1-7 今度は狐に絡まれる
放課後までアマノはなにもしてこなかった。
授業中ちらりと見てみたが、
つまらなそうに黒板を眺めているだけ。
そして帰りのホームルームのあともさっさと帰ってしまった。
それを無言で見送ると、
「わたくし、引っ越しの後片付けが終わっておりませんので、
恐れ入りますがこれにて失礼いたします」
ヒナタもていねいな礼をしてあっさりと教室を出ていった。
今日は何事もなさそうだと思って帰る準備を進める。
「ヨシキくんって言ったっけー?」
とあまり呼び慣れてない呼ばれ方をされた。
声のした方を見ると、
今まで自分と縁の少なかった妖怪がいる。
「ああ。ミコか?」
ヨシキとは気が合わず話をする機会がなかったが、
クラスではやや人気の女子だ。
ヨシキの後ろからイチロウの熱くて大きな視線を感じるあたり、それがよく分かる。
狐の立った耳、
三本のフサフサのしっぽ(縮めることも可能らしい)、
プライドの高そうなツリ目、
クラスの女子では一番高い背、
髪もしっぽも目ももラピスラズリで染色したように青色など、
特徴も多い。
なおラピスラズリで染色したと表現したが、
ヨシキはそこまで魅力的だと思っていない。
ただゲームでラピスラズリを染料として使っていたのでそう表現しただけ。
「そうよー。
クラスメイトの名前と顔を覚えてくれててなによりー」
間延びした言い方にも感じるが、
これもミコの余裕の現れだった。
クラスではおかしな喋り方をするひとが多いので、
それに比べたら普通だ。
「そっちはあまり覚えてなさそうだったけどな」
「まあねー。
ヨシキくんのことずっと冴えない男子だと思ってたけど、
見方を変えるわー。
どうして転校生ちゃんに好かれるのー?」
どうやらこれが本題らしい。
目つきをやや鋭くして、
些細な理由でも見聞き逃さない本気度が伺えた。
「好かれてるわけじゃないだろ。
俺の祖先の陰陽師と縁があっただけで、
ふたりとも俺自身を見ていない。
ミコの言う通り冴えない男子であってる」
ヨシキは淡々と答えた。
事実ふたりとも、
ご先祖様との出会いがあってヨシキとの出会いがある。
顔も似ているらしく、そのせいもある。
だが、どうにもふたりのヨシキを見る目は、
あまりヨシキを見ていないと思っていた。
それに口を開けば
『あいつ』や『あのお方』のような二人称がでてくる。
ヨシキは気にしないが、
ひとによっては不快かもしれない。
これをモテていると感じるのは勘違いというものだ。
「でもー、ヒナタちゃんの視線を釘付けーなのはあってるっしょー」
「それはあってるかもな。
で、どうしてほしい?」
「鬼のアマノちゃんとくっついてほしいなーって」
頼み、というよりは命令形に近い言い方をされた。
首を上げて、若干目線も上からだ。
そんなことよりも、
また変な女子に絡まれたと思ったら、
また変なことを言われている。
言われたことに対してヨシキは眉をひそめた。
「……この場合は俺じゃなくて、
アマノに相談すべきでは?」
「ううんー。
アマノちゃんは復讐したがってるからー、
ヨシキくんが口説いたほうがかんたんだと思うんだー」
「難しいだろ。
恨まれている相手の感情を好意に変えるのは。
レースゲームにしたらビリッ欠どころか
周回遅れから一位を取れって言われてるもんだぞ」
「感情っていうのは足し算だけじゃなくてー、
掛け算もできちゃうのー。
マイナスとマイナスをかけたらプラスになるって感じで、
意外とかんたんにひっくり返るよー」
「どうやったらマイナスをかけれるのかは分からんけどな」
「ほらー、ヒナタちゃんの話にもあったでしょー。
ヒナタちゃんは悪霊から座敷わらしになったって。
そんな感じよー」
「俺のご先祖様が陰陽師なだけであって、
俺は陰陽師じゃない。
アマノの復讐心をひっくり返すなんて方法まるで思いつかん。
そもそも俺とアマノが付き合って、
どう得をするんだ?」
「あたい、ヒナタちゃんと仲良くしたいんだよねー。
だからヨシキくんがおじゃまかなーって」
「なるほど。
俺とアマノが付き合えば、それが叶うと」
すなおにうなずく。
アマノやヒナタと比べて理由が分かりやすい。
それでいて、今生きているひとだけが関わっている。
ひそんだ眉も戻ってきた。
その反応にミコもパッと顔を明るくした。両手を合わせて、
さらに三本のしっぽをピンと立てて嬉しさアピールする。
「プログラムとかゲームとか得意なだけあって、
理解が早くて助かるー。
ヨシキくんもかわいい彼女ができてお得でしょー。
転校してから早速楽しそうだし、お似合いだよー」
「だが当の俺に恋愛感情がない。
だからその頼みは聞けないな。
ちゃんと好きになってないのに付き合うのは、相手に悪い」
真面目に答えた。続けて、
「世の中には好きでもないのに、
遊びで付き合うなんてことがあるらしいが、
俺としては信じられない。
相手のことを考えてこそ恋愛だ。
なにごとも、好意に対して不誠実なのは良くないと思っているからな」
ミコは目に見えてがっくしと肩をうなだれた。
しっぽもヘナリとしおれる。
「んー、プログラムの授業が得意なだけあってカタブツー」
青いジト目がこちらを見てきた。
削ったり磨いたりするのに失敗したラピスラズリのようだ。
「それは関係ないだろ」
ミコは不服そうに細い頬を膨らませて顔を上げた。
「じゃーあー、
あたいはアマノちゃんを助けちゃうけどいいー?
入れ知恵して復讐の手助けしちゃうよー?
そしたらヨシキくんも困るっしょー」
「いいぞ。アマノも喜ぶんじゃないか」
迷うことなくサラリと言った。
当然本心で顔色も涼し気だ。
その顔にミコは口をぽっかりと開けた。
いい意味で驚いたときの顔だ。
「ホントにアマノちゃんの復讐が怖くない、
っていうか楽しんでるまであるのねー」
「まあな」
「ふーん、思ったのと違っておもろいわねー」
ミコは言いながら、
まるでナンパ師が断られた相手のことを、
逆に気に入ったような顔になった。
あるいは少年マンガで、
自分に一矢報いそうになった相手を
ライバルとして認めたときのような顔かもしれない。
だがミコの目は笑ってない。
少なくともアマノが復讐をしているときよりは、
復讐者の目をしている。
「褒め言葉として受け取っておく」
「しかもイヤミにも柔軟なたいおー。
これはアマノちゃんも苦戦するわねー」
「多分アマノがクソザコなだけだと思う。
ミコがちょっとアドバイスしてやってくれ」
「分かったわー。それじゃまたねー」
ミコは優雅(に見せた)に手を振って教室を出ていった。