4-4 復讐は続く
ヒナタが家を出ると、
ヨシキは体の力が抜けて崩れ落ちた。
それを見てアマノも自分のしたことに気がついたようだ。
「悪かったわ。あんなこと言って」
そう言いながらアマノは目線を合わせて言った。
まるで小さな男の子に語りかけるようだ。
それをヨシキはぽかんとして少し見つめる。
「……アマノがまたも謝るとは」
「はぁ!? あたしだって悪いと思ったら謝るわよ。
復讐が悪いとは思ってなかっただけよ!」
ヨシキの言葉を聞いていつものギャアギャアとした顔になった。
「そうか。
だが、どうしてパンツのこと言ったんだ?」
「ヒナタは多分、
あいつとヨシキを重ねてたのよ。
だからあいつとヨシキの一番違うところを見せたの」
「なるほど……。
いやそれでも冷静に考えたらおかしいか」
「他に思いつかなかったの!
それくらいあいつとヨシキは似てたってこと!」
「確かに他に思いつかなかった。
アマノのやったことが最善なのかもな」
そうするしかないとヨシキはため息をついた。
現実にはゲームの『巻き戻し機能』は存在しないので、
もうどうすることもできないが。
「ま、でもこれでヒナタも頭冷やすでしょ」
アマノも疲れたようにひといきついた。
今日一番叫んだのではないかと思う。
「なぁ、どうして俺を助ける?ようなことしたんだ?」
「聞いてばかりね」
「だって、アマノは俺を困らせたいんだろう?
ヒナタのことを放置しておけば、
目的が達成できるんじゃないかって」
「そ、それは……」
今度はアマノが答えづらそうに首を引いた。
キョロキョロしたり、
まだ手に握ったままのパンツを見たり、
ヨシキの顔を見つめたり、
理由を探しているようだ。
(もしかしたら、
困ったひとを助けたいって
親切心に気がついてないのか?)
ヨシキはそんなことを思う。
するとアマノの困った様子が
微笑ましくなり口元を緩ませる。
それを見て、ようやく理由を見つけたようだ。
ライバルを見るような目を向けてくる。
「あたしの復讐は、あたしの手でやるの!
ヒナタに頼ったってダメってこと!」
「そうか。そういうことなら納得だ」
ヨシキはからかわずにすなおにうなずく。
「あたしからも聞いていい?」
もう一度うなずいた。
するとアマノは少し顔を赤くしながら口を開く。
「ヒナタの言葉を聞いて、どう思った?
恋人になろうって思った?」
遠慮しがちな、
恥ずかしいと思っているような聞き方だった。
先日、プレゼントを持ってきてくれたときと同じ様子でもある。
ならばこれもからかわずに答えないといけない。
「俺もよく分からん。
考えるまもなく話が進んだからな」
「なにそれ?
かわいい女の子に好きって言われたのに、
素直に嬉しいと思わなかった?」
「かもしれんな。
ヒナタが俺とご先祖様を重ねてたから、
俺自信のことを好きになってはくれてなかった。
だからパンツのことはどうあれ断ったと思う」
「そっ」
答えを聞いてアマノは興味なさそうに短く答えた。
だがなんとなく安心の息が交じる。
「だから俺は、
アマノのように別人として見てくれてるのを嬉しく思うよ」
「そ、そう……」
アマノは顔を赤くしてまたそっぽを向いた。
口元が緩んでいるが、
ヨシキにまっすぐと嬉しいと言われて照れているのだろう。
(すなおではないがいい子だ)
改めてそう思う。
それからそっぽを向いたまま、
「あたしも帰るわ。
なんだか疲れちゃった。また学校でね」
アマノは嬉しそうに言って、家を出ていった。
#
「おはようございます。ヨシキ様」
次の日玄関先で待っていたのは、
騒動が起こる前と同じようなヒナタだった。
まっすぐ伸びた姿勢、
分けて配るほど余裕のある笑み、
ぴっちりとした制服に、
風になびく黒髪が涼しい。
「ああ。おはよう」
ヨシキも余裕のある挨拶を返した。
なんとなくふたりが転校してきたころに戻った気がする。
「先日は失礼いたしました。
このように頭もすっかり冷えて反省しております」
「いや、全然怒ってない。
気にしなくていいぞ」
まるで日常会話をするように話しながら、
ふたりは学校を目指して歩き出す。
「そのように言っていただけると嬉しいです。
今日からはまた初心に帰り、
ヨシキ様を恋愛対象ではなく、
恩人として恩返しをいたそうかと」
「俺の恩じゃないから、
恩返しもノーサンキューなんだが」
言葉を選びながら、
ヨシキは手を振って遠慮する。
ご先祖様とヨシキは別人であることに、
先日の騒動でヒナタも気がついているはずだ。
なおさらヨシキには恩返しを受けるわけにはいかない。
だがヒナタは首を振る。
「そういうわけにもまいりません。
もう恩を返せそうなお方がヨシキ様しかいないのですから。
アマノ様の復讐といっしょです。
八つ当たりみたいなものだと思って受けてくださいませ」
「そういうことなら仕方ないのか?」
「はい。仕方ないのです」
ヒナタは楽しそうに笑った。
それを見てからヨシキは動かしにくそうに口を開く。
「あと、その……パンツのことなんだが」
「はい、皆様にはないしょですね」
「助かる。もうそれだけで恩返しできてる」
「まだまだこれからです。
なので、改めて、よろしくおねがいします」
ヒナタは登校初日と同じ
ていねいな礼を見せてくれた。
#
授業の前、
妖怪三人娘たちはまた階段の踊り場でたむろっていた。
ヒナタが昨日のことと今の気持ちを話す。
「そっかー。ヨシキくんのことは諦めるのねー」
「ミコ嬉しそうね」
「アマノちゃんだって、ごきげんじゃない」
言い合うふたりをみてヒナタがくすくすと笑った。
吹っ切れた、今が楽しそうという印象を受ける。
「ですがアマノ様、油断なさらないことです」
笑顔のまま、煽るような口ぶりでヒナタは言った。
「なによ?
あたしがどこで油断してるのよ?」
「もしかしたら、
ヨシキ様のことを本当に好きになる日が来るかもしれませんわ」
「……ヒナタが、ヨシキのことを好きになって、
あたしがどうなるってのよ?」
疑問に思っているのに体は違う反応をしてきた。
なんだか胸が締め付けられるような、
心臓を人質に取られたような気分になる。
アマノは細い目で、煽ってくるヒナタを睨んだ。
「それは……
ご自身がよく分かっているのでは?」
「また分からないことばっかり言って……」
なんだかイライラするので、
アマノはヒナタの言うことを考えるのをやめた。
腕を組んでぷいっと思考を投げ捨てる。
「アマノちゃんー、
あたいとしてもそれはちょっと困るからがんばってー」
「なんでよ?」
「ミコ様はどうして困るのでしょう?」
ミコの言うことにふたりは首を傾げた。
ミコもミコで考えていることが分からない。
だがミコの言うことにはあまりイライラを感じない。
それもアマノとしては不思議だ。
「だって、アマノちゃんとヨシキくんが
くっついてくれないと、
あたいがヒナタちゃんをもらえないじゃない」
「えっ!?
ミコあんたもしかしてヒナタのこと恋人にしたいの?」
「違う違うー。あたいはヒナタちゃんを妹にしたいのー。
初めてヒナタちゃんを見たときから、
かわいいなーって思っててー」
ミコはそう言いながらヒナタに抱きつこうとした。
だがヒナタは優雅にムダのない動きで避け、
ミコはフラフラとしながら壁にぶつかる。
「お断りいたしますわ」
「即答じゃんーなんでよー」
痛そうに鼻をこすり、
不満そうにしっぽを揺らしながらミコが聞いた。
「わたくしまだ、
恩返しという最初の目標を達成しておりませんので」
「いいじゃんー。いらないっしょー。
ヨシキくんって家事も料理もひとりでやっちゃって、
アマノちゃんがいて、
どこにこれ以上幸せにする必要性あるのよー」
「あるんです。
ヨシキ様にではなく、わたくしに」
アマノはジト目でヒナタを見た。
(やっぱりヒナタの言うことは分からないわ。
だけど、ヒナタにも強い意思で
恩返しとやらをしに来たことは分かる。
もうあたしのじゃまをしないでほしいけど)
「うー。でもあたいも諦めないんだからねー」
ミコはバタバタしっぽを振りながら言った。
#
一方でヨシキも、
イチロウに事の顛末を語った。
パンツのことなので、今日も小声で、
教室の騒がしさに紛れる程度の大きさで話した。
「そっかー。モテモテで羨ましいなー」
自分が必死になった騒動ですら、
イチロウは羨ましそうに感想を答えた。
「いや、モテてたのは俺のご先祖様であって、
俺ではない」
「ヨシキはそれじゃダメかー」
「ダメだな。
友達として付き合うならいくらでも構わないのだが、
恋人として付き合うならやっぱりちゃんと見てほしい」
「真面目だなー。
付き合ってから自分に目を向けさせるとか、
駆け引きがいくらでもあるだろう?
恋愛って意外とそういう戦いみたいなところあるし」
「俺はそんなに器用じゃない。
ゲームだって真正面から戦わないと気がすまないからな」
「じゃあアマノっちはどうなんだ?」
「アマノは確かに、
この一見で俺を俺として見てくれるようになった。
だが、本人も言ってるが復讐のために来たんだろう?」
「憎しみって愛情の裏返しだからな、
意外と簡単にひっくり返るぜ。
それこそアマノっちの名前『アマノジャク』から
来てるんじゃないか?」
そう思うと体が熱くなるのを感じた。
(アマノのイタズラがクソザコなのは、
いい子だから悪いことができないんじゃなくて、
愛情の裏返しなのか?
前に『好きな子にかまってほしくてイタズラする男の子みたい』
なんて例えたことがあるが、
もしかしてそのとおり……?)
考えている間、
イチロウはニカニカしながら黙ってヨシキを見ていた。
イチロウも同じことを考えていたのだろうか。
本当はアマノは自分のことが好きで、
かまってほしくてこういうことをしていた。
ヨシキは楽しそうにかまっていたが、
本当はそうじゃなくて、
もっと自分を見てほしかった。
だからよりムキになってくる。
辻褄は合うが確証はない。
それにこんなことを考えているのは、
自意識過剰みたいで恥ずかしい。
「俺には分からん」
そう言ってごまかすことにした。
#
授業が全部終わり、
帰ろうとしたときヨシキはふと思い出した。
「そいえばアマノ、
今日はなにもしてこないな?」
「なんのことよ?」
「イタズラだ」
「イタズラ?なんのこと? あっ――」
言われて気がついたようだ。
口をポッカリとあけて、間抜けな顔を見せてくる。
「アマノもいつもどおりにしてくれていいんだぞ」
ヨシキはリラックスした穏やかな声と表情で伝える。
気を使ってるのだろうか、
それとも騒動のことが尾を引いているのか、
クソザコ思考だから忘れてたのか。
どれにしても転校して出会ったときからしていたことを、
続けてくれないのは寂しい。
「あたしはなにも変わってないわよ」
対してアマノはツンツンとした声で答えた。
口調や態度は変わってないが、
それでもまだまだ足りない。
ヨシキは催促するように、
ねだるように聞いてみる。
「イタズラしてこないじゃないか?」
「なにも思いつかないだけよ!」
「いつもならそこで
『イタズラじゃなくて復讐よ』って言うだろ」
「あっ――」
またも言われて気がついたようだ。
もしかしたら本人はいつもどおりにしているのかもしれない。
なのに復讐をしてこない。
ということは騒動のときに
アマノの心境に変化があったということではないか。
ヨシキとご先祖様の陰陽師を
別人として認識するようになった。だから、
「もしかして、復讐がどうでもよくなってないか?」
「よくなってない!
あたしがなんのためにここに来たのか分からなくなるでしょ!」
「クソザコ復讐鬼じゃなくなったら、困るもんな」
「クソザコっていうな!」
騒がしい放課後の教室でもアマノは響く声で言い返した。
だんだんと今まで通りにしてほしい。
自分がアマノなしの生活に寂しさを感じるかもしれないので。
アマノの毎日の復讐を楽しみにしているので。
もう隠し事はなくなってしまったから、
なんでも受け入れられるので。
「またなんかしてくれ」
「なんで復讐を頼むのよ!
そんなにしてほしいなら、いくらでもやってやるわ!」
最後をお読みくださいましてありがとうございました。
妖怪を出したい、復讐鬼という強い言葉をギャグにする、主人公の隠し事をめぐるコメディ、ちょっとえっち要素を混ぜる・・・といった感じで考えたお話でした。
新人賞の選考に落ちてしまったモノをアップしただけですが、少しでも笑ってもらえたらなによりです。また落ちてしまったものがあったらアップします。
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