに隠れているとはいえ、その恰好はやっぱり……


「はいはい、ツッキー? 早く着替えなよ?」

「分かったよ」


 なんだよ急に恥じらいの心を忘れやがって。ったく、じゃあ脱ぎますよ?

 息を吹き返した恋に急かされる様に、俺はそそくさと入り口近くの棚の前に向かう。そして、空の籠を確認すると、


 よっこいしょ。

 いつも通りにシャツを脱ぎ、それを籠の中に入れたんだけど……その時、俺の視線にあるものが入り込む。


 あれ? 隣の籠になんか入ってね? 宮原旅館の浴衣? その下からなんか出てるけど……はっ!


 それはピンク色の平らな紐の様なもので、何となく……何となく見た事がある形。

 もし俺の予想が正しいなら、これは……恋の……いかんっ! 


 その瞬間、一気にそれから目を離して気持ちを落ち着かせる。偶然とはいえ……これ以上見てたらどうにかなってしまいそうで怖かった。


 危ねぇ、あれって恋の……ブラジャーだよな? なんで隣に? しかもなんでちょっと見えてんだよ。これ以上心臓に負担掛けないでよ恋ー。えっと、気を取り直してさっさと脱いじゃおう。


 それじゃあ……ん? 

 その勢いのまま短パンに手を掛けた時だった、何となく背中に視線を感じる。


 なんだろ? 

 そんな疑問が浮かんだまま、俺はその視線の正体を確かめるべく、ゆっくりと振り向いていった。恋は大浴場に行ってはずだし、誰も居ない……って!


 そこには誰も居ないはずだった。けど誰かの視線は感じる。それが意味するのは1つしかない。そう、さっきと同じ場所で立ち尽くし、顔を赤くして俺を見ている恋がそこに居たんだ。


「れっ、恋?」

「なっ、なに? ツッキー?」


 おいっ! なんでまだそこに居る!? 大浴場行ったんじゃないのかよ? あの、俺今から短パンとか脱ぐんですよ?


「あの……俺さ? 今から服脱ぐんだ」

「うっ、うん!」


 うん!? いや、恋よ、俺が言いたい事分かってるのか? そのままそこに居たら……丸見えなんですよ?


「いや、ズボンとか脱ぐんだよ?」

「うん!」


「あのパンツも脱ぐんだけど……」

「うんう……はっ! ごごごっ、ごめん! わっ私露天風呂行ってるねっ!」


 ようやく俺の言いたい事が分かったのか、恋はそれこそ脱兎の如く大浴場の中へと姿を消していった。

 うおっ、結構な速さで行っちゃったけど、大丈夫か? 転んでないか? 体を見られてた恥ずかしさより、むしろその心配の方が勝ってしまう。


 まぁコケた音もしてないし、大丈夫かな。じゃあ俺もズボンとか脱いで…………っと。タオル巻いて、行きますか。


 とりあえず隠すところを隠して、大浴場の中へと入っていく。そのまま掛け湯を済まして、辺りを見渡してみても恋の姿はない。


 やっぱ、露天風呂行ったのかな? なんて考えながら俺もそっちへ向かって行くけど、よくよく考えたらやっぱこの状況っておかしいよな? まさかの混浴だぞ? ……いや、これは天がくれた贈り物だ。日頃2人きりで話せない鬱憤を……


 今晴らしてやる!


 勢いよく扉を開けた先、その露天風呂の真ん中に……恋は居た。露天風呂に似合う綺麗な、素敵な女の子。それは俺から見ても絵になる光景で、思わず息を飲む。


「あっ、ツッキー。早く入ろう?」


 その笑顔はやっぱり眩しくて、やっぱりとんでもなく可愛い。


「あっ、うん」


 そんな恋の笑顔に誘われるがまま、俺も露天風呂に入っていく。意外と入ってしまえば体とかそんなのは気にならなくって、俺達はごく自然に話をしていた。


「やっぱり、ここいいよね?」

「あぁ。朝に入ったのは初めてだけど……朝日に照らされた景色も最高だよ」

「うん。綺麗だよねぇ……」


 綺麗……か。景色より、恋の方が綺麗だよ? なんて格好つけた事すんなり言えるのが、出来る男なんだろうなぁ。俺には……その後のリスク考えると無理ですっ!


「そういえばさ? 今年の透也さんの話もすごかったよね?」

「確かに! 座敷わらしってにわかに信じられなかったんだけどさ? 透也さんが嘘言ってるようにも見えないよな?」


「うんうん。それに座敷わらし見たって場所、あそこ調べてみたんだけど本当にあるんだよ?」

「そこまでリサーチ済みなのか? さすが新聞部のエースだな」


「エッ、エース!? そんな事……ないよ?」

「またまたぁ」

「だって、新聞部のエースは……ツッキーだもん」


 はっ! そのいつもの弾ける様な笑顔じゃなくて、妙に色っぽく感じる笑顔で言われると……変に緊張しちゃうんですけど? 


「あっ、ありがとう。じゃあエースは譲り受けるけど、編集長は恋ね?」

「えっ、それって!?」


「いやいや、葉山先輩の後を継ぐのに相応しいのは恋だろ?」

「違うよっ! あっ、その……そう言ってくれるのもめちゃめちゃ嬉しいんだけど……」


 ん? だったらどういう?


「ん?」

「だってそれって……来年も新聞部に居てくれるって事でしょ?」


 まぁ、別に来年だったらヨーマも居ないし? あれ? それじゃあ入部の要因となった人物が居なくなるから、無理に入ってる必要もないのか? だけどさ、俺は恋と……一緒に居たいよ。


「ん? 当たり前じゃんか」

「……嬉しい」 


 くっ、そのギャップは卑怯だわ。


「まぁ、葉山先輩達みたいな強烈なアイディアは難しいと思うけど、頑張ろう?」

「うんっ! 頑張るっ!」




 そんな感じで、俺と恋は他愛もない話で盛り上がった。それは時間を忘れるぐらい。それ位楽しくて、幸せな瞬間。


「ふぅ、なんかたくさん話してたら、さすがに熱っつくなっちゃったぁ」

「確かに。大丈夫か?」


「うんっ! 全然へっちゃらだよ?」

「そっか、じゃあボチボチ上がりますか?」


 よっと。ふぅ、なんか良い感じに風も出てきて気持ちいい。あっ、そいえば恋熱がってたよな? 立てるか? 


「恋? 立てるか? ほいっ」


 そう言って、何気なく恋に手を差し伸べた時だった。俺の眼前には驚くべき光景が待っていた。

 さすがにこの距離、この格好の恋を見下ろしたのは今日この瞬間が初めてだし、そんなの全然気にしてなかっけど……それは、俺の心を動揺させるには十分すぎる……谷間っ!


 うおっ! 待て! 折角格好良く手を差し伸べたんだぞ? それをぶち壊さないでくれよ! いいか蓮? 表情を崩すなっ! 紳士だ、お前は紳士なんだ。それを堪能するのも良い、けど、あくまで冷静にっ!


「ふふっ、ツッキーって本当に……優しいね?」


 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、恋はそう言いながら俺の手をギュッと握る。そんな温かい手の感覚を感じながら、そのまま力を入れてゆっくり引き上げると、それと一緒に恋も立ち上がる。


「ふぅ、ありが……」


 それは一瞬の出来事だった。確かに引っ張って、恋は立ち上がった。でもその瞬間恋はバランスを崩していた。急に立ち上がったからなのか、足が滑ったのかは分からない。けど俺は、反射的に掴んでいた恋を手を思いっきり……自分の方へと引っ張っていた。


 バランス崩して倒れていく恋を助けたかった。別にさ、温泉あるから転んだって大きな怪我はしないと思う。でもそんな事考えられない位、俺は必死だったんだ。


「きゃっ!」


 そんな恋の声と一緒に、肌に感じる柔らかい感触と少しザラついた手触り。無我夢中で恋を引き寄せた俺にとって、それは安堵に他ならない。


 体全体に感じる、恋の感触、体温……


 離れなくて良かった、離さなくて良かった。とりあえず、恋は助かった。


 その事実だけで……十分だった。




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