1-8 復讐と恩返しの挟み撃ち
それから今日も何事もなく家に帰れた。
そう思い、マンションのエレベーターを降りる。
(アマノもなにもしてこなかったな)
思いながらマンションの廊下を歩いていると、
「おかえりなさいませ」
またも自分の部屋の前に思わぬ人物が居た。
「わっ!? ヒナタ?」
アマノだったら予想できた。
だが目の前には今日同じクラスに転校してきた座敷わらしがいる。
キレイな姿勢だと思ったが首は愛らしい角度に傾き、
こちらに笑顔を向けている。
「はい。座敷わらしのヒナタでございます」
答えてペコリと礼をしてくれた。
こんなありふれたマンションの廊下ではなく、
お屋敷や旅館の廊下でされるような礼だ。
実際ヒナタは旅館に住み着いてたとお昼に聞いたので、
たとえどおりの礼なのかもしれない。
「今日からヨシキ様のお隣に引っ越して参りました。
よろしくお願いいたします」
「そうか。よろしく……。
これも恩返しのため?」
二回目ともなれば聞き返さない。
その代わりに予想できる理由を聞いてみた。
「もちろんでございます。
ヨシキ様に尽くすには、
お隣に引っ越すのがよいと思いまして。
すぐに手配していただきました」
話しているとドアの開く音がした。
ひょっこりと明るい顔をしたアマノが出てくる。
両手にはおそらくイタズラに使うであろう虫を持っている。
種類は自主規制としたい。
「やっと帰ってきたわね――ってヒナタ!?」
そしてヒナタの長い黒髪を見て虫を落とした。
虫がすごい勢いで逃げていく。
ヒナタはくるりと回ってアマノに挨拶する。
「はい、ヒナタでございます」
「なんでこんなところに……もしかして」
いくらクソザコだとしても、
それくらいは察しがつくだろう。
アマノはそれでも信じられていないと言いたげな口ぶりで聞いた。
「その『もしかして』らしい」
ヨシキはため息交じりに肯定した。
その様子にヒナタは嬉しそうに目を細める。
「まあ、アマノ様もご近所に住まわれてるのですね!
ヨシキ様への復習のためと存じますが、すばらしいです」
「字が違うわよ字が!
頭の中桃源郷なんじゃないの!?」
「そんな素晴らしい場所に例えられるなんて、恐れ多い」
「褒めてるんじゃないわよ!」
「ところで、ヨシキ様」
アマノとのコントを一段落させ、
ヒナタはヨシキの元へと駆け寄ってきた。
おねだりをするような上目遣いで聞いてくる。
「今日も学校でお疲れでしょう。
わたくしが身のお世話をいたしましょうか?」
「いや、疲れてるのはヒナタもいっしょだろう?
転校初日、慣れない場所に居たんだし」
「いえいえ、皆様に良くしていただきましたので、
疲れたなんて思っておりませんわ。
それに引っ越しのお片付けも終わらせてしまいましたので、
そちらのご心配も無用です」
ヨシキが聞く前にヒナタは先に言ってしまった。
ヒナタはヨシキが口を挟む前に続けて、
「お掃除、お洗濯、お料理、
お風呂でお背中をお流ししたり、
体をもみほぐす『まっさあじ』もいたします。
どれもなんなりとお申し付けくださいませ」
「いや、どれもひとりでできるから、大丈夫だ」
言葉が区切れたところでようやくお断りを入れられた。
ふたりを前にヨシキは顔を固くしている。だが、
(なんの準備もなしに家に入られるのはまずい。
見えるところにパンツは置いてはないが、
万が一引き出しや洗濯機を開けられたらバレる)
内心はそう焦りが出始めていた。
両手も思わず力を入れて握る。
「いいわね~。あたしもヨシキの家に入れてよ」
その様子がバレたのか、ただチャンスだと思ったのか、
アマノもそんなことを言い出した。
ヒナタの横にやってきてわざとらしい上目遣いを見せる。
「アマノまで……」
「まぁ! アマノ様も、
ごいっしょにヨシキ様のお世話をいたしますか!?」
「んなわけないでしょ!
あたしは復讐よ。
今みたいなヨシキの困ってる顔が見たいの!」
ヒナタが言うとアマノは声を上げた。
ヒナタは特に気にせずまたヨシキに目を向ける。
「ヨシキ様はわたくしといっしょにいるのがイヤなのでしょうか?」
このセリフを潤んだ黒い瞳で言われたら、
さすがのヨシキも困った。
幸いにして、お伺いを立てるような言い方だ。
それでも良心が痛むような気持ちはでてくるのか、
胃はチクリと痛む。
「そういうわけじゃない。
ただ、急に家に来られると困るし」
ヨシキはなんとか理由を答えられた。
事実ではあるので、胃も傷まない。
「失礼いたしました。
他人をお家にお招きするには準備が必要なのを失念しておりました」
今日何回も見たていねいな礼だ。
「そんな仰々しく謝られると、より困る」
「なによ。どうしてあたしより、
ヒナタの言うことの方に困ってるのよ?」
するとアマノが目を細めてそんなことを聞いてきた。
「だって、悪いこともされてないのに、
こんなていねいに謝られたら誰だってそうなる。
それにアマノのあんなイタズラなら笑って返せるし」
「イタズラじゃないわよ!
復讐よ復讐!」
アマノは用意していたイタズラに逃げられたからか、
ヨシキを納得させられなかったからか、
「いーだ!」
と言って歯を見せて自分の家へと逃げていった。
「では今日のところは失礼いたします。また明日学校で」
ヒナタもそう笑って、自分の家へと戻っていった。
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