1-3 教科書に落書きされた
「おっ、これはすごいな」
次の授業で使う歴史の教科書を何気なく開くと、
ヨシキは驚きの(と言うには冷静すぎる)声を上げた。
卑弥呼は美肌にされ、聖徳太子は分身している。
源頼朝には『全ての元凶、殴りたい』などの恨み節が書かれてたり、
北条政子には『もっと頑張ってほしかった』など感想が書かれている。
文章もいろいろ加えられたり、
消されたりしていた。
そこらへんの時代になにかあったのだろうか。
すぐに容疑者に問いただそうにも、
いつの間にかいなくなっていた。
一体いつこんな凝った落書きをしたのだろうか、
隣の席なのにいつ教室を出ていったのか分からない。
「神出鬼没とはまさにこのこと――」
といいたかったがヨシキの口は止まった。
廊下側の窓の隅からアマノがこちらの様子をちらりと見ている。
本人はバレてないと思っているような、
ニヤニヤとした顔だ。
「せっかく復讐されたんだから、
なにかしてあげないとな」
アマノの様子を見て、変な親切心、
というより楽しくなってきたヨシキは落書きされた教科書をめくった。
するとちょうどそこにイチロウが戻ってきたので、
さっそく声をかける。
「イチロウ、これを見てくれ」
「うわっ!? なんだ?
ヨシキ暇すぎてこんなの書いてたのか?」
「違うって。多分『復讐』ってやつだ」
答えるとちらりとまた廊下を見た。
アマノはバカにするように笑っている。
「だが、これじゃ授業に使えないんじゃね?」
「落書きされてても元の文字は読める。
それに大したこと書かれてないしいいだろう。
ただ、授業中に笑いを堪えるのが大変になりそうだがな」
「確かに」
ふたりは声を揃えて笑った。
これにはアマノも不思議な顔になる。
しばらくゲラゲラ笑っていると、
他のクラスメイトたちも不思議そうにヨシキたちを見始めた。
そこでヨシキは思いつく。
「そうだ。こんなにおもしろいんだから、
みんなにも見てもらわないとな。
みんな見てくれ、アマノの落書きだ!」
声を上げると、
興味を持ったクラスメイトたちがぞろぞろ集まってきた。
まるで珍しい美術品でも見るように、
ヨシキの教科書に目を向ける。
「あら、すごいわね」
「卑弥呼美人うけるー」
「確かに頼朝はムカつくやつだったな」
「アマノちゃん北条派だったんだー。同士ね」
口々に様々な感想があがってきた。
クラスメイトの妖怪たちにも、
アマノと同じ時代に生きた妖怪がいるようで、
妙に気になる感想も出てくる。
「ちょっとちょっと!
なに落書きされて平然としてるのよ!」
自分の思っていた様子と違ったのか、
アマノは声を上げながらやってきた。
人混みを割って入り、
ヨシキにギャアギャアと声をぶつけだす。
「おもしろかったし」
「それに公開しないでよ恥ずかしい!」
「俺に見せるために落書きしたんだろう?
それに面白いことは共有しないとな」
「そもそも、
ヨシキあんたは怒ったり悲しんだりしなさいよ!」
「いやだって、
おもしろいイタズラだったから。
笑うところだろうここ?」
「あたしは笑わせるためにやったんじゃないの!」
とは言うが、
そのやりとりも笑いになってしまった。
まるでコントか大喜利を見ているような雰囲気になる。
「ところで、いつの間にこんなことしたんだ?」
「四時限、のおとを見せてもらったときよ。
これでも昔は民家に入ってお菓子を盗んだんだから、
これくらい余裕ね」
とアマノは偉そうに腰に手を当てて胸を張った。
「お金とか貴重なものは盗まなかったんだな」
「そんなことするわけないでしょ!
ホントあんたはあたしのことなんだと思ってるのよ!」
悪いやつだと思われていることがイヤなのか、
アマノは腕を振りながら言い返した。
すると周囲の妖怪や人間が疑問に思ったようにざわつき始める。
「いや、昔の妖怪って結構そういうことしてたって聞くけどな」
「人間と妖怪は争ってたしなぁ」
「授業でもっとやばいことしてる妖怪の話し聞いたことあるわ」
「人間も妖怪退治してたしお互い様だなぁ」
「あたいのご先祖様は都で大暴れして恐れられた大妖怪なのよ。
大妖怪ならばもっと大きな盗みをして当然よ」
「またミコのご先祖様自慢が始まったぞ」
「な、なんなのよ!?
まるであたしが悪い――じゃなくていい妖怪みたいじゃない」
そのざわつきにアマノはギョッとしたポーズを見せた。
自分よりも悪いことをしていた妖怪の多さに引いたのだろう。
だがそんな反応をしたアマノを見て、
ヨシキは笑みを浮かべた。
「俺はすでにいい子だとすら思い始めてる」
「いい子じゃないわよ!
あたしはあんたを怒らせたり、
悲しませたりしたいのよ!
そんなふうになりなさいよ!」
「ヨシキを怒らせるなら、
もっと弱点を考えたほうがいいぞ」
アマノのヒステリックな声の要求に、
イチロウはそんなことを言い出した。
その言葉にはヨシキも苦笑い。
「そうそう怒る気はないが、
できるなら怒らせないでほしい」
「ぐぬぬ。
これもダメだなんて……。
また考える必要があるわね」
ヨシキの言葉を余裕ととったのか。
アマノは悔しい顔を見せてつぶやいた。
「いいや、このイタズラも楽しめたぞ。
これからもいろいろ考えてくれ」
「あたしはヨシキを楽しませるためにやってるんじゃないの!」
そんなやりとりをしている間に授業の鐘がなった。
今日の残りはこの六時限目を残すのみ。
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