1-2 ほしいパンが取られた
四時限目が終わったが
今朝の騒動以外大きな出来事は起きない。
後ろから殴られる、
階段から突き落とされるなどのことを警戒していた。
のだが、ヨシキの予想はすべてとおり越し苦労で終わる。
強いて言えばさっきノートを見せてほしいと、
机を寄せてきたことくらいだ。
「本当にアマノっちとなにもないのか?
実は幼い頃出会ってたとか」
イチロウは休み時間の度にこの質問をしてきた。
そしてヨシキは同じ答えをする。
「ないって。
あったのは俺じゃなくてご先祖様らしいし、
知ってたらもうちょっと話が円滑に進んだろうな」
そう思ってアマノの方を見た。
今のアマノは転校生の恒例行事、
休み時間のたびに野次馬に取り囲まれての質問攻めだ。
妖怪の転校生は珍しくないが、
それでもみんな気になるのだろう。
それに今回の転校生が鬼という珍しい妖怪だからというのもある。
他の妖怪も鬼と関わりを持つことは少なかったようで、
人間ではなく妖怪からも質問攻めを受けている。
アマノはそっけないもののちゃんと質問には答えているようだ。
だがチラチラとこちらを見てくるのが気になる。
「っとそろそろ購買行かないとだな。
パンなにがいい?」
「焼きそばパン」
アマノを気にしつつイチロウに答えた。
「昼の購買開店三分前。
よっしゃ行ってくる」
とイチロウが駆け出した。
購買を狙う生徒たちも教室を勢いよく出ていく。
人間妖怪が入り混じりまるで百鬼夜行のような絵面だ。
するとそんな中に意外な顔が加わった。
「あの復讐鬼も購買に行くのか」
アマノもすごいスピードで駆けていったのが見えた。
古来より鬼はとても力持ちで、
見た目以上に体も強く、
人間とは比べ物にならない身体能力を持つと言われている。
もちろん妖和の、
妖怪と人間が同じ世界で暮らす時代には、
ほとんどの妖怪から妖術、
人間からかけ離れた力は失われている。
そんなことを思いながらスマホに目を向けていた。
それから数分後。
「はっはっは! ヨシキ!
あんたのほしかった焼きそばパン、あたしが買い占めたわ!」
でかい声を張り上げながらアマノが教室に戻ってきた。
購買でお目当てのパンを買うという
高難易度ミッションを転校初日にクリアしたらしい。
それもあってかクラスメイトの一部から拍手が湧き上がった。
「わりぃ、やっぱ鬼は強いわ。
おれっちを踏み台に人混みを抜けていくんだから」
そう言いながら顔に靴跡を作ったイチロウも戻ってきた。
手には違うパンが握られている。
だがお目当てのパンを手に入れられなかった割には、
表情がにやけていた。
「代わりになんか買ってきたのか?」
「ああ、コロッケパンでいいか?」
「十分だ。ありがとな」
ヨシキは礼を言いながらパン代とお駄賃を渡した。
「って! ヨシキあんたなにも思わないの!?」
すると割って入るようにアマノが叫んだ。
ヨシキは不思議そうに、
イチロウは嬉しそうにアマノの不服そうな顔を見る。
「うん? 何がだ?」
「食べたかったパンが買い占められて悔しいとか、
あたしから奪おうとするとか、そういう野ないの!?」
「別に。購買での買い物は、
いつもうまくいかないって分かってたからな。
俺はほとんど買えたことないし、
そこのイチロウですら勝率三割だ。
そんな中買い占めができるなんて、
鬼の凄さいや、アマノの凄さを感じるぞ」
「ああ、いい蹴りだった……。
願わくば毎日食らいたいぜ」
イチロウが満足気に親指を立てた。
このまま死んでも本望だと言いたげな顔だ。
「なんで悔しがらないのよ!
あたしはヨシキの悔しそうだったり、
イラだったり、あたしに怒ったりするのが見たかったの!」
その言葉にようやくヨシキは納得ができた。
右手の拳を左の手のひらにスタンプする。
「ああ、復讐ってそういうことか」
つまりアマノはヨシキに嫌がらせがしたかった。
別に殺したいわけではない。
だから直接攻撃のようなことはしてこなかった。
「他にどういう復讐があるのよ!」
「俺を後ろから殴ったり、
階段から突き落としたり」
「そんな物騒なことするわけないじゃない!
このあたしのことなんだと思ってるの!?」
「そうか安心した」
ヨシキは分かりやすくホッと一息ついた。
それから優しげな笑みを浮かべる。
どうやら復讐といっても、
本当に物騒なことをしてくるわけではないようだ。
本人の言う通り、
ちゃんと時代に合わせた考えを持っている。
それにどうやら、アマノ自身
あまり悪いことができる人柄ではないのかもしれない。
なんとなくそんな気もする。
「ふ、ふん!
いつまで強がりができるかしらね!?」
どうやらヨシキのその態度も気に食わないようだ。
アマノは言い放ってから、
八つ当たりするようにパンにかじりついた。
「あら、これおいしい」
すると口を丸くして感想をつぶやいた。
笑顔で二口食べ、
さらに笑顔を明るくしてパンにかじりついていく。
「よかったな、アマノ
(やっぱり悪いやつではないのかもな)」
ヨシキもなんだか嬉しくなって笑みを浮かべて言った。
するとアマノは顔を真っ赤にして
ぱっちりとした目を見開いた。
恥ずかしいところを見られたような反応だ。
それから封を開けていたパンを一気に口に押し込んだ。
ちゃんと噛んで、飲み込んで、
食べ終わったところで、キッとヨシキをにらみつける。
「よくない!
ヨシキの悔しそうな顔を見れなくて残念よ!
もっとひどい目に会わせてやるんだから覚悟なさい!」
そう言って買い占めたパンを自分のバッグに詰めた。
入り切らなかった分をまた開けて頬張り始める。
「何見てるのよ!
見世物じゃないわよ」
と言って教室を出ていってしまった。
「次はなにしてくるんだかな」
アマノを見送ると、
ヨシキはそう言ってパンの袋を開いた。
するとイチロウが真剣な顔で声をかけてくる。
「ヨシキ、また俺を巻き込んでくれ。
蹴ってもらえるかもしれん」
「そうか。なんかあったら盾に使っていいか?」
「もちろんだぜ」
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