2-1 復讐鬼の現代アート
「おはようございます」
朝準備を終えて家を出ると、玄関先でヒナタが待っていた。
「おはよう。もしかしてここで待ってたのか?」
「はい。ずっとではありません。
ヨシキ様がお家を出るであろうお時間を、
予め予想していただけですので」
(アマノよりもよっぽどストーカーらしいことしてるな)
と思いつつも言うことはできなかった。
ヒナタのタレ目が純粋な色をしてたから。
もしアマノのようないたずら心を持っていたのなら、
言ってしまっただろう。
「学校へ行くのをご一緒してよろしいでしょうか?」
「もちろん」
(断る理由もないしな。
いっしょに登校したからといって、
隠し事がバレるわけでもないし)
自分で一応確認をしながらも答えた。
それにヒナタは朝の日差しよりも明るい笑顔を見せた。
「ありがとうございます」
「一緒に登校するくらいで、そんなに礼を言うことか?」
歩きながら聞いた。
一応ヒナタの小さな歩幅に合わせる。
「はい。こうして誰かといっしょに歩くなんて、
今までできませんでしたから。
その相手がヨシキ様であることも、とても嬉しいのです」
(昨日ヒナタの経緯を聞いてたら察してしまうな。
妖和になる前は、いろいろあったのかも。
そう思うと断らなくてよかった)
そんな話をしながらマンションを出ると、
ヒナタは思い出したように口を開く。
「そいえば、アマノ様がいらっしゃいませんわね」
「アマノは多分、俺より早く家を出て、
イタズラの準備をしてるんじゃないか?
昨日もそうだったし」
「まあまあ、やる気に溢れた方なのですね」
「ヒナタといっしょだよ」
「そうでしょうか?」
「恩人の子孫に恩返しがしたくて、
俺を探してこんなところまでやってきたんだ。
アマノの復讐とやらもそうだけど、
それはよほどのやる気が無いとできないことだろう?」
「お褒めいただきありがとうございます」
道を歩きながらもヒナタはキレイな会釈を見せてくれた。
(別に褒めたつもりはないんだが。まあいっか)
ヨシキも少し口元を緩ませた。
(それに今日は一体なにをしてくるんだろうな)
と想像するとさらに口元は緩んだ。
自然と足取りも軽くなってくるのを感じる。
「ヨシキ様は楽しみなのですね」
「うん? 何がだ?」
「アマノ様のイタズラですわ。
ヨシキ様もとてもうれしそうな顔をしておりましたから」
「そうかもな」
先日もミコに似たようなことを言われたのを思い出した。
アマノが来てから、自分の生活に潤いのような、
非日常感がでてきている。
それは楽しいということなのだろう。
#
アマノがなにか仕掛けてくるのではと今日も思ったが、
何事もなく学校に来ることができた。
「今日は下駄箱はなにもなし。
虫でも入れてくると思ったんだがな」
つぶやきながらくつを履き替えた。
すぐそばでヒナタが『あらあらまあまあ』と口をぽっかり開けている。
「そんなことされたのですか?」
「いいや、昨日家の間でヒナタとであったとき、
それの準備してたらしいけどな。
ヒナタに驚いて逃しちゃってたけど」
「ではわたくしは、ヨシキ様と虫様をお助けしたということですね」
「虫にも様をつけるのか……」
「すべての命は尊いものです」
そんな話をしながら教室へ。
ヒナタとふたりで入ってきたからか、
周囲の視線とミコの般若のような顔を向けられる。
(妖狐なんだから、狐の面のような顔をしろよ)
と思いながら自分の席にやってきた。
するとアマノの今朝の復讐がようやく見える。
「おー、今日はこんなことしてたのか」
ヨシキは思わず関心を寄せるような声を上げた。
机には悪口などがびっちりと寄せ書きのように書かれていた。
語彙が足りていないのか、同じような言葉や、
『バーカ』などあまりに幼稚な落書きも多い。
それでも足りなかったようで、英語も使われているがスペルミス、
NGワードよけの隠語なんかもそのまま書かれている。
「まあまあ、まるで耳なし芳一様ですわ」
ヒナタもそれを見て口を丸くした。
「これだと書き忘れなんてなさそうだ。
っていうかその話は妖怪の中でも有名なのか?」
「わたくしは、お世話になっていた旅館で、
様々な本を読ませていただきましたから。だからお勉強もできるんですよ」
慎ましやかな胸を張った。着物が似合いそうだ。
「それはそうとして。いかがいたしましょう?
消すのをお手伝いしますか?」
「いやいい。耳なし芳一と聞いて、
ちょっとおもしろいことを思いついた」
ヨシキは椅子に座って筆箱から消しゴムを取り出した。
隅から消していかず、考えながら消していく。
「なにをしていらっしゃるのでしょう?」
「まあ、見ててくれ。
分かりづらかったら近くじゃなくて、遠目で見てみるといいぞ」
そう言われるもヒナタは分からず首をかしげた。
しばらくそのまま見ていると、
前の席のイチロウがやってくる。
「ようヨシキ、何してるんだ?」
「現代アートだ」
ヨシキはそう答えて席から立った。
背伸びするように足を伸ばして、
自分も出来栄えを確認する。
落書きを消した箇所が絵になるようにしていた。
遠目で見ると、デフォルメされたアマノのようなキャラクターが見える。
「もっと高いところから見ると分かりやすいんじゃないか」
言いながらヨシキはスマホのカメラを起動した。
上履きを脱いで、椅子の上に立って撮影する。
そんなことをしていたからか、
クラスメイトたちが物珍しい目を向けてくるが気にしない。
撮影した写真をイチロウやヒナタに見せた。
「ほほー、やるじゃん」
「かわいらしいですわ」
するとクラスメイトたちもぞろぞろと寄ってきて、
「お、あの転校生の鬼じゃね?」
「かわいいー」
「ヨシキくんって、絵がうまいんだねー」
「そもそもなんだこの幼稚な落書き」
「ヨシキくんの机だし、自分でこんなことしないよね」
「多分アマノじゃね? ほらヨシキに復讐したがってたし」
クラスメイトたちは、ワイワイと言いながら写真を撮り始めたり、話を始めたりした。
「ちょっと!? なにしてるのよ」
騒ぎを見てかけつけたのか、
思っていたリアクションと違っていたからか、
人だかりを割ってアマノが入ってきた。
「おはよう、アマノ」
「おはようございます、アマノ様」
「アマノっち、おはー」
「おはよー」「おはー」「おはようー」
「お、おはよう……」
ヨシキたち皆に挨拶をされたからか、
うろたえつつもアマノが挨拶を返した。
それを見てヨシキはうんうんと満足げにうなずく。
(ちゃんと挨拶返すんだな。いい子だ)
「それで! なにやってるのよ!」
「アマノの落書きを芸術にしたんだ」
美術館で自分の芸術作品を紹介するようにヨシキは、
自分の机に手を差し出した。
「なにこれ、あたし?」
「分かってくれたか。
ゲームのアバターをデザインするように書いてみたんだが。どうだ?」
「なかなかかわいいじゃない……。
あんたにはこう見えてるってこと?」
アマノは細くて白い頬をほんのりと赤くしてつぶやいた。
うろたえるような様子なのは、
こんなふうに思われたのは意外だからだろうか。
それとも恥ずかしいからだろうか。
どちらにしても嬉しそうなのは違いないようだ。
目はいつもよりも明るく、
口角が上がってしまうのをこらえているような微妙な表情をしている。
「そうとってもいい」
ヨシキは素直に答えた。
それを聞いてアマノはずいっと後ずさりした。
顔はさらに赤くなっている。
耳どころか、ツノまで赤くなりそうだ。
文字通り信じられないことを言われたような顔になっていく。
「そっ! そんなことより、なんで怒ったり泣いたりしないのよ!
こんなにひどいことをされたのよ!?」
「いやだって、こんなクソザコなことされてもなぁ」
「クソザコぉ!?」
今どきな言葉だったが、
言いたいことは伝わったようだ。
アマノは不当裁判の判決を受けたような顔をして聞き返してくる。
「クソザコ復讐鬼って語感いいな。ラノベ感ある」
「なんですって!?
よく分からないけどけなされてることはわかるわよ!」
ゲラゲラ笑うイチロウの感想にもアマノはつっかかってきた。
それでも笑いは止まらない。
「とてもかわいらしい呼び方ですわ。
わたくしにもほしいくらいです」
「だったらすぐあげるわ今すぐ引き取って!
レジ袋入る!? 温める!?」
ヒナタはおそらく素直に行った通りのことを思っている。
言い方からして、なんとなくそんな気がした。
それでもアマノには煽っているようにしか聞こえなかったのか、
マントを見る牛のようにつっこんでいく。
「わたくしは鬼ではございませんし、
クソザコというあいらしい称号にもふさわしくないかと」
「あいらしくないわよ!」
「そんな呼び方をなさるということは、
仲良くて羨ましいですわ」
「これで仲良しってどういう考え方してんのよ!」
アマノが言い返しても、
ヒナタはクスクスと上品な笑いをやめなかった。
なにを言ってもムダと思ったからか、
アマノはイラ立つ顔をヨシキに向ける。
「ヨシキ、あんたも言い返したらどう?
あたしみたいなヤツと、仲良し扱いなんてイヤでしょう?」
「いやいいけど」
「なんでよ! あたしはヨシキに復讐に来てるのよ!?」
「これが復讐だったら、世の中平和になったなって思う。
それに復讐を受けたいってヤツもいるくらいだ。
ターゲットを変えたらどうだ?」
そう言ってヨシキは顔をイチロウに向けた。
イチロウは両手を広げてアマノに大きくて熱い眼差しを向ける。
「アマノっち、おれっちはいつでも歓迎だ。さぁ、踏んでくれ」
「一つ目小僧のイチロウだっけ?
あんたには別になにもないし。
意味もなくひとを踏めないわよ」
「いいや、意味はある。おれっちが喜ぶ」
「きもちわるい」
「それもご褒美だぜ……」
イチロウは嬉しそうに親指を立てた。
これだけでも満足げだ。
周囲から男子の羨ましい目と、
女子のドン引きの目が向けられる。
「って! 自分から興味を逸らそうったてそうはいかないわよ!」
「絶対にヨシキの嫌がる顔をみてやるんだからね!」
何度目か分からない負け惜しみの言葉を聞いたところで、予鈴がなった。
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