2-14 下着の秘密に迫る
アマノは廊下でヒナタが
家から出てくるのを待っていた。
家のドアが締まり、
ヨシキが鍵をかけたのを音で確認すると、
声をかける。
「ねぇ、ヒナタはヨシキの秘密って
どこにあると思う?」
急に機嫌を直したように冷静な声で聞いた。
「アマノ様、わざと怒って出ていったのですか?」
「そうね。
ヒナタのおかげでもしかしたらって思ったこともあったし、
ヨシキのスキを作るためよ。
それでヒナタはヨシキの秘密をどう思ってるの?」
ヒナタは呆れたようにため息をついてから答える。
「お部屋にもやましいものはありませんでした。
なのでそもそもひとに隠すような秘密をお持ちではない、
ということなのでしょうか」
「そんなわけないわ。
ひとには隠したい秘密のひとつやふたつ、
絶対にあるわよ」
「おっしゃってましたわね。
そこまで言うということは、
アマノ様もお持ちなんですね」
「そ、そりゃそうよ」
「わたくしはありませんわ」
「それこそ、そんなわけないわよ」
アマノの即答にヒナタは少し考えた。
それから思い当たるフシを見つけたが、
アマノを煽るような笑みを浮かべる。
「ああ、そうでしたわね。
ひとつだけありました。
でもこれはわたくしが
『秘密にしたいこと』なので少し違いますわね」
「今はその話はいいわ。
ヒナタの秘密なんて今はいいの。
ヨシキのことよ」
やや不機嫌に言いながら話を戻そうとすると、
ヒナタはクスクスと笑い出した。
「本当に、ヒナタ様はヨシキ様のことを
気にかけておりますわね」
「『気にかけてる』なんていい方じゃ、
まるであたしがヨシキのことを好きみたいじゃない」
「違うのですか?」
「違うわよ。
復讐の相手のことを好きになるわけないじゃない」
「あらあら」
口を丸くして言われた。
まるっきりアマノの言うことを信じていない。
ムッとして言い返したくなったが、
今はぐっと堪える。
「風呂を拒否したってことは、
多分ヨシキの秘密は体にある」
「異性とお風呂に入ることを遠慮するのは普通では?」
「じゃあなんでヒナタは入りたいって言ったの?」
「わたくしは普通ではないので」
風呂上がりの体で夜風を楽しんでいるような声で言われた。
それにはアマノもジト目になる。
「……ヒナタあんた、すごい性格してるわね」
「恐れ入ります」
褒め言葉と受け取ったようだ。
ぺこりと一礼する。
いろいろと言いたいことが喉から溢れ出そうになったが、
今ヒナタと言い合いをするより大切なことがある。
「だからヨシキが風呂に入ってるときに家に入るわ。
それでヨシキの体の秘密を探る」
「そんなことできるんですか?」
「あたし、鍵開けはうまいのよ。
玄関の鍵を開けるのは時間かかるけど、
縁側みたいな空間。
べら――なんて言ったっけ?」
「べらんだですわね」
「それね。その鍵ならかんたんに開けられるわよ」
アマノが誇ってニヤリとした。
だがヒナタは複雑そうに眉をひそめる。
「その技術、悪用なさらないでくださいね」
「あいつへの復讐のために身につけたの。
他のことに使うつもりはないわ」
アマノは誇りを見せつけるような口ぶりで言った。
本当にその気はない。
逆に言えばヨシキへの復讐のためならば努力や思考は惜しまない。
「でしたら、わたくしもごいっしょいたします」
「なんでよ」
「アマノ様が悪いことをしないようにです」
「本当はヨシキの秘密が気になるんじゃないの?」
腕を組んで、
見下ろすような目つきでヒナタを見た。
昔の人間や弱い妖怪ならば怯える顔なのに、
ヨシキもヒナタもひるまない。
イチロウに至っては感謝してくる。
少しムカついたが言う前にヒナタが答える。
「それもございますわね。
あわよくばそのままお風呂に入れてもらえるかもしれません」
(ホント、ヒナタの考えることは分からないわ)
思いながら目を細めた。
分かったところで納得はしないだろうが。
「そっ。まあ目的はいっしょね。
少し経ったらあたしのところに来て。
ヨシキも風呂に入る前なら油断するはず」
「分かりましたわ。準備をしてきます」
それから数分後。アマノの部屋の呼び鈴が鳴る。
「来たわね。ってなにそれ」
ヒナタはキレイな柄の風呂敷を持っていた。
まるでヒナタのほうがドロボウではないかと思って首をひねる。
「お風呂に入るための準備ですわ」
「そう……落っことさないようにね」
理解はしたが納得はしていないので
アマノは適当に答えた。
その答えにヒナタは首を反対側に傾ける。
「落っことす?
それにここからどうやってお隣に?」
「鬼のちからがあれば余裕よ」
アマノは出てこない力こぶを見せた。
昔はこの細い腕で岩を動かしたことがある。
「妖力などのちからは、もう使えないのでは?
わたくしもひとを幸せにするちからは、
もう持っておりませんし」
ひとと妖怪がいっしょに住むようになった代償なのか、
妖怪たちは妖術などが使えなくなった。
昔とは霊脈や龍脈が違からなど分かりにくい理由があるらしい。
ひとによっては使えなくなったことを嘆いたが、
ほとんどの妖怪は人間の作った科学技術のほうが楽だと思って、
すんなりと受け入れた。
アマノも同じように思っている。それに、
「妖力に頼らないちからは残ってるわ。
人間で言えば運動が得意なヤツくらいには、力持ちよ」
鬼は伊達に大妖怪として讃えられ、
恐れられたわけではないらしい。
アマノはあまり力が衰えたとは思っていなかった。
両手を腰に、ヒナタよりはかろうじて膨らみのある胸を張った。
「でもわたくしは、
そのようなちからはございません」
「おぶってあげるわ。
落ちても知らないからしっかり捕まってるのね」
そう言いながらアマノはベランダへ出た。
夜風が心地よく流れてくる。
「まさかここから隣に移るのですか……」
ヒナタは柵の隙間から下を見つめてつぶやいた。
ここはマンションの五階。
普通のひとなら怖がって当然だろう。
「そのまさかよ。
イヤだったら来なくていいのよ」
「いいえ、その程度のことで揺らぐ覚悟ではありません」
アマノの煽る言葉に、
ヒナタは強気で答えてきた。
「たかだか男の風呂に乱入するために、
命張るようなこと言ってるんじゃないの」
「それを言ったらアマノ様だって、
イタズラのためにこのような危ないことを」
「あたしはいいのよ。
落ちても多分ケガしないし、
よじ登って戻ってこれるわ」
そう言ってアマノは背中を見せてしゃがみこんだ。
「ほら、さっさとしないとヨシキが風呂から上がるわ」
「やっぱりアマノ様は優しいのですね」
ヒナタは嬉しそうな言葉をかけながら
その背中に体を預けた。
アマノはヒナタの体を軽々と持ち上げてつぶやく。
「本当に優しいヤツは復讐なんて考えないわよ」
アマノは柵をサクッと
ダジャレのように飛び越えて外側へ。
公園にあるアスレチックで遊んでいるかのように動く。
そしてヨシキの家の前に来ると、
軽々とベランダへ着地した。
「すごい。すべての妖怪から妖力がなくなっても、
ここまでできるなんて。
やっぱり鬼ってお強いんですのね」
「それほどでもあるわ」
「ですが几帳面で真面目なヨシキ様のことです。
戸にはちゃんと鍵がかかってますわ」
わかりやすく引っ張ってくれた。
当然動きもしない。
「これくらい簡単よ」
アマノは服のポケットから工具を取り出した。
ヒナタは推理小説かなにかで見たことある道具だと感じたのか、
口を丸くして驚く。
「鍵開けはあたしの特技だから鬼とは関係ないわよ」
そう言いながらドアの隙間に工具を入れた。
「ごていねいに二重にかけてるけど。
針金を通して、引っ掛けてひとつ開いた。
それから今度は大きい方に引っ掛けて」
カチャっと音がした。
「本当に悪用しないでくださいませね」
ヒナタは喜んでいいのか、
怒っていいのか分からない顔で言った。
「まあ知ってるヤツとはいえ、
こうして勝手にひとの家に入ってるのだから、
もう悪いことしてるけどね」
「ヨシキ様へのイタズラなんですから、
良いのです。
それにヨシキ様でしたら、許してくださるはず」
「ヒナタあんた、本当にいい性格してるわ」
「それほどでもございません」
二回目のやりとりにも同じように返された。
アマノは呆れながらもゆっくりと戸を開ける。
明かりはついているがリビングにはヨシキはいない。
「やっぱりヨシキはお風呂ね」
ふたりは足音を立てないようにそっと移動し始める。
脱衣所の戸の隙間から光が漏れていた。
おそらくそこにいるのだろう。
そっと中を覗こうと少し開けると、
「おわぁっ!?」
「ひゃぁ!?」「キャッ!?」
ヨシキが今まさに服を脱いでいた最中。
なのにほんのちょっと戸が動いたことにヨシキは気がついた。
そこで上がった大声に思わずアマノも大声を上げて、
さらに戸を思いっきり開いた。
それにつられてヒナタも声を上げている。
今のヨシキは上は裸、
ズボンを脱ぎかけていた。
そこでアマノは見てしまった。
ヨシキが白いパンツをはいていたことに。
見た瞬間分かる。
あれは良いパンツだ。
他の男子がはいてるのとはわけが違う。
偉大な鬼が愛飲するにごり酒のような、
甘美な色合い。
余計な柄や模様のない簡素で、
勇ましさすら感じる白だけのデザイン。
男らしさがよく分かる形。
どれもこれもが良い。
(こんなパンツをヨシキがはいていたなんて――)
「アマノ!? どうしてここに!?」
感動のような、
胸が締め付けられるような不思議な気分を覚えたが、
今はそれどころではなかった。
「バレちゃしょうがない。逃げるわよ」
作戦は失敗だった。
じっくり下着を確認することもできないだろう。
アマノはそう言ってヒナタの手を引いて玄関に駆け出す。
「は、はいっ!
お騒がせいたしましたぁ!」
軽々と引っ張られながらも
ヒナタはお詫びの言葉を残した。
そして二人はもう一度玄関からヨシキの家を出ていく。
#
もう一度玄関の鍵を締めて、
風呂に入りながら考える。
「やばい。パンツを見られたか?
いやいや、大丈夫だろう。
ズボン脱ぎかけだったし」
ひとりつぶやいて湯船に顔をつけた。
それからさっきのことを思い出す。
浮かんだのはアマノが感動をしたような驚きの顔。
「本当にそうか?
ちらりでも白いところを見られた可能性だってあるぞ。
だからアマノはあんな顔をしていた。
ヒナタは違うことに驚いていたような顔だったが……」
「妖怪のふたりがブリーフを
下着だと思わないかもしれない。
もしかしたらズボンの裏地に見えたかもしれないだろう?」
激しく動く心臓を抑えるように手を置いた。
「だが、女子の下着は白と相場が決まっている。
アマノは派手なのをはいてたし、
ヒナタははいていないらしいが、
今はそれはいい」
心臓の上に置いた手を握る。
「そもそも、
俺がはいていたブリーフじゃなくて、
着替えとして用意してたブリーフを見られた可能性だってある。
平然とおいてあったからな。
いや大丈夫だ、目線は俺の方を見ていた。
着替えも洗濯物も見られていないはず」
さらにちからが入る。
「明日からあいつらの態度が変わったらどうする?」
――うわ。こんなパンツはいてたの?
さすがに惨めすぎて復讐する気にもならないわ。
――ヨシキ様……。
これでははいていないほうがいいです。
ヨシキは聞いたこともない
アマノとヒナタの声を聞いて顔をしかめた。
一度浮かんだ妄想をお湯に溶かすべく顔を鎮める。
そして思い出す。
「そもそも明日は学校休みだ」
#
慌ててヨシキの家を出ていったふたりは、
マンションの廊下で息を切らせていた。
そしてようやく脳みそに酸素が戻ったところで、
アマノはヒナタの顔を見つめて聞く。
「見た?」
「よくは見えませんでした。
ですが、もしかして――」
アマノはうなずいた。
やっぱりヒナタもあのパンツを見たようだ。
そしてヒナタも信じられないと思っているような顔をしている。
(ヒナタもかっこいいって思っちゃったのね。
あんな下着があったなんて知らなかった)
「このことは秘密にしたほうがいいわね」
「はい。皆様に知られたら、
ヨシキ様が大変なことに」
ヒナタはヨシキを心配するような顔になった。
アマノもうなずく。
「そうかもしれないわね。
さすがのあたしも、
この秘密でヨシキを揺さぶってなにかしよう
って気になれないわ」
「わたくしも同じですわ。
こんなことで脅すなんて、
ひととしても妖怪としても信じられません。
アマノ様がまっとうなお考えをお持ちなことに感謝いたします」
「でも、まさか今どきの男子は
あれが普通ってことはないわよね?」
「そんなことありませんわ。
体育の授業の着替えの際、
殿方の下着は見たことありますし」
「『とらんくす』と
『ぼくさーぱんつ』
って言ったかしら?
みんなあれだったものね」
ヒナタは真剣な顔でうなずいた。
それからその顔のまま口を開く。
「ヨシキ様が先日、
アマノ様のいたずらで服を濡らしてしまったときのこと、
覚えていらっしゃいますか?」
「ええ、体育用のを下にはいてたわよね。
まさかこれを隠すため?」
「そう考えるのは自然かと。
他の殿方は、そのようなことをしておりませんので」
ヨシキの今までの不思議に合点がいき始めた。
アマノの顔は必死になっていく。
他のことは平気なのに、
下着に関しては防御を固めていると言っていいほど慎重。
(もしかして、
あの鍵のかかった引き出しの中はパンツが……?)
だから『貴重品』と称した。
こんなパンツが入っていたのならば
『貴重品』と言ってもいい。
少なくともアマノはそう強く感じた。
(確認したい。
確認しないといけない気がする)
そして意識すればするほど、
気になってくる。
体中に力がこもっていく。
(どうしよう。気になって仕方がない……。
ヨシキは復讐しなくちゃいけない相手なのに)
ついにうつむいて思いっきり目をつむった。
(でもヨシキは復讐しなきゃいけないほど
悪いヤツじゃないかもしれない。
いいえ、そんなわけないわ。
だってあいつの子孫なのよ。
あんなにそっくりなのよ。
なのに、あんなパンツはいてたなんで)
ちらりと見えただけなのに、
ちらりと見えただけだから、
気になって仕方ないのかもしれない。
どんな形?
色はすべて白なのか?
しっかりと見てみたい。
どこに売っているのかもわからないのだから。
(だからあたしは本当のことを確かめないと。
復讐の相手だからこそ、確かめないと)
アマノは今までしたことない大きな深呼吸をして、
「……今日はここまでにして、
少し落ち着く時間をとりましょう」
「はい。賛成ですわ」
そうしてふたりは自分の家に戻った。
(まさか、ヨシキがあんなにかっこいい下着をはいていたなんて)
(まさか、ヨシキ様がはいていないだなんて)
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