4-1 座敷わらしの宣戦布告
「イスがない」
ヨシキが学校にやってくると、
すぐにそれに気がついた。
そしてすぐ隣の席に、
ふたつのイスでくつろぎ寝ているアマノの姿があった。
アマノの席のイスに足を載せて
(ちゃんと上履きを脱いで)
ヨシキのイスに寄りかかっている。
ヨシキはアマノを起こさないように近づいて、
アマノがずっ転げない程度にイスを引いた。
「きゃっ!?」
油断しきっていたからかなんとも可愛らしい声を上げて、
アマノは目を覚ました。
「イスを返してもらうぞ」
「これがヨシキの使ってるイスだって証拠はあるの?」
「アマノの書いた呪詛とやらの跡が残ってるから俺のイスだ」
イスの裏には呪詛というなの悪口があったので、
動かして見せつけた。
鉛筆で書かれていたので簡単に消せたが、
こんなこともあろうかと少し残しておいた。
「ちぇ……」
自分で作ってしまった証拠を見せられて、
言い返せなかったのだろう。
アマノはすなおにイスをヨシキの席に戻した。
「おっ、ヨシキとアマノっちは仲直りしたか」
嬉しそうな声でニカニカと笑いながらイチロウがやってきた。
自分の席に座ると、
羨ましそうに微笑ましいようにこちらを見てくる。
「まあな」
「だからあたしとヨシキは仲良くないっての!」
「良くても悪くても仲が元通りになるから
『仲直り』って言うんだぜ。」
「あんたのヒナタやミコと同じこと言うのね……。やれやれ」
アマノが肩をすくめた。
それを見てヨシキはふと気がついて反対側の席を見る。
(そいえばヒナタがまだ来てないな)
今朝もいっしょに登校しなかった。
いっしょに来るときはヒナタが玄関先に迎えに来てくれる。
今日はそれがない。
そう考えているとアマノのクソデカため息が聞こえてくる。
「イチロウ、帽子を脱いでひざまずきなさい」
アマノが急にそんなことを言い出した。
ヨシキも驚いてアマノの方を見直す。
「お、おう?」
イチロウが言われるまま、
トレードマークの帽子を机に置き、
アマノの前に座り頭を下げた。
まるで土下座だ。
するとアマノが立ち上がり、
靴下でイチロウの頭を踏んだ。
やや恐る恐る、
本当にこんなことをしていいのか迷っていそうな足の動きで、
イチロウの頭をグリグリする。
「これでいい?」
「ありがとうございまーす!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
床に向かって叫んでいるのに、
その声は廊下まで響き渡ったようだ。
何事かと野次馬が寄ってきている。
「なにあれ?」
「ご褒美だ」
「あれで喜んでる?」
「うらやましい」
「キモチワルイ」
「どんな恩を売ったら踏んでもらえるんだ?」
「あの鬼の子、足キレイ……」
「今から修行を積むか」
「わたしも男子を踏みつけてみたい」
という賛否両論でざわついた声が聞こえてくる。
「『ひざまずきなさい』って言われて
素直にひざまずくやつがいたとはな」
ヨシキはその様子に苦笑いしながら、
乾いた声でつぶやいた。
そうしている今もなお、
イチロウの頭はグリグリされている。
「おれっちは常に欲望に忠実だぜ」
頭を下げながら親指を立てた。
これならばゴミ箱に沈みながら親指を立ててくれたほうが
よっぽどカッコがつく。
「これで貸し借りは無しよ」
そしてようやくアマノは足をどかして、
上履きを履き直した。
「十分です!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
それでもイチロウは頭を下げながらそう叫んだ。
「ヨシキ様!」
今度はヨシキを呼ぶ大きくて幼い声が聞こえてきた。
と思って廊下の方を見ると
ガバっとヨシキに衝撃が飛び込んできた。
だがヨシキが吹き飛ばされるほどではない。
「な、なんだヒナタ……?」
ヒナタが文字通り抱きついてきた。
両手を腰に回して、
ギューっという擬音がふさわしい状態になっている。
ヨシキも驚いたが、
周囲もざわついていた。
ちょうどイチロウのでかい声と、
アマノのご褒美(?)がひとを集めていたこともあって、
ざわつきが大きい。
「校則にちょうどひっかからないお化粧をしていたら、
時間がかかってしまいましたわ」
そんなヒナタは、
周囲の様子なんかまったく気にしていなかった。
男を撃墜するような上目遣いと、
化粧のせいかいつもより赤い頬でこちらを見てくる。
「そ、そうか。だがどうして抱きついてきたんだ?」
ようやく心が落ち着いてきたヨシキは、
いつもの冷静な声で聞いてみた。
「えへへ。そうしたかっただけですわ」
その答えに周囲から様々な目線がヨシキに注がれた。
羨ましさ、妬み、微笑ましさ、
そしてなにより廊下から嫉妬光線を浴びせてくるミコが気になる。
こんな目線を向けられたのは、
ヒナタが転校してきて自分への恩返しを宣言したとき以来だろう。
(そっか、これも恩返しのひとつか)
思い出したように気がついた。
恥ずかしいとか、困ったとか、
少しでてきていた感情がなくなっていく。
納得してコクコクとうなずいた。
ヒナタも分かってくれたのが嬉しかったのか、
愛情を伝える『ように』また抱きつく腕に力を込めた。
「なによ、急にベタベタしちゃって」
すると今度はアマノが気に食わないと言いたげな
細い目で見てきた。
いや、ヨシキではなくヒナタを見ているようだ。
(嫉妬……ではないだろう。
どこに妬む要素があるか分からん。
ミコもそうなんだが)
アマノの目線に気がついたのか、
ヒナタはヨシキから離れてアマノを見つめ返す。
そして煽るように目を細めた。
「アマノ様がヨシキ様と仲直りなさったのです。
ですからこれからが戦いなのですわ」
まるで宣戦布告だった。
少なくともヨシキにはそう見えた。
ヒナタにしてはやんちゃで、
男の子のようで、好戦的な印象を受ける。
「げえむの話?
いいわよ。今日もヨシキの家に来なさい」
「はい。そのつもりですわ」
(ああ、そういうことか)
ヒナタのまるでゲーマーのような堂々とした答えに、
ヨシキはうなずいた。
と同時に、
「いや、勝手にひとの家を戦いの場にするな」
ツッコミを入れる。
「いいえ、ヨシキ様もこの戦い、
無関係ではありませんわよ」
「俺にも勝ちたいってことか」
「そうですわね……。
ある意味ではそれであってます」
まるで他に理由があると言いたげだ。
はっきり言えばいいのではと思うが、
ヨシキには分からない理由があるのだろう。
あるいはヨシキに話していないなにかが、
ヒナタにはあるのかもしれない。
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