113.違う
「何言ってるの? ツッキー?」
その声は妙にハッキリとしていた。けど、それはもう今更だった。
「何言ってるの? じゃないよ。俺は分かってんだよ。恋の振りして何しようってんだ?」
まぁ、奴にしてみれば自信満々で、バレるなんて思ってもなかったんだろう。声は似てるしね? それがまさか見破られて驚いてるはず。出来ればその顔をこの目で見たい所ではあるけど。
「なんだ、バレてたのか」
少しだけ沈黙が続いた後……壁の向こうから聞こえてきたのは、開き直ったかの様な凜の声。その切り替えの早さに少し腹が立つ。
バレてた? 確定だ。こいつは最初から恋の振りして俺に話し掛けた。となればその目的はなんだ? 考えればキリがないんですけど……とりあえずその呼び方だけは止めろ。
「んで? 恋の振りしてどうするつもりだったの?」
「んー、別に? 何となく」
なんとなく? いや、お前の何となく程信用できないものはないがな。あっ! ……てか絶対夕方の事で脅すつもりだろう! いや、ここで下手に動揺したら相手の思うツボだ。
「あらそう」
「それにしても、ここって凄く良い旅館だよね?」
「まぁな」
「ご飯も美味しいし、露天風呂も素敵だし?」
「そうだな」
落ち着け? 冷静に……
「覗き穴もあるしね?」
いっ、いきなりぶっこんできたぁ! どうする? 対応次第では本当に奴の成すがままにされちまうぞ? なんて切り返す? なんて言い訳する? 考えろ……とっ、とりあえずさっと……
「覗き穴?」
とぼけてみるか? 通用しないとは思う……
「とぼけちゃって。壁の奥の方に空洞みたいなのあるでしょ? 覗き穴っぽいじゃん」
ですよね? バッチリ目合ったし、場所まで確認済みですもんね? しかも言い方が若干笑いながら……いや? 呆れてる? そんな感じなのが何とも嫌だ。
「ん? どれどれ……あぁ、これ?」
「これって……まだとぼけるのかな? 蓮?」
くっ、流石に言い訳もキツくなってきたか? 悔しいが認める他ないんだろうか……どうする? 認めるにしても最初から覗く気だったのと、偶然見つけて覗いたでは心象も違うだろう。……ならば俺が取るべき行動は1つだっ!
「まぁ、お前と目合ったしな。確かに見てたよ? そこの穴からね」
「やっと認めたー」
「だって仕方ないだろ?」
「んー? 仕方ないとは?」
「景色楽しんでて何気なく壁の方見たら、小さいとはいえ長方形の空洞があるんだぜ? そりゃ覗きたくもなるだろ?」
「まぁ、それはそうだけど……」
よっし、とりあえずこれで故意ではなく偶然で覗いたって事にできそうだな。あと、やはり奴の性格的な事だろうか。揉め事とかあっても必ず双方の意見を聞いて、お互いを納得させる……中学まで見せてたその性格が、今もなお健在で少し安心する。
「まぁ不可抗力って奴かな」
まぁ見てたやつが言うセリフか? って位の嫌ぁな感じだよな? 自分でもそう思うもん。しかしながら……返事としては上出来じゃないか?
そんな事を考えながら、改めて目の前に広がる夜景を眺める。
特に用事がない限り、これ以上は俺には話し掛けてこないだろうし、なによりこっちは不安が解消されて、露天風呂が最高に気持ちんですよね?
「誰のスタイルが1番お好み?」
「ぶっ! はっ、はぁ?」
いやいや、何言ってんだよ! スタイル? 好み? てかお前それ系の話題なんて1度も……
「だってさ、見てたんだよね? つまり皆の姿見たんだよね? だったら答えられるでしょ?」
「いっ、いや! 湯気で全然見えなかったしっ!」
何普通にそんな話題振ってんだよ? しかも自分も見られてんだぞ?
「そっかぁ……じゃあさ?」
「なんだよ?」
「私の体だけ見たのかな?」
「はっ、はい?」
おいっ!? てか正確にはヨーマと早瀬さんのも見えたんですけど? ってそれ言ったら余計ややこしくなるし、良い餌与えるだけじゃねぇか! ダメダメ! ここは死ぬ気で誤魔化せっ!
「残念ながら見えてないぞ? 湯気でな?」
「そっかぁ……てっきり顔見えたから、体の方も見えてるのかと思っちゃった」
「良かったなっ! ははは」
素晴らしい! これはうまく乗り切ったんじゃないのか? まぁ凜がこの件をヨーマに言わないとも言い切れないけど、そうっ! あくまで事故! それで通せばあの悪魔の制裁だって軽くなる……
「蓮? 私、今……何にも着けてないよ?」
つっ……着けてない? 何を? いや、お風呂入ってんだから服脱いでるのは当然だろ?
「着けてない?」
「うん。着けてないよ? ……バスタオル」
バスタオルを……つけてない? それは即ち、壁の向こう側にいる凜は……
ゴクリ
って! 何考えてんだよっ、ゴクリじゃないよ! 危ねぇ、一瞬想像しちゃうところだったわ。よく考えろ? それだってただの嘘の可能性だってあるんだぞ? そうやって俺の反応を楽しんでるに違いない。騙されるなよ? 蓮。ここはあくまで冷静に。
「まぁ湯船にバスタオルを入れるのは入湯のマナー違反だからなぁ」
「そっか、蓮になら見られても良かったんだけどな」
はっ、ははは。そうかそこまでして俺をからかいたいのか? しかし残念だ。穴は既に透也さんによって修復済なんだ。もうあそこは外れない……勿体ない事したか? バカっ! 煩悩に惑わされるんじゃない! 俺が見たいのは恋の体ただ1つなんだっ!
「そっ、そりゃ残念だ」
「そういえば蓮? ここって去年も来たんでしょ? 葉山先輩と桐生院先輩と……恋ちゃんと」
きっ切り替え早っ! やっぱり嘘言って俺の反応楽しんでただけじゃねぇか! 畜生め!
「あぁ、あと早瀬さんと栄人もだな」
「そっかぁ、1年生から夏休みにこんな良い所に来れるなんて……凄く幸運な事だよね?」
「まぁそうだな」
「鳳瞭学園も大きくて、寮も素敵で……」
まぁ言われてみたらそうだな?
「蓮もすごく楽しそう」
「それはありがたい限りだね」
「あのね蓮? 考えた事ない?」
おいおい、なんか急にしんみりしてきやがったぞ? これも作戦の1つか?
「ん?」
「皆と……仲が良かった中学校の皆と、一緒に春ヶ丘に行ってたらどうなってたかって」
春ヶ丘……?
「仲良かった皆はほとんど春ヶ丘高校に行ったよ? もしさ、自分も行ってたら今頃どうしてるのかなって」
なに言ってやがる。
「なんかさ、中学校の時と同じなのかなって? 学校行って、みんなで笑いながらさ? 授業受けて」
それを……それを……
「運動会とかさ? 体育祭とかさ? 修学旅行とかさ? 多分中学校の時と同じ感じで楽しかったのかな?」
俺から奪ったのは、お前だろ!
「それに……」
「なぁ、なんか勘違いしてないか?」
「えっ?」
「その話しぶりだと、鳳瞭に来た事後悔してるでしょ? って言われてるみたいなんだけど? それに、別に凜は春ヶ丘に行けただろ? 内申点が足りないなんて事もないだろうし、推薦でも何でも行けたはず。けど、行かなかったのは自分の責任じゃね? 俺にはその理由とか分かんねぇよ。けど、それを選んだのは凜自身だろ? 俺だって、俺自身が決意して決断して努力して……鳳瞭を選んだんだ」
「……そうだよね? ごっ、ごめん」
なんなんだ? マジで腹が立つ。行けたのに選ばない、挙句の果てに春ヶ丘に行ってたらどうなってたかだと? 何言ってやがる、自分の後悔を他人にも共感させるんじゃねぇよ!
「……そっか」
何だよ。何自己解決してんだよ?
「最初はね、強がってるのかなって思ってた」
最初って、あの屋上の事か? ははぁ……余りにも楽しそうだから、ついつい俺が嘘ついて、凜に自慢してるとでも思ったのか?
「全くもって強がってはないね」
「うん。ここ3ヶ月位かな? 蓮や、その周りの人たちの様子見ても……それは分かった」
でしょうね? まぁ一部例外も居るがな? 編集長とかクソイケメン委員長とかそんとか。
「じゃあさ、蓮。最後にもう1度だけ聞いても良いかな?」
「なんだ?」
「蓮は……鳳瞭に来て後悔してない? 今……月城蓮は幸せですか?」
後悔……?
そんなの微塵もない。
幸せ……?
確かにうるさい奴だらけだけど、不思議な事に笑顔にならない日はないんだよ。
お前は後悔してるのか?
だったらなんで春ヶ丘に行かなかった?
俺に対する対抗心か? それとも……俺が……春ヶ丘から遠ざかるを得ない状態にした同情か? 哀れみか? 罪滅ぼしか?
そんなもの……気持ちが悪い。
お前の気持ちなんて、俺にはさっぱり分からない。だけどな? 俺は……今の俺は……
「後悔なんてある訳ない。俺は今、最高に幸せだ」
お前とは……違うっ!




