3-6 復讐鬼と仲直りできるか?
「あとでアマノっちがそっち行くと思うから、
心の準備をしておくように」
とだけイチロウから連絡が来た。
「イチロウ、今バイト中だろう?
なんでわざわざこんな連絡を?」
ヨシキは困った顔で首を傾げた。
(なんでアマノがうちに来るんだ?
それをどうしてイチロウが知ってるんだ?
どうしてイチロウはそれを俺に報告してくるんだ?
そしてアマノはなにをしに来るんだ?)
正直アマノとは会いづらいと感じている。
昨日あんなに怒ってしまったのに、
どういう顔をしていいか分からない。
どうしたらいいか考えている間に
ドアをノックする音がしてしまった。
いつも乱暴なのに今日は静かに、
遠慮気味なノックだ。
宅配便か?とも考えるが、
このタイミングで来るならもうアマノしかいない。
大きなため息をついてからドアを開ける。
「あの、話があるの。あがっていい?」
ドアの向こうには図々しくないアマノの姿があった。
しおらしく、モジモジとした様子で
手には見覚えのあるお店の袋を持っている。
見たこともないアマノの姿に、
ヨシキの心臓に杭が打たれたような衝撃が走る。
「あ、ああ。どうぞ」
いつものように偉そうな妖怪の図々しさがあったら、
追い返すこともできたかもしれない。
「これっ!」
リビングに通すなりアマノは、
座りもせずに手に持っていた袋を
正拳突きでもするような勢いで突きつけてきた。
言葉も足りないので意図が分からない。
なので、
「うん? 何だこれ?」
と思わず言ってしまった。
だがよくよく見直して見れば、
贈答用の袋だった。
そして今はアマノと実質のケンカ状態ある。
そこにモジモジとしたアマノが現れ、
袋を差し出す。
どう考えても仲直りのためのプレゼントだろう。
お店の名前を確認すると、
イチロウのバイト先の服屋だ。
(イチロウが言ってたのはこれか)
疑問が繋がった。
ヨシキは改めてアマノを見つめる。
アマノは落ち着かない様子でモジモジと体を動かしていた。
偉そうに足を鳴らすのではなく、
手イタズラをしながら、
上目遣いでこちらの動きか言葉を待っている。
時折『早くしろ』と言わんばかりに目を細めるが、
すぐに気がついてしょんぼりする。
(もしかしたら、
先日のことをアマノなりに反省しているのかもしれない。
ならば受け取らないわけにはいかないか。
俺も仲直りしたいわけだし)
そう思って逃げ出したくなっていた足に力を入れる。
「開けていいのか?」
「好きにすれば?」
ツンツンした言い方に聞こえたが、
いつもより勢いも偉さもない。
ヨシキはなるべくていねいに、
袋を開けて中身を確認する。
「これは、ブリーフ……」
出てきたパンツをまばたき多めで見つめた。
手にとって見ると自分がはいているのよりも肌触りがいい。
これをはいて寝たらさぞかし寝心地もいいだろうと思うほど。
さすがに値札などはついていないが、
ヨシキが普段はいているのより確実に値段は高いことは分かる。
「そうよ。ヨシキが普段はいてるブリーフよ」
「だがそれよりいいものだな」
「当たり前じゃない。
贈り物が安っぽかったらイヤでしょ!」
アマノは調子を取り戻してきたのか、
いつもどおりのツンツンした声になってきた。
ヨシキもだんだんと足にこもっていた力を抜き始める。
「じゃあイチロウが選んだのか?」
「あたしが選んだわよ」
「アマノが?」
思わず聞き返してしまった。
アマノはツノをビンビンに立てながら、
大きな声を上げる。
「そうよ!
あたしがいいと思ったヤツをくれてやるんだから、
ありがたく思いなさい!」
言い終えるとぷいっと腕を組んでそっぽを向いた。
頬がほんのりと赤いのがちらりと見える。
ヨシキは改めてアマノからプレゼントされたブリーフを見つめる。
(俺に復讐をしにきたアマノが俺にプレゼント?
先日のこと悪いと思ったんだろうけど、なんでブリーフ?
普通お菓子とかそういうんじゃないのか?
誰かにアドバイスされたのか?
いや、そんなことよりも
アマノがわざわざブリーフを選んできた理由が気になる)
――もしかしたら鬼の目から見たら、
あれはメッチャクチャかっこいいパンツだった。
なんてことがありえるかもしれないだろう?
(そうなのか?
イチロウが適当なこと言ってたと思ったが、
本当にそうなのかもしれない)
「ってことはアマノは
俺の下着を悪いとは思ってないのか?」
ヨシキが半信半疑、
中途半端なのが分かるような首の角度で聞いた。
アマノは無言。
腕を組んでそっぽを向いたままだ。
それでもヨシキはどうしても
アマノの考えを確認したかった。
もう一度口を開く。
「俺がこんな下着はいていることを、
バカにしないのか?」
「なんでバカにする必要があるのよ……?」
「そっか……」
その答えだけでヨシキの肩の力はガクッと抜けた。
肩の荷がおりたような気もする。
バカにされなかった。
それだけでもヨシキは救われたような気がする。
あるいはイチロウの言うように
気にしすぎだっただけなのかもしれない。
平成のころは他人のことをバカにする風潮があったが、
今は妖和の時代。
たくさんの妖怪といっしょに生活するようになり、
経済も、ひとの流れも、価値観も大きく変わった。
少なくともアマノはバカにしたりしなかった。
だからアマノには話してもいいということ。
自分の下着の事情を理解しているひとが増えたということは
とてもありがたく、嬉しいことだとヨシキは感じた。
(大げさかもしれないけどな)
と思ったところで笑みがこぼれた。
「ありがとうな」
「ふん。こんな答えでいいのね」
「十分伝わった」
「あたし、良いとも悪いとも言ってないのよ?」
「少なくとも悪く思ってないだろう。
悪く思ってたら、
これをプレゼントしてくれるわけがないからな」
「勝手にそう思ってれば。
明日から、ううん、今からあたしはまた復讐鬼に戻るわよ?
こんなことしたのはヨシキの油断を誘うためなんだからね」
「そういうのは言ったらダメなんじゃないか?」
「ヨシキが変な勘違いしないためよ!」
アマノは恥ずかしいのをごまかしているような
――ようなではなく本当にそうかもしれない
――大きな声を上げた。
それから、またしょんぼりとする。
「悪かったわ。勝手にタンス開けて」
「いや、こちらこそ悪かった。
気に触る態度をとってしまった」
ようやく謝ることもできた。
これで本当に仲直りできただろう。
アマノも偉そうに腕を組んでこちらを見てくるあたりそう感じる。
「ふん、分かればいいのよ。
やっぱりヨシキはあいつとは違うのね。似てるのは顔くらい」
「あいつって俺のご先祖様の陰陽師のことか?」
分かってはいたが改めて確認してしまった。
今までアマノはヨシキのことを、
ご先祖様の陰陽師を通して見ていた。
今の言葉でヨシキが感じていたことは正しかったのが分かる。
そしてこれからは『ヨシキ』個人として
見てくれるようになったようだ。
その違いに気がついたのがパンツだというのは
滑稽な話かもしれないが、これも嬉しく思う。
「そうよ。まったく……
こんなに違うなら、
顔も違って生まれてきなさいよ」
「俺にはどうしようもない文句だな。
それに顔が似てたおかげで、
俺達は出会ったんだから、
それはご先祖様に感謝しないとな」
「ふん、先祖のせいで復讐されてるのに感謝だなんて、
わけわかんない」
アマノはそっぽを向いた。
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